第3話

「うぉっ! こ、こりゃあ……ヤベー事態デスよ!」


 巨大な箱型の陸上母艦、キャリアダックはそのグレーの船体を大きく振動させる。ようやく魔力炉が再起動したかと思ったのも束の間、その背後には既に魔物が接近していたのだ。


「ブルルッ……」


 ゴツゴツとした体躯に太い腕。見るからに頑丈そうな装甲を纏い、その手には分厚い刃の手斧が握られている。ゴブリン級と似通った眼は爛々と輝き、まるで獲物を前に笑っているかのようだ。


 オーク級と呼ばれるこの魔物はゴブリン級を束ねる存在と考えられている存在だ。その全長はおよそ10mにも及び、武装した歩兵程度では相手にもならない。この魔物に対抗するには、ヴァルクアーマーしか無い。


「全速前し……うわっ?! デス!」


 急いで発進させようとした先生だが、キャリアダックをオーク級がむんずと掴む。太い指が薄い金属板を突き破り、もう片方の腕で手斧を振りかざした。


「おい! そこのオマエ!」


「ブル……?」


 突然の声にオーク級はそちらを見る。


「その手を離せ! このブタ面!」


 まるで燃え立つような炎。否、あれはアークの乗るヴァルクアーマーだ。流線型のボディに真紅の塗装、アークスターがそこに居た。


「……ブルル!」


 オーク級はアークスターを一瞥するとキャリアダックを手放し、静かに身構えた。突然現れたアークスターを脅威と受け取ったのだろう。


 大森林の翠の中、機械仕掛けの巨人が対峙する。


「いくぞ!」


 瞬間、アークスターが地面を蹴る。滑らかな駆動で走り出した機体は凄まじい加速を見せ、これには流石のオーク級も驚いたようだった。


「てりゃあ!」


 その勢いのまま軽く跳躍、圧倒的質量を活かした飛び蹴りだ。それをマトモに喰らってしまったオーク級は後ろにたたらを踏んでしまう。だが。


「ありゃ? あんまりきいてない?」


 ゴブリン級と比較して数倍もの重量のアークスターだが、大柄なオーク級はさらにまだ重い。肉弾戦においては、より重い方が有利なのだ。


『アーク! 一旦距離を取って!』


「その声は……アマネ?」


『いい、その機体はまだ未完成で武装も何も無いのよ! 隙を見てキャリアダックを発進させるから、合図したら逃げるわよ!』


「んー、分からないけど、分かった!」


 拡声器で会話している間にもオーク級は手斧を振り回しアークスターを攻撃してくる。分厚い鉄板も斬り裂いてしまいそうな一撃だが、それをアークは紙一重で躱していく。


「んー、どうしよっかな……っと!」




 * * *




「おおー、マジであの機体を使いこなしてるデスよ! いやぁ、私の理論は間違ってなかったという事デスね!」


「いや感心してる場合ですか! いいから早く逃げますよ!」


 キャリアダックの艦橋に戻ったアマネは急いで発進準備を整えていく。動力源である魔力炉は定格出力に達し、もう少しで発進できるだろう。オーク級は重装甲とパワーに優れる反面、走る速度は遅い傾向にある。全力運転ならば、この艦の方が速い。


「それにしてもアークのやつ、恐ろしいまでの身のこなしデスね。いくらあのがパイロットの思考を読み取り、機体動作に反映させる機能があるとはいえ、ここまで自在に操るとは……デス」


「はいはい、先生が凄いのは分かりましたから! タイミングを見て発進しますよ! ……アーク、聞こえる?! タイミングを見て逃げるから、それまでは回避に専念しなさい!」


『あいあーい!』


「本当に分かってる……? まったく、緊張感の無いやつ……」




 * * *




「よける、よける……そしたら逃げる!」


 オーク級の鋭い攻撃を軽やかに回避していくアークスター。アマネの指示通り、アークは相手を翻弄するように立ち回っていた。


「ブルル……ブルッ?」


 ふと、オーク級は動きを止め、アマネ達の乗るキャリアダックへと視線を向ける。


「ブルルッ!」


「あっ、ちょっと! そっちはだめー!」


 避けてばかりのアークスターは放っておき、先にこちらを片付けてしまおうと判断したのだろうか。オーク級は一気呵成にキャリアダックへと突進した。


「ブルゥッ!」


 肩から体当たりを仕掛けるオーク級。金属板のひしゃげる音と何かが割れるような音とが混ざり合う。あまりの運動エネルギーに衝突したキャリアダックは激しく揺さぶられてしまい、大きくバランスを崩しそうになってしまった。


『キャアァァ!』


『ぐわー?! デスゥ!』


「……! ふたりとも!」


 スイッチが入ったままのスピーカーからアマネと先生の悲鳴が聞こえる。このままではマズいと感じたアークは遮二無二、アークスターを走らせる。


 素早くオーク級の背後に回ったアークスターは、そのままガシリと羽交い締めにする。見た目のスマートさとは裏腹に、その四肢は力強くさしものオーク級も身動きできないでいた。


 だが、それはアークスターも同じだった。


「ぐぎぎ……うご……けない……!」


 ジタバタと暴れるオーク級をどうにか押さえつけるのに精一杯で、そこからどうこうするまでには至れない。このアークスターはデバイスからの出力を一定に抑えるよう調整がしてあり、本来のパワーを発揮出来ないでいたのだ。


『…………』


 キャリアダックから応答はなく、ただただ魔力炉の稼働する低い音しか聞こえない。これではアマネ達だけ逃げるのを期待すら出来ない。


「なにか……こいつを倒すは……!」


 アマネはこの機体、アークスターを未完成と言っていた。アークは知らない事なのだが、通常のヴァルクアーマーには剣や銃器を装備しているものである。未完成とはつまり、そういった武装すらも持っていないのだ。


 機体の各部に負荷が掛かり、コックピットの中は次第にレッドアラートで染まり始める。それら警告の文字を読めないアークではあったが、その意味する所は直感で理解する。


 このままではマズい。アークは自然と命の危険を悟る。


 これまでも野生生物に襲われたり、魔物との戦闘で危険な事態に陥ることは数多くあった。だが、明確に死というものを感じたのはこれが初めてだったのだ。アークの感情の奥底には恐怖が――――


「……ッ!」


 その瞬間、アークの赤い瞳が鈍く光ったように見えた。そしてそれに呼応するかのように機体の中心部から低い駆動音が、動力源たるデバイスが最大稼働する唸りが周囲に響き出す。アークスターの全身にエネルギーが満ち、人工筋肉は限界以上に膨張しだした。


「ブルッ?! ブゥゥゥ?!」


 突然、自身の躯体を締め付ける圧力が高まったオーク級は焦り、ジタバタと四肢をもがく。だが先程とは異なり、万力のような圧倒的な力で締め付けてくるアークスターの両腕はもがけばもがく程めり込んでいく。とうとうオーク級の装甲は歪みはじめ、表皮部分はベキベキと音を立てて割れだした。


「…………」


 コックピットにいるアークはそれまでの幼気の残る表情ではなく、冷徹さを感じる無表情でその様子を眺め、思考していた。ただ、目の前にいる敵を、潰すと。


 凄まじい膂力はとうとう、オーク級の両腕を肩口から圧し潰してしまった。ようやく解放されたオーク級だが、そのダメージからすぐには反撃が出来ない。もっとも、両腕が無い状態では取れる選択肢もそう多くは無いだろうが。


 その場へ力任せにもぎ取ったオーク級の両腕を投げ捨てると、アークスターは目にも止まらない速度で疾走る。全身のバネを右腕に集中させ、その指先を相手の胸元へと突き立てた。砲弾のような威力の貫手はオーク級の頑強な胸部装甲を容易く貫通し、内部構造をズタズタに引き裂く。まさに一瞬の出来事であり、直後、アークスターの全身からは激しい熱気が吹き上がった。


「疲れた……きゅう……」


 いつの間にか強大なエネルギーを発していたはずのデバイスは停止し、アークもいつものゆるい顔に戻っていた。突然の疲労感に抗う術は無く、アークのまぶたはゆっくりと落ちていく。


 力尽きたオーク級はその場に音を立てて倒れ、完全停止したアークスターもゆっくりと膝をつく。辺りは柔らかな陽光が差込、遠くに鳥のさえずりが聞こえる他は何も聞こえない静寂へと包まれていった。






 * * *





「先生、こいつ……」


「うむ。とても気持ち良さそうに眠っているデス」


「この、こんな状況で呑気に……!」


「私達もさっきまで呑気に気絶してたデスけどね」


「ぐっ……」


 ようやく気が付いたアマネと先生は、アークスターのコックピットで無邪気そうな寝顔を晒すアークを発見した。詳細を聞くまでもなく、アークがこの未完成のヴァルクアーマーを駆ってオーク級を倒したのは明白だった。オーク級の胸に開いた大きな穴が何よりの証拠だ。


「それにしても、初めての戦闘でオーク級を倒すとはデス……これは思ったより良いをしたようデスね」


「拾い物って……まぁ、確かにこの機体を動かせる人間が……人間?がいると完成に漕ぎ着けられるってものですけど……」


「しかし、どうやってこの機体を……アークスターをダックに運ぶデスかねー。私達じゃ起動すら出来ないデスし……」


「コイツが……アークが起きるのを待つしかないでしょうね……はぁ……」


「むにゃ……むにゃ」


 そんな事はつゆ知らず、アークは丁度よい固さのコックピットシートで眠りこけるのだった。

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