第4話

「アーク? 起きた?」


 陸上母艦キャリアダック。その内部にある医療室。そこには魔物との戦闘で疲れ果て、眠りこけているアークがベットの上に居たはずだ。少なくともついさっきまでは。


「……何処に行ったのよ、あんのバカ……!」


 アマネが憤慨しているその頃、当のアークはキャリアダックの外に横たわったままのアークスター、その胸部に立っていた。


「んー……。やっぱりコレとおんなじ感じがする! ……モグモグ」


 そう言って弄った胸元のペンダントトップは艷やかな黒光を反射させる。そして、もう片方の手には台所か何処かからくすねてきたのか、こんがりと焼けた骨付き肉が。


「でも、どこにしまってあるのかなー? ……ムシャムシャ」


「お、アークじゃないデスか。ようやく起きたんデスね」


 キャリアダックの簡単な整備を済ませた先生がトテトテと歩いてくる。だが、アークスターに集中しているアークはムムムと頭を捻るばかりだ。


「むーん……このいた装甲板とか、はずしてみれば分かるかなー? ……バリバリ」


 先生に気付いていないアークはおもむろにアークスターの装甲、その縁に手を掛ける。ヴァルクアーマーは戦闘用の兵器であり、人間がちょっとやそっと殴ったりした程度ではキズも付かない。だが、アークのような常人離れしたパワーの前には――――


「って、ちょっとー?! 何やってるデスか、このバカチン! アークスターがぶっ壊れるデスよ!」


 鋼鉄製の分厚い胸部装甲がメキメキと音を立てて歪みそうになる。魔物と素手で渡り合えるアークなら本当にスクラップにしてしまうかもしれないと焦った先生は、思わず手にしていた大きな工具をフルスイングしてしまう。


「いたっ! あっ、せんせい〜! おはよ〜!」


「ハイおはようさんデス。じゃなくて! おいこらアーク! このアークスターをぶっ壊したらタダじゃおかないデスよ!」


「ええー? おれは探しものしてただけなのにー。……ごっくん」


「言い訳無用デス! というかド頭にクリーンヒットしたっていうのに無駄に頑丈デスね……」


「??? にくを食べればいつもけんこう健康!」


「あー……はいはいデス。それより、こっちゃ色々と話があるんデス。さっさと付いて来るデスよ」


「はぁーい」


「あと、食堂から食べ物勝手にとってきちゃ駄目デス。今度やったらオマエを丸焼きにして頭からバリバリ食ってやるデス」


「……はぁーい」





 * * *





 大森林を動脈のように張り巡らされている回廊を移動しているキャリアダックはもと来た道を戻っている。その目的地とは。


「まずはマリア達と合流するデス!」


 先生たちは本来、このグランヴァール大森林に点在する古代文明の遺跡(一般的にはダンジョンと呼ばれる)の調査を主目的としていた。


「そうですね、不意の敵襲ではぐれちゃったけど……例のダンジョン内部か、その近くに皆いるはずですし」


 そして、その調査に訪れたダンジョンでキャリアダックは同行していたVA部隊と離ればなれとなってしまったのだ。


「無線機の応急修理はなんとかやり遂げたデスからね、近くまで来れば通信できる筈デス」


「問題は、それまでに魔物が襲ってこないかですよ? その場合はどうするんです?」


「どうするも何も、そこにいるアークが蹴散らしてくれるデス。よろしく頼むデスよ?」


「え? やだー!」


 いきなり話を振られたアークは、さも当然のように先生の頼みをバッサリと切って捨てる。先生としては何の疑いもなくアークが協力してくれるものと思っていたのか小さな口をパクパクとさせ、その横ではアマネが眉間にシワを寄せながら、更にはこめかみを押さえている。


「は……? えっと、アーク。今、なんて言ったデス? 私の聞き間違いで無ければ……」


「やだー! オレは探しものがあるのー!」


 満面の笑みで言ってのけるアーク。彼はその胸元に黒光りするペンダントを指先で弄り、先生の何とも言えない表情には全く気づいていないようだ。


「……ねぇ、もしかしてアンタが言っている探しものってもしかして、デバイス……?」


「でば? そう、コレを探してるのー。アマネ、どこにあるかしらないー?」


「知っている……といえば、知ってるけれど」


「え?! どこどこどこー!」


「何処も何も……アークスターの」


「デバイスの在り処! それはこれから私達が行くダンジョンの内部デス!」


「ダンジョンー!」


「えっ、ちょっ……先生?!」


 さっきまで落ち込んでいたはずの先生は急に割り込み、アマネに目配せで器用にもメッセージを送る。


(このままアークに去られると、計画がオジャンになるデス! ここはどうやってもアークスターに乗り続けてもらうよう仕向けるデス!)


「ダンジョンー! いくー!」


「いやまぁ、それは確かにそうなんですけど……」


「ダンジョンー!」


「アーク、うるさいっ!」


「だんじょん……」


 キャリアダックの艦橋では三人がそれぞれ周囲を警戒しながら回廊を進んでいく。このグランヴァール大森林は人間の手が入っていない原生林と言えるのだが、何故か幅十数メートル、総延長不明の『大回廊』と呼ばれる道らしきものが広がっている。


 一体誰が道を敷いたのか? そもそもこれは本当に道なのか? 今の所、それを知る者はいない。


「んー、この辺にはまもの魔物、いないよー」


「アーク、何でそんな事が分かるのよ」


「だって、あいつらのニオイがしないからー!」


「ううむ、単純明快にして妙に説得力のある発言デス。それなら例えば他の匂い……そうデスね、アークスターみたいな匂いとか気配は感じるデスか?」


「んんー?」


 妙に難しい顔をしながらアークはその形の良い鼻をヒクヒクとさせる。アマネは自分の匂いも嗅がれているのではないかと少し身構えてしまう。一応キャリアダックにはシャワー室とランドリーがあるのだが、流石に毎日使える訳ではない。この大森林にあっては清潔な真水も貴重な資源なのだ。


「んー、てつとあぶらっぽい匂いはあるんだけど……ふるいかなー?」


「艦橋にいながら本当に良く判断できるわね……犬並みの嗅覚じゃない」


「まぁまぁアマネ。とにかく、少しずつ近づいている証拠デス。無線にも注意するデスよ」


「はーい……」




 * * *




 それから数時間。結局、魔物どころか大型の獣一匹にも出くわすこともなくキャリアダックは目的地へと到着した。そこは何やら苔や植物のツルが絡みついた四角い建物がポツンとあるだけの、少し寂しい風景だった。このグランヴァール大森林のど真ん中、その建物はキャリアダックと同じくらいの大きさだろうか、家屋に比べると一回りも二回りも大きいがダンジョンというには程遠い外観だ。


「んー……どうやらマリア達はまだダンジョンの中にいるようデスね」


「えっ、分かるんですか? 先生」


「ほれ、地面をよく見てみるデス、アマネ。ヴァルクアーマーの足跡がダンジョンへと入るもの以外、他には残ってないデス」


 であれば当然、ここ最近の間でダンジョンの中から外へ出たものはいないという事になる。


「……無線機に応答しませんし、ひょっとしたら相当深い階層へ潜ってるようですね」


 そう、古代文明の遺跡は主に地下へと広がっている。この地上の建物は、言わば入り口か玄関のようなもので、その内部はヴァルクアーマーで探索できるほど広大なのだ。


「んー、ここで待っていてもいいんデスが……私達がはぐれてからほぼ三日、救援に行った方が良いかもしれないデスね。アーク、アーク! 聞こえてるデスか?!」


 先生は直ったばかりの無線機を乱暴に叩き、その向こうで聞いてるはずのアークを呼び出す。


『あいあーい!』


「アーク、お前の出番デス! アークスターでダンジョン内部へGOデスよ!」


『わかったー!』




 * * *




 薄暗い明かりのなか、紅焔の機体がゆっくりと辺りを警戒する。ダンジョン内部に侵入したアークスターは人間からすれば巨大な、ヴァルクアーマーにとってはちょうど良い広さの通路を進んでいた。


『あーあー、こちらスターマム。聞こえる? アーク?』


「アマネー! きこえるー!」


 母艦たるキャリアダックは地上にて待機している。そこから無線通信によってヴァルクアーマー部隊を指揮・支援するのだ。


『今後はキャリアダックのタックネームはスターマムよ。いい?』


「おっけー!」


『不安になるくらい能天気な返事ね……』


 ダンジョン内部は人工物らしい壁と床だが、相当な年月が経っているせいかひどくボロボロに傷んでいた。あちこちにヒビ割れが走り、そこかしこに苔のようなものがこびりついている。そして場所によってはひどくカビ臭かったりもする。


「ダンジョンって、いつもくらくて、ジメジメしてるのなー」


『そういやアーク、あんたは一年前からダンジョンに潜ってるのよね』


「そうー。でも、オレがしたダンジョンはここまで深くなかったなー」


『恐らく、そのダンジョンは重要度の低いダンジョンだったようデスねー。古代文明の遺跡とは言うデスけど、その実態は当時の人々が暮らしていた集合住宅だったり、工場や食料プラントだったりするんデス』


「えっと……つまりー?」


『ダンジョンにはおっきいのからちっさいのまで、イロイロ種類があるって事デス』


「そっかー! イロイロかー!」


『だからそんな説明で本当に理解できてるの……?』


 しばらくは何事もなくダンジョンを下へ、下へと降りていくアークスター。本来であれば魔物、例えばゴブリン級が襲ってきそうなものなのだが。


「あっ、ここにもバラバラがー!」


 アークが発見したのはゴブリン級の残骸だ。銃か何かで蜂の巣にされていたり、もしくは鋭い刃物で斬り刻まれている。


『恐らく、先行しているスターライト部隊デスね』


『ゴブリン級くらいなら物の数に入りませんものね、あの人たちなら』


 スターライト部隊。アマネ達がはぐれたという、ヴァルクアーマー部隊。先生によれば、次世代VAヴァルクアーマー開発の為に集められたエースパイロット部隊であり、各員がそれぞれ一騎当千の強者だという。


「クンクン……うん、強そうなニオイがするー!」


『強そうな匂いって、なんなのよ……』


『ふぅむ……もしかしてアークの鼻は分泌された人間のアドレナリンやホルモンを嗅ぎ取っているのかもしれないデスね……』


『まさか……そんな事って本当に出来るんですか?』


『んなもん知らねーデス! 適当なこと言っただけデス! ……でも、アークの五感がズバ抜けて優秀なのは確かデス。常人では感知できない些細な情報も、あいつには読み取れるのかもしれないっていう事デスね』


 その後もアークスターはダンジョンを地下へと降りていく。道中、何かの工作機械の残骸や、積み上げられっぱなしの資材がサビているのを発見しながらもその歩みを進めるのだった。




 * * *




「さて……と。ここが最深部らしいぜ、どうやら」


 薄青のヴァルクアーマーが扉を制御するコンソールを操作する。この区画はそれまでと異なり、比較的真新しく、そして電力が通っているようだ。気圧の違いで小さく音がなったかと思うと、その大きな隔壁扉はスムーズに開いていく。


「ヨウラン、レイチェル、周囲を警戒して。……ここにはよ、とびっきりのが」


 リーダー機らしい純白のヴァルクアーマーがアサルトライフルを構えながら巨大な部屋に侵入する。それに続いて薄青と若葉色の機体が二機、続いた。


「こちらヨウラン、了解! へっ、魔物にしちゃあ良い殺気を放ってやがるぜ……!」


「レイチェル、了解。それでどうします、マリア隊長?」


「もちろん、倒すに決まってるさ。じゃないと、先生からのお使いは果たせないからね……スターライト隊、吶喊!」


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