第5話

 激しい銃撃音。人間が扱うソレより遥かに巨大な銃器が、やはり巨大な金属の塊を火薬の力で次々と吐き出している。弾丸の爆ぜる音はコックピットからすれば小気味良いが、間近にいれば難聴になるのは必至だろう。それほどの火薬で撃ち出す金属製の弾体は重く、鋭く、空を引き裂いて飛翔していく。


 純白のヴァルクアーマー、アイシクルティーガーは軽やかなステップと共に慣れた手付きでカラの弾倉を交換する。肩に星を意匠にした部隊章を掲げ、無骨なデザインながらも兵器としては洗練されている。いや、そのスマートさはパイロットの腕によるものか。


「ヨウラン、少し前に出過ぎだ」


 再びアサルトライフルで牽制射撃を行う。発射された三発の銃弾は敵の鼻先を掠め、見事に反撃を封じてしまった。


「っと、悪い! 助かったぜ、マリア隊長!」


「なに、大切な部下を守るのは部隊長の仕事さ」


 マリア・ロマノフは涼しげな目元と口調で事も無げに言ってのけるが、その間にも攻撃の手は緩めない。雪のように白い機体は各所に設置されたスラスターを吹かしながら敵の背後に回り込み、片手で直刀を抜いた。


「レイチェル! 援護を頼む!」


 言い切るかどうかの瞬間、一発の銃声と共に敵がガクンとバランスを崩したのだ。少し離れた地点にいるスナイパーライフルを構えた淡緑の機体、レイチェルの駆るブラストウルフが敵機の膝を撃ち抜いたのだ。


 そしてマリア機は僅かな隙を活かし、背後から斬りつける。と、同時に、ヨウランの操る濃紺のフラッドウルフが敵の正面へと飛びかかり強烈な飛び蹴りをお見舞いしたのだ。


 まさに息のあったコンビネーション、寸分の狂いもない連携は致命的な一撃となるだろう。これが、普通の魔物であったなら。


「グルゥゥアアァ!」


 オーガー級と呼ばれるこの魔物は、本来であればヴァルクアーマー三機で相手にするような存在ではない。これまでにいくつかの魔物が確認されてきたが、ダンジョンの奥深くになるほどその強さが増していく傾向にあるという。そして、このオーガー級は大規模ダンジョンの最深部でしか遭遇報告がないのだ。


 鋼の躯体が膨張したかのように膨れ上がり、怒りの咆哮は空気を震わせる。いびつな体型と異常発達した筋肉に見えるのは、ヴァルクアーマー程度なら一捻りで粉砕してしまうほどのパワーを有するアクチュエーターが集中配置されている為だ。オーク級よりもさらに一回りは大きな腕と凶悪なメイスを振り回し、そのギラついた眼は獲物を屠らんと欲している。


「チィ! さすがはオーガー級って所かァ!? 生半可な攻撃じゃあ皮膚を削るくらいしか出来ねぇぜ!」


 軽量な量産型VA・ウルフをベースに近接格闘戦用へとカスタムしたヨウラン機がアクロバティックな動きで間合いをあける。彼女は激しい加速度で振り回されるコックピットにいながらも、その獰猛な笑みを絶やしてはいない。


「もう、ヨウランが無茶な攻撃を仕掛けるからでしょう~? それにしても……あのオーガー級はいくらなんでも少し硬すぎる気がするわね」


 見れば、レイチェル機が狙撃したはずの膝は問題なく稼働している。通常のライフルよりも大口径・大質量のヴァルクアーマー用狙撃銃の弾丸で貫通しないとなると、よほどの装甲厚ということになってしまう。


「なぁに、このくらいは強敵のうちに入らないよ。しかし……二人共、弾薬と魔力残量には気をつけてくれ」


 そう言いつつ、マリアはオーガー級からさっと視線を外す。各種計器やメーターのうち、魔石に蓄えられた魔力量を示すゲージは全体の四分の一ほどだ。ライフルの弾もそれほど余裕が無くなってきている。


「普通なら、一度は補給に戻ってるはずですものね。どうします、一旦撤退という手もありますけど~?」


「おいおい冗談だろ? あの魔物、そんな手緩い相手にゃあ見えねェぜ?」


 ゆっくりとアイシクルティーガーを立ち上がらせ、オーガー級の動きに対処できるようアサルトライフル構えさせるマリア。レイチェルの言うとことはもっともではあるが、ヨウランの見立通りここから逃げるのは少々難しいと思われる。小さく、無線マイクも拾わない程に小さくため息を吐き、そしてレバーとフットペダルを踏み込む。


「それなら、さっさと倒してしまおう!」


 途端、周囲が霧の掛かったように白くなる。気温が一気に下がったことによる水蒸気の凝結だ。各機の装甲表面にも水滴が浮き始め、それは次第に霜へと変化していく。


 マリアの青みがかった銀髪が淡く発光する。彼女は機体の動力源たる魔石に蓄えられた魔力を基に、魔法を発動させたのだ。


「……氷華ひょうか!」


 水蒸気は細かな氷の結晶となり、一瞬にして人間の手のひらサイズへと成長する。それらは一斉にオーガー級へと殺到していき、まるで花吹雪が舞うように爛漫の嵐となった。


「グゥアアア!」


 氷の塊が多少ぶつかった程度ではダメージにもならないが、彼女の得意とする氷結魔法の真価は別にある。圧倒的パワーを誇るオーガー級の動きが次第に鈍くなり、立っているのもといった様子だ。


「いくら装甲が厚くとも、この極低温では内部機構もすっかり凍りついてしまうのだよ」


 マリアは魔法の発動によってオーガー級の周囲を極低温まで冷却し、内部構造に至るまでを凍結させたのだ。魔物とはいってもその躯体は機械仕掛け、あまりの低温ではその機能に不全を起こし潤滑油やアクチュエーターはまともに動作しなくなってしまう。


「相変わらず隊長の氷結魔法はスゲぇな……。あれだけのサイズの魔物を凍らせるなんて、そう出来ることじゃねぇぜ」


「ヨウラン、見とれてないでトドメを刺すわよ! 早くしないとマリア隊長の機体が魔力切れになっちゃうわ!」


 彼女は口を動かしつつ機体の手も動かし、腰にマウントしていた赤いラベルの弾倉に手早く交換する。ガシャリとチャージングハンドルを引き新たな弾丸を装填、間髪入れず身動きの取れないオーガー級へと銃撃を開始した。


「グルルァ!」


 これまでブラストウルフが使用していたのは標準的な徹甲弾だったが、今度の弾丸は特別製だ。弾頭に細かく砕いた魔石片が詰め込んであり、着弾の衝撃で火薬と共に強力な爆発を引き起こすというシロモノなのだ。


 それが5発、オーガー級の胸部へと命中。正確に一点を撃ち抜いた衝撃は、極低温となって強度の下がった胸部装甲に大きな亀裂を走らせる。だが、こんなものでは倒されないという意思の表れなのか、魔物の眼がボゥ……と昏く光出す。


「おらァァァ!」


 そこへヨウランのフラッドウルフが飛び込む。両脚をしっかりと地面に踏ん張らせ、機体全身の人工筋肉を躍動させた。


 手のひらを真っ直ぐ打ち抜く単純な掌底突き。単純ではあるが、ヴァルクアーマーの全重量と人工筋肉の瞬発力を掛け合わせた一撃は凄まじいものがある。だが言うは易し行うは難し、ここまで精確な機体操作と重心移動を行えるパイロットはヨウラン以外にまず居ない。


「グル……ァ……ァ」


 胸部装甲を粉々に破壊されたオーガー級は断末魔を満足に上げられないままその場に倒れ込む。それを確認したマリアは魔法を停止させ、淡く輝いていた髪も元通りとなった。


「うん、普通の個体よりも随分と強かったけど……まぁこんなものかな?」


 アサルトライフルを構えたままではあるが、一息ついた様子のマリア。他の二機も彼女の下へ向かう。




 一人ひとりが生え抜きのエースクラスを集めた部隊、スターライト隊。本来であれば練度の高いVA部隊が複数で対処するオーガー級も彼女達に掛かれば大した損害も無く撃破出来るのだ。


「さて……と。目当てのモノが無いか、さっさと探そうぜ」


「そうね〜早く地上に戻りたいわ」


 他に魔物の気配は無く、マリアの氷結魔法で結露した壁も少しずつ乾き始める。恐らく、このダンジョン内部に潜むであろう魔物はあらかた排除したようだ。これで心置きなく探索も出来るというものである。


 そう判断したマリア機はヨウラン機とレイチェル機を伴い、オーガー級が守るよう立ち回っていた一角へと歩みを進める。こういう場合、強力な魔物が門番の役割を果たし、そしてその奥にはがあるのが相場なのだ。


 だが、たった一つの例外があった。


 マリアの判断は概ね間違ってはおらず、他の優秀なヴァルクアーマーパイロットも同じ判断をしただろう。これを誤算というには少々酷な話である。


 そう、たった一つの例外とは、ダンジョン最深部に眠るお宝が、他のモノとは一線を画すレア度だったという事。そして、それを守る魔物は、相応の強さを秘めているという事。


「グルゥアァァ!」


 突如として息を吹き返したオーガー級。重要機関が集中する胸部に大きなダメージを喰らいながらも、この魔物はまだ機能停止していなかったのだ。


「なっ?!」


「隊長、危ねェ!」


「避けて!」


 魔法が解除された事でオーガー級の動きも元に戻り、その巨体に見合わない俊敏さでマリアのアイシクルティーガーへと襲いかかる。振り上げたメイスはあまりに重く、そして残酷なほどに速い。


「グルァ――――――――」


「てぇりゃー!」


 勝利を確信したオーガー級の歪んだ笑みは、何処からともなくいきなり現れた闖入者の飛び蹴りによってさらに歪められた。


 深紅のボディを流線形にし、まるで燃え上がるようなヴァルクアーマー。無線機を介して聞こえてくるのは、無邪気な少年の声。


「いえーい! アークスターさんじょー!」

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