第2話

 ゴブリン級を撃破した後、アークは先生に招かれて巨大な移動する箱の内部にいた。感謝の念を伝えるのはもちろんだが、アークの尋常ではない身体能力に興味を惹かれたからだ。


 その事にアマネは若干の抵抗感を示してはいたのだが。


「さっきはあぶない所を助けてくれてどうもありがとうデス。私の事は尊敬と畏怖の念を込めて先生と呼ぶがいいデス」


「せんせー? 変ななまえー!」


「ふっ……見るからに野生児なアークにはこの私の凄さを理解出来ないようデスね……それも無理からぬことデス……己の無知と見識の無さを恥じることはないデスよ」


「あのね、この先生は見た目は……だけど、実は物凄い技術者なのよ。それこそもう、なんていうか規格外な感じで」


「ちょーーーっとばかり引っ掛かる評価デスが、まぁ今は置いとくデス。んで、こっちがアマネ、私の優秀な部下であり、将来有望なエンジニアなんデス」


「アマミヤ・アマネ、アマネでいいわ。改めて……ありがとう。本当に助かったわ」


「こっちのちっこいのが、せんせい。で、こっちの髪の毛みょーんツインテールが、アマネ!」


 アークはきちんと確かめるように先生とアマネを指差しながら名前を呼ぶ。やはり彼は精神的に幼い部分があり、どうにも見た目とのギャップにアマネは困惑してしまう。




 * * *




「ほうほう、それでアークはずっとここに一人で暮らしているわけなんデスか?」


「んーん、ちょっと前まではじいちゃんと一緒にくらしてたんだー」


「じいちゃん? アンタ、家族がいるの?」


「かぞく……うん、家族! でもじいちゃんは病気で死んじゃった」


「あっ……その、ごめんなさい……」


「ん? なんであやまるのー?」


「いやだって、ご家族の方が亡くなられるだし……」


「よくわかんないけど、あやまることはないぞー! もういち……? いち、ねん位まえだし、じいちゃんも自分でいのちをまっとう全う出来たって言ってたし!」


「ふむ、そのじいちゃんとやらは中々に良い人物だったみたいデスね」


「そ、それにしてもですよ、先生。なんだってこんな所で暮してたんでしょう? この『グランヴァール大森林』で」


「ぐらん……?」


「なにアンタ、グランヴァール大森林も知らないの?」


「まぁまぁアマネ。アークはどうやら基本的な教育というものを満足に受けてないようデス。簡単に説明してやるデスよ」


「……先生がそう言うなら。いい? アーク。このどこまでも広がる森はグランヴァール大森林って言ってね、さっきのゴブリン級みたいな魔物がウヨウヨしてる危険地帯なの」


 グランヴァール大森林。この大陸のおよそ半分以上を覆い尽くす人外の森。機械仕掛けの魔物が闊歩し、およそ文明が簡単に立ち入れる場所ではない。その事は子供でも知っている事だ。アマネも子供の頃、悪いことをすれば両親から『恐ろしいグランヴァール大森林に置いていくぞ』と躾けられた事を思い出す。


「ごぶりんきゅう……ああ、さっきのザコ!」


「ゴブリン級を雑魚呼ばわり……まぁ、魔物の中では下のクラスに位置するデスけど」


 魔物にはその形態、強さでクラス分けされている。先程アークが倒したのはゴブリン級と呼ばれる、数が多くグランヴァール大森林やダンジョン内でもよく見掛けられる魔物の一つだ。他にもオーク級やコボルド級といった魔物も存在する。


「だからって、ヴァルクアーマーVAヴァルクワーカーVWも無しにゴブリン級を倒せる人間なんて聞いたことありませんよ……コイツも魔物なんじゃ?」


 怪訝な目でアマネはアークの身体をジロジロと見た。年の頃は15、6位だろうか、喋り方とそのニコニコした顔が余計に幼い印象を感じさせる。


 しかしその肉体は非常に均整が取れており、いわゆるアスリート体型とでも言うのだろうか。適度に引き締まった筋肉は芸術性すら醸し出す。しかし、いくら発達した身体であったとしても、木々を飛び越す跳躍力や魔物の攻撃を受け止める頑丈性は獲得しえないはずだ。


「うーむ。確かに人間の骨格と筋肉でさっきの戦闘能力は説明つかないデス。とはいえ我々と意思疎通が出来て、人間の姿をした魔物の報告例は私が知る限り存在しないデスし」


 魔物と呼ばれる存在はとにかく謎だ。その行動原理、繁殖方法、生態など、分かっている事の方が少ない。


 その数少ない判明している事実、それはこのグランヴァール大森林に侵入した人間を容赦なく攻撃してくるという事、ダンジョンと呼ばれる古代文明の遺跡から現れるという事くらいだ。


「なーなー、それよりアマネたちはなんでこんな所に来たんだー?」


「え? 私達? えっとね……どこから話したもんやら……」


「まぁ端的に言うならば……ダンジョン遺跡の調査と、ちょっとした実地試験ってとこデスかね。おっと、忘れてたデス! さっさと無線機を修理してアイツラと合流しなきゃいかんデス!」


 急に壊れた無線機の事を思い出した先生はトテトテと艦橋の隅に備え付けられた機械をいじり出す。アークには何をしているのかサッパリだったが、その手捌きが流れる水のように滑らかなのは理解できた。


「???」


「あー、まぁその辺は説明しても分からないわよね……。ところでアーク、アンタはこれからどうするの? 一人でこの森に暮らしてるんでしょ?」


「うん。とりあえずザコ達をたおしながらー、探しものをするー。このハコの中にも、なんか探しものっぽいかんじがしたんだけどなー。気のせいだったかなー? 気のせいなら、きょうのをとりにいかなくっちゃなー」


「探し物……? それって」


 それって何よ、そう聞こうとしたアマネは思わず息を呑んだ。それまではフワフワした笑顔を浮かべていたアークの表情が一瞬にして丹念に研がれた刃物のように鋭利なものとなったからだ。


「ちょっと……どうしたのよ」


「しっ! ……強いのがくる!」


「強いの? まさか、また魔物?!」


 アマネには聞こえないが、アークの耳にはその足音がはっきりと分かった。ゴブリン級とは異なる歩幅、そしてその重量。そして特有の匂い。彼の五感は遠くにいるソレをはっきりと感じ取っていた。


 これまでも何度か遭遇した事のある、アークですら太刀打ちできない強力な魔物。


「アマネ! やべー事になったデス! オーク級が!」


「お、オーク級?! なんでこんな所に?!」


「知らねーデス! 大方、さっきのゴブリン級の仲間か何かなんじゃないデスか?! それよりさっさと逃げるデス!」


「あわわ、魔力炉、再始動します!」


「急げ急げデス! 私は無線機を直してアイツラと連絡取るデス!」


「あーもう! また大ピンチじゃない! せっかく機体があっても動かない上にパイロットも居ないんじゃタダの鉄屑だし!」


「……この感じ……やっぱり気のせいじゃない……こっち!」


「あ、こらアーク! どこ行くデスか! アマネ、魔力炉は私がやるから、お前はアークを連れ戻すデス!」


「は、はい!」


 急に艦橋から箱の内部へと駆け出したアークと、それを追うアマネ。しかし、その通路の先には格納庫しかないはずなのだが。


「……まさかとは思うデスけど……アークならあの機体を、あのデバイスと適合するデス……?」




 * * *




「ちょっとアーク! 待ちなさいってば! そっちには……!」


 薄暗い通路を抜けた先、階段を下に向かう。すると唐突に大きな空間に出た。そこは箱の中心部、何やら鉄骨やクレーン、大小様々な機械が据え付けられている格納庫だ。


 その端のほうにアークは居た。


「…………」


「ほら、早く艦橋に戻るわよ! って、どうしたのよ……」


「この巨人……!」


 アークが指指したのは、壁にもたれ掛かるように立っている巨人……いや、それは鋼鉄製の機械人形だった。先程のゴブリン級の何倍も大きな躯体。薄明かりの格納庫でもはっきりと分かる鮮烈な赤を全身に纏い、まるで燃え立つ炎のような機体。


「ああこれ……この機体はね、私が設計したヴァルクアーマーVAよ。但し、の。誰にも動かせない……って、ちょっ?! アーク?!」


 人の話を聞いてるのか聞いてないのか、アークはその驚くべき跳躍力で炎のようなヴァルクアーマーの腹部へと飛びつく。そこはどうやらコックピットらしく、中には操縦席が。


「……なんだか、なつかしい……? これが探しもの?」


 本能に導かれるまま、アークは腰を下ろす。周囲は機械類やレバーにスイッチでゴチャゴチャしているが、不思議と何をどうすればいいのかが理解出来る。下の方ではアマネが何か叫んでいるが、今のアークには届かなかった。


「んー……これを、こうして……」


 パチリ、パチリとスイッチをオンにしているその時、箱全体を、格納庫を、まるで地震のような大きな衝撃が襲った。


「オーク級……! あんなのに襲われたら、このキャリアダック箱型の艦の外装なんて紙切れ同然じゃない……! アーク! そこから降りて! 危ないわよ!」


「アマネ! この巨人、動かしていーい?!」


「はぁ?! 何言ってんのよ、このバカ! というかその機体はね、ちょっと聞いてるのアーク?! は誰にも起動出来ない……」


「へ、なに? なにすたー? まぁいいや! こいつの名前は! そう決めた!」


 低く唸るような振動音。全身の人工筋肉が脈動し、魔力炉とは異なる駆動音が格納庫内に響き渡る。


「うそ……え、なんで? 誰もデバイスと適合しなかったはずなのに……」


 今の今まで、メイン動力炉が起動しなかったはずのプロトスター、改め、アークスター。それが、アークの意思に呼応したかのように動き出す。


『あー、あー。アマネ、アーク、聞こえるデスか! こっちでもその機体の起動を確認したデスよ! アーク、ハッチを開放するから、そのヴァルクアーマーでオーク級を撃退するデス!』


 艦橋と格納庫を結ぶスピーカーからは先生の声が。それと同時に前方の壁が開いていき、外の明かりが差し込んでくる。


「はぁ?! 先生待って、無茶よそんなの! まだ出力調整すらしてないし、第一アンタ操縦できるの?!」


「だいじょーぶ、アマネ! わからないけど、わかる! んじゃオレ、アイツを倒してくる!」


「ちょっと、アーク……!」


 鋼鉄の脚が床を踏みしめ、一歩ずつハッチへと向かう。外から吹き込んでくる風に思わずアマネは目を瞑ってしまった。


「アーク……スター……」


 再び目を開くと、そこには陽光を浴びて真っ赤に燃え盛るようなヴァルクアーマー・アークスターの姿があった。

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