戦甲機人戦記 天明のアークスター 〜銃と剣、魔法と科学が交差する世界で少年は己を知る。正統派ロボットアクション冒険譚〜

すとらいふ

第1話

第一話


「んん……? なーんか、さわがしくなってきたなぁ……」


 一目散に逃げ出す獣を見送りつつ、あどけなさの残る人懐っこい顔立ちをした少年が木陰からすっくと立ち上がる。その手には、先端に石器の鏃が括られたお手製の槍のようなものが握られていた。


は少しのあいだ、おあずけー」


 そしてその少年は、尋常ではない脚力で高く跳躍する。背の高い木々に足を掛け、さらに上へと登っていく。どこまでも広がる紺碧の空、そして果てしなく続く濃緑の深い森。その木々の間からまるで燃え立つような赤い髪の毛がにょっきりと飛び出した。


 その無邪気な雰囲気をした目をキョロキョロ、ボサボサ髪の下に埋もれている耳を掻き分けピクピク、形の良い鼻先をクンクンと動かす。傍目には、どこまでいっても枝葉の緑色しか見えないこの光景。まるで深緑の大海原と見間違えるような絶景の中、この少年の鋭い五感は、確かに何かを感じ取った。


「……! あっちのほう、追われてる? それに……コレとおんなじかんじ……」


 胸には黒光りする鍵のようなペンダントトップをぶら下げ、少年は無意識のうちにそれを握り締める。


 次の瞬間、赤髪の少年は姿を消してしまった。いや、目にも留まらぬスピードで木々の間を移動しはじめたのだ。その動きはもはや人間業ではなく、まさにサルなどの霊長類を思わせる柔軟かつ軽やかな姿だった。




 * * *




「ちょっとおぉぉぉ! なんで追いかけてくるんデスかー?!」


「そりゃあ私達が逃げてるからじゃないですかぁぁぁ?!」


 赤髪の少年が居た地点から少なくとも10Kmは離れた場所。相変わらず鬱蒼とした森林が続くその場所を、何やら巨大な箱のような物体が木々を掻い潜りながら疾走している。


 この箱、なかなかのサイズで、それこそ巨人の一人や二人は優に入りそうな大きさだ。よく見れば、先頭の部分に窓ガラスのようなものが嵌っており、そこは船で言うところの艦橋か操舵室にあたる場所らしい。


「でも逃げなきゃアイツらにブッ殺されるデスよ?!」


「そりゃあ私達じゃ抵抗の一つも出来ませんからねぇえ?!」


 そして先程から煩く喚いている女性二人はこの艦橋にいるらしい。さらに、この箱型のやや後方、そちらに目を向けると――――


「グギャ! グギャギャギャ!」


「グギャース!」


 なんとも形容しがたい雄叫びを上げながら鈍器のような物を振り回す人間が――――否、身の丈は大人の倍近く、手足の長さが歪で金属光沢の肌を持つ人間など存在するはずもない。それは正に、異形の魔物と呼ぶべき存在なのだろう。それが四体、ぴったりと箱の後ろを追いかけているのだ。


「ヤベー事態デスよ! 隊の皆には連絡ついたデスか?!」


「駄目です、無線機の機嫌が最悪ぽいです! それにこの距離ではもうダンジョンの中とは繋がりません!」


「だぁー! 予算をケチらずにちゃんと修理しとけば良かったデス!」


「今更言っても遅いんですけどー!」


「いやー、試作機にカネを使い過ぎた結果ってやつデスね! まさに後悔先に立たずってやつデス!」


「言ってる場合ですかー!」


 こちらも負けじとギャーギャー叫ぶ二人組。しかしその間にも箱は巧みな操船によって少しもスピードを緩めずに逃げ延びている。


 鬱蒼とした森林の中ではあるが、この巨大な箱が走っているのはまるで道路のように切り拓かれた一本道だ。そのお陰でこの巨大な箱は枝や大木に少しも掠る事なく疾走する事が出来ている。よく見れば、大小様々な木々や下草はこの道を避けて生えているようにも見えた。


 しかし、後ろを追う魔物もその走りやすい道を疾駆しているのである。このままでは延々といたちごっこを続けるしかない。


「どーするんですかー! 先生ー!」


「どーするも何も、このまま逃げるしかないデスよ! アマネ!」


 先生と呼ばれた幼く小柄な、しかし知的な雰囲気を覗かせる眼鏡の少女はその癖毛の金髪を操艦に合わせて左右に振り乱す。そしてアマネと呼ばれた少女は青い髪のツインテールを同様に右へ左へ忙しなく揺さぶられる。


「あーもう! 神様仏様! 誰でもいいから助けてー!」


「残念デスが、私は無神論者なんデス!」


「じゃあ先生はいいから、私だけでもー!」


「おいこら待つデス! 誰からも尊敬される素敵で絶世美女、更には超絶有能技術者である美人でカワイイお茶目な上司を差し置いて自分だけ助かろうとはどういう了見デスか!」


「いやまぁ先生は確かに凄いヒトですけど、それとこれとは話が違います! あー! もっと普通の人生を送りたかったー!」


「何言ってるデス、アマネのエンジニアとしての能力はこの私ですら一目置くほどデスよ! そんな普通の面白くない人生とかいう主体性の無い目標は断固拒否デス!」


「だから、そういうのが嫌なんですー! っていうか今、面白くない人生って言いました?!」


 その時である。バン!と何かがぶつかる音が艦橋に響く。二人は野生の動物でも轢いてしまったかと思ったが、実際は違った。いや、野生なのは間違いないのだが。


「ふぇ?! ひ、ヒト……? ギャアアア!」


「なんでこんな所に人間がいるんデス! っていうかコイツ赤毛の猿なんじゃないデスか?! えっ新種発見デス?!」


 艦橋の窓の外、そこにはあの赤髪の少年がビッタリと張り付いていた。この鬱蒼とした未開の大森林に人間がいる事も驚きなのだが、二人が驚いたのは彼のその格好だった。


 長くボサボサの赤髪は伸び放題。ほっそりとした細身の体型ではあるが、鍛えられた筋肉は静かに存在感を主張している。そして、そのしっかりとした大胸筋の間には小さな鍵のような形をしたペンダントが神秘的な光を放っていた。


 スラリと長い腕には、黒曜石製らしい穂の付いたお手製な石槍。腰回りには小型の石器のような道具類、そして文明的な紳士が隠すべき場所は最低限の布切れでしか覆われていない。


 そう、彼は殆ど裸も同然の格好だったのだ。


「なんなのよ、この野生児は?! っつーかソコを隠せ! 嫁入り前の乙女の眼前にそんなキタナイもん晒すな!」


「ところでアマネ、コイツに言葉が通じるんデスかね? 見るからに石器時代くらいからタイムスリップしてきたような雰囲気バンバンなんデスが」


「知りませんよ! 急に冷静な意見はやめてください!」


「なー、オマエたちはアレに追いかけられてんのか?」


「ギャー?! しゃ、喋ったー?!」


「そうデスとも、絶賛逃亡中デス!」


「そっかー。んじゃ、アレを倒してくる」


 人懐っこい声の少年はなんてこと無い風に言ってのける。あの魔物を、自身の倍以上は大きな怪物を、ただの石槍一本で倒すと。


「はぁ?! アンタ、生身の人間があの魔物……に敵うわけないでしょうが! 馬鹿な事言ってないで……って、アイツどこに行ったのよ?!」


 逃げるよう警告しようとしたアマネだが、赤髪の少年はいつの間にか居なくなっていた。まさか、落ちて今度こそ轢いてしまったのか。


「アマネ、後方モニターを見るデス! あの野生児が……!」


 先生に促され、箱の後方を映しているモニターを覗き込むアマネ。そこには果たして、赤髪の少年が槍を携えているのが見えた。


 そして、アマネがゴブリン級と呼んだ魔物――機械仕掛けの異形――は突然の闖入者に戸惑ってしまったのか、一瞬だがその動きを止めてしまう。


 そして少年は人差し指をゴブリン級に向け、一体ずつ数えていく。


「いち、にぃ、さん、よん! よん体! より少ない!」


 くるりと石槍を回転させると同時に、少年は高く跳躍する。その放物線の頂点はゴブリン級の身長である3mを軽々と越えていた。


「なっ、あの跳躍力はいったいなんなんデスか?!」


「やっぱりサルか何かなんですよ! 人間があんな高くジャンプできる筈ありません!」


 そしてそのまま、先頭にいたゴブリン級の首筋へと石槍を振るう。黒曜石の鋭い刃は、その金属製らしい表皮に可動の為に空いた僅かな隙間をするりと駆け巡る。と、まるで血液が吹き出すかのようにドス黒いオイルが噴出したではないか。


 着地と同時に赤髪の少年は駆け出す。頭上から降ってくる鈍器のヒラリと躱し、そのすれ違いざまに再び槍を突く。針に糸を通すような正確さで装甲と装甲の隙間へと潜り込んでいくと、そのゴブリン級は力なく倒れてしまった。


「ウソぉ?! あの野生児、いったい何なのよ?!」


「マジでゴブリン級を屠ってるデスよ……生身と石槍一振りで。最近の野生児は戦闘力高いデスねー」


 あまりの戦闘能力にアマネと先生は開いた口が塞がらないようだ。


 そうこうしているうちにもう一体のゴブリン級も倒されてしまった。残るは一体。


「えっと、いち、にぃ、さん……で、アレがだから……えっと……? 残りはいくつ……?」


 自分が倒したゴブリン級を数えだした少年は、しきりに指を折って数を数えている。どうやら4引く3の計算が出来ずに頭がこんがらがっているようだ。


「あっ、バカ! 余所見なんかしてたら……!」


 少年の下へは声が届かないのも関わらず、アマネは叫んだ。今まさに、最後のゴブリン級が得物を振り上げているからだ。


 おどろおどろしい形状の鈍器は相当な重量が見て取れ、大木をなぎ倒し巨岩をも容易く砕いてしまいかねない。そんなものを人間が食らってしまえば。


「よんから、さんを……ひいて……残っているのは……えっと……」


 異形の姿をしたゴブリン級はその醜く歪んだ表情をさらに歪ませる。まるで、勝利を確信して微笑むかのように。


「あ、そっか! のこりはだ!」


 ついに答えへと至った赤髪の少年。しかし、その瞬間――――


「きゃあああ?!」


「……あれじゃあ、ぺっちゃんこ……デスね……」


 地面を揺らすほどの激しい衝撃はその威力を物語っている。赤髪の少年が立っていた場所は大地が波立ち、普通の人間であれば原型すら残っていないだろう。そう、の人間であれば。


「んよいしょっ……とっ!」


 しかし、残念ながら赤髪の普通では無かった。あの質量から生み出される運動エネルギーを、なんと片手で受け止めていたのだ。但し大地はその衝撃に耐えられず、少年は膝の辺りまで埋まってしまっているが。


 そして、唖然とするゴブリン級の鈍器を力任せに払い除け、軽くジャンプをして両足を引き抜く。


「んー! いち! のこりはいったい一体!」


 赤髪の少年はそのまま、猛然と突進する。だがゴブリン級もボーッとしているわけではない。片手で接近する少年を振り払おうとし、その手のひらに槍が突き刺さってしまった。


「おりょ?」


 突き刺さった槍は中ほどで折れてしまい、その反動で少年は吹き飛ばされてしまう。


「武器が!」


「いやアマネ、あれを見るデス!」


 なんと少年は空中で器用に受け身を取り、背後の大木へと垂直に着地する。そしてその驚異的な脚力で再び突撃したのだ。


「てりゃあぁ!」


 武器を失った彼が選択したのは、己の拳だった。ゴブリン級の懐に潜り込んだかと思うと、彼はみぞおちの辺りを思い切り殴りつけたのだ。


「グギャア……ァ……」


 その破壊力は凄まじく、金属製のボディには大きな穴が空いていた。もちろん、ゴブリン級は微かな断末魔を残しながら機能停止する。


「うそ……本当に生身でゴブリン級を倒しちゃった……」


「おーい! そこのオマエ! 助けてくれてありがとうデスよ! ところでオマエの名前はなんて言うんデス?」


 先生が備え付けの拡声器で赤髪の少年に話しかける。くるりと振り返った少年は屈託のない笑顔で応えた。




「アーク! オレのなまえはアーク!」

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