第9話
「うーむ、アークの素性デスか……」
普段は自信過剰傲岸不遜、何も知らない事などない、といった態度の先生ではあるが、アークの事に関しては妙に歯切れが悪い。
「先生……」
心配そうな表情を見せるアマネだが、彼女もアークの事に関しては見当もつかない。なのでアークの正体を先生に解き明かしてもらい、安心したいという気持ちもある。よく分からないモノや謎、そういった不確かな存在を喜んで歓迎する人間はいないのだ。
「……期待させて申し訳ないデスけど、私もアークの事は分からないことだらけデス。ま、いくつか推測は立てれるデスけど、まだ殆ど妄想の域をでないものばかりデス。それでも、分かっている事といえば……」
ぴょいと座っていた椅子から飛び降りた先生。そのままアークの目の前までトテトテと歩いていき、ズビシと彼の胸元を指差す。
「まずひとつ。このアークは赤子の頃に古代文明の遺跡、つまりはダンジョンの中で発見されたという事デス! なぜダンジョンの中に赤子が居たのか、なぜこのペンダントにしているデバイスを持っていたのか、そういった事は当時の状況含めて不明デスが、このアークが古代文明と密接な関係にあることは想像に難くないデス」
アークがじいちゃんと呼ぶ人物は彼を発見した時のことをあまり話すことはなかったらしい。それでも断片的な話をつなぎ合わせると、アークはたった一人でダンジョンの最深部にいたらしい事、彼の身分や出生を証明するような物は何もなかった事、鍵の形をしたデバイスはアークのすぐ近くにあった事くらいだ。
「なんでぇ、要は
「アークのじいちゃんとやらが、今も存命だったなら根掘り葉掘り聞けるんデスけどねー。せめて、どのダンジョンにアークが居たかが分かれば調査のしようってもんがあるデス」
「しかし……それだと、アーク君がどうしてデバイスを起動できるかが説明つかないんじゃないかな? 見た所、普通の人間のようだし……魔物とは違うんだろう?」
マリアの指摘に先生とアマネは深く頷く。驚異的な身体能力や頑丈さはともかく、ソレ以外は人間そのものだ。魔物とは、見た目こそ神話やおとぎ話に出てくるような怪物の姿をしているが、その本質は機械仕掛けの非生命体だ。アークには赤い血が通い、食事もすれば、睡眠もする。先生は本格的に検査をしなくては、と言っていたが、およそ人間であることにはほぼ疑いは無いだろう。
それはこの場にいる全員が分かっているもの、だからといってアークが人間である確実な証拠にはならないのも事実なのだ。
「あ、それなら魔法はどうかしら~? 魔法が使えるんなら、少なくとも魔物の可能性は排除できるでしょう?」
「まほー? アマネ、まほーってなにー?」
「魔法は……改めて説明するのは難しいわね……えっと、魔石の魔力を使って特定の現象を引き起こす力のことよ」
「???」
「アマネ、百聞は一見にしかずと言うデス。オマエの魔法を見せるほうが早いデス」
若干、面倒そうな表情で応えるものの、この場合は彼女の魔法が手っ取り早い。アマネはポケットから小さな透明の結晶のようなものを取り出し、アークに見せる。
「これが魔石よ。この透明な石の中に魔力が込められているの。サイズは違うけど、ヴァルクアーマーやこのキャリアダックも魔石で動いてるのよ」
「へー! すきとおってて、きれいー!」
「で、コレを握って……魔石を頭の中でイメージすれば……」
キュッと魔石を握りしめ、静かに集中するアマネ。すると彼女の青い髪の毛がボウっと発光しだし、眼前に淡く輝く光の玉が出現しだした。まるでライトのように周囲を照らし出す光の玉はアマネの意思である程度動かせるらしく、驚いて目を見開いているアークの回りをクルクルと回転してみせる。
「わー! なにこれなにこれ!」
「私が使えるのは光魔法って言って、こんな感じで周囲を照らしたりする魔法よ」
「懐中電灯代わりの便利な魔法デス。ヴァルクアーマーの整備する時とか、暗い場所でもバッチリ照らしてくれるデスよ」
「ぐっ……マリアさん達の魔法に比べると見劣りしちゃうし……恥ずかしいっ!」
アマネの髪の毛が発光しなくなり、それと同時に光の玉も消失していく。魔法を発動している際は発動者の髪の毛が淡く発光するのが特徴的で、翻ってそれは魔石の魔力を操作している証でもある。
「すごいすごーい! アマネすごーい!」
「私達の魔法はいくらか用途が限定されてしまうからね、アマネの魔法は日常生活で便利だと思うよ?」
「マリアは氷のまほーつかってた! ヨウランとレイチェルも氷のまほーつかえるのー?」
「ん? アタシたちか?」
「私は風の魔法、ヨウランは水の魔法を使えるわ〜」
「アーク、魔法は個人でそれぞれに使える種類が違うんデス。いわゆる属性ってやつデス」
「へー! オレもまほー使いたーい! ねーねー、どうやるのー?」
「ハイ、私の魔石貸してあげる。これを握って……」
子供のようにはしゃぎだすアークに、アマネは握っていた魔石を手渡す。アークはそれを一度、照明の光に透かし眺めてからグイと握り込む。
「それから魔石を頭でイメージするのよ。こう、透明な石の内部に流れる力をイメージしてみて」
「んんん……こう、かな……?」
アークはしかめっ面で握った拳に力を込める。彼の前腕はしなやかに筋肉が膨張し、その様子をレイチェルの鋭い視線は完璧に捉えていたが……今は関係無いので放って置くことにするアマネと先生。
「んぎぎぎ……!」
「お。魔力反応はあるようデスね」
力を込めすぎたせいか、少し逆立ってきた赤い髪の毛がボゥ、と弱く発光する。これはつまり、アークが魔力操作出来ているという証左だ。
「……でもこれって、光ってるだけで発色してないんじゃ?」
各個人が使える魔法属性は、髪の毛の発光色によって大別できる。例えばアマネの光魔法なら白色、マリアの氷魔法なら薄い水色、といった感じだ。
「んんんー?
しかし、アークの髪の毛は地毛そのままが発光しているだけだった。先生は彼の髪の毛をワシャワシャと掻き混ぜ、その毛先を摘んで確かめてみるが、やはり発色はしていないようだ。もし火炎魔法を示す赤色であれば、もう少しハッキリと赤い光となって判断がつくのだが。
「おいおい! これじゃあコイツが人間かどうか、怪しいところなんじゃねぇか?!」
「ちょっとヨウラン……」
その言動を嗜めるよう目線を向けるレイチェルだが、ヨウランは敢えて挑発するような言葉を続ける。
「確かに魔力操作は出来るかもしれねぇ。だがよ、ダンジョンの中で生まれてグランヴァール大森林で育っただぁ? そんな奴が真っ当な人間な筈ねぇだろうが!」
「ヨウラン、アークがダンジョン内部で産まれたかどうかはまだ不明デスよ」
「んなこたぁどうでもいいんだよ!」
ダン、と大きな音が食堂に響き渡る。ヨウランは女性らしい小さめな、しかし日々の鍛錬の痕が見て取れる拳をテーブルに叩きつけたのだ。シンと静まり返るその場で、彼女は徐に立ち上がる。
「おい、アークとか言ったな。テメェ、本当は何者なんだ。魔物の手先なんじゃねぇのか?」
剣呑な雰囲気にアマネは思わず息を止めてしまう。いや、ヨウランの発する無差別な殺気にアテられてしまったのだ。ヨウランは生身でも有数の武術家であり、そんな彼女がその気になれば戦闘訓練など受けてない一般人は縮み上がってしまうだろう。
「???」
だが、当のアークはなんの事か理解出来ておらず、魔石を握ったまま困り顔をコテンと傾ける。神経がよほど図太いのか、それともこの強烈な殺気を物ともしない胆力があるのか。
「はいはい。そこまでだよ、ヨウラン」
もう少し遅ければヨウランの拳か脚が飛び出すのでは、と思われたタイミングでマリアが間に割って入る。相変わらず余裕のある微笑みを絶やしていないマリアだが、その一挙手一投足には一分の隙がない事をヨウランは見なくてもよく分かっている。
「……チッ、分かったよ隊長……だけどよ、アタシは認めねぇからな。コイツの事も、プロトスターの事も!」
座っていた椅子を蹴飛ばし、派手な音を残しつつヨウランは食堂から出ていった。後に残ったメンバーはしばし、気まずい雰囲気に晒される。
「オレ、なにかわるいことしちゃったかな……」
「いや、君は何も悪くないよ。部下の妬心を抑えられない隊長である私の責任だ」
何に対してヨウランが憤っているのか、彼女の事情や考えはアークにはさっぱり分からないが、それでも自分に非があるのかもしれないと思ったのだろう。彼の表情は見るからにしょんぼりとしてしまっている。
「もう、ヨウランたら……何も物にあたらなくてもいいのに」
「ま、ヨウランも気持ちの整理がついてないだけデス。どうせそのうち忘れるデスよ」
「……」
だといいんですが。その言葉を飲み込むアマネ。このまま何事も起きなければいいのだが、アマネの心はどこかざわついたままだった。
「……あ。ませき、割れてる……」
「んげ。握力だけで砕いてるデスよ……魔石って要は水晶デスよ? 水晶砕くやつなんて初めて見たデス」
アークがふと、握っていた掌を見ると、そこには無残にも砕け散ったアマネの魔石が。無意識のうちに力を込めすぎてしまったのだろう。
「すごいわアーク君! 見た目はかなり細いけど、かなり鍛えてるのね〜!」
「いやレイチェル、この場合は鍛えるどうこうというレベルじゃないだろう?」
「アマネ……ごめんなさい……」
「ああ、別にいいわよ。その大きさは安いやつだし、それにそろそろ蓄積魔力も尽きかけてたから」
「それでも、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるアーク。彼なりに謝罪の気持ちを表したいのだろう。アマネはどう言葉を掛けようかと逡巡したが、徐にアークの頭をくしゃくしゃに撫で回す。
「わ、わ、わ! なにー?!」
「これで許してあげるわ。寛大な私に感謝なさい」
「わー! アマネ、ありがとー!」
「フン……って、なんですか先生。そのニヤけた顔は!」
「べっつに〜デス! アマネの心優しい気遣いに感動してるだけデス!」
「うぐ……妙に含みのある言い方ですね……!」
「ま、それは横に置いとくデス。とりあえずはさっさと共和国へと戻るデスよ」
「ここからなら、あと一日と半分といったところだね? 帰り道に大きなダンジョンはない筈だし、ノンビリと休みたいところだ」
「私も隊長と同じく〜。ヨウランもきっと、到着するまでには機嫌を直してるわよ」
「うん……」
一同は改めて本拠地へと進み出す。しかし、その道中に起こるであろう波乱を、誰もが予感していた。
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