第10話

「…………」


 息を殺し、気配を隠すアーク。その鋭い視線の先には、一羽の山鳥が。


 距離はおよそ20メートル。アークは樹上の枝葉に隠れ潜み、静かにその時を待つ。山鳥はエサでも探しているのか、地面を啄むように右へ左へと忙しなく歩いている。今は山鳥からアークの姿は見えないだろうが、不用意に動けばすぐに察知されてしまうはず。


「……いまだ!」


 山鳥が向こうへと頭を向けた瞬間、アークは枝から飛び降りつつ何かを投擲した。それは近くで拾った小石で、しかしアークの凄まじい肩力で加速されたそれは空気を切り裂きながら一直線に山鳥の頭へと命中する。


「やった、あさごはんー!」


 その場で手早く山鳥のを済ませたアークは上機嫌でキャリアダックへと戻っていく。もう朝日が登り始めている頃合いだが、このグランヴァール大森林の鬱蒼とした木立ではまだ視界が青く染まっている。


 メラトゥス共和国を目指し移動を開始してから一夜明け、一行は順調に行程を進んでいた。このまま行けば、夕方頃には目的地へと到着するだろうとは先生の言だ。


「ん……? このニオイはー……ヨウラン?」


 鼻をひくひくとさせ、覚えのある匂いの元を探る。すると、キャリアダックから少し離れた所にヨウランはいた。そこはちょっとした池のほとりで、キャリアダックが停泊するには都合が良い場所でもあったのだ。ヴァルクアーマーが数機並んでもまだ余裕のあるそこは、まるで自然公園か何かといってもおかしくはないだろう。


「すぅ……はぁ……」


 ヨウランは深い呼吸と共に、ゆっくりと手足を移動させる。非常に緩慢とした動作だが、それでいて全くの隙が無いとアークは直感的に悟った。その動きの意味するところを彼には理解出来なかったが、それでもこの動作全体が戦う為のものであると、つまり武術の型である事は明白だ。


 左腕を外側に回し、右の拳で突く。たったそれだけの動きのはずなのに、アークの目には複雑な機械が精密に動作するような印象を受けた。


「すごーい! ねぇ、なにやってるのー!?」


「うわっ?! ……て、オマエかよ……驚かせんな! つーか、その手に持ってるの、もしかして鳥……なのか? お前こそこんな朝っぱらから森で何してきたんだよ……」


「ねぇねぇー! ヨウラン、今の、なにー?!」


「今のって……型だよ。型の稽古。こうやって毎日やらねぇと身体が落ち着かねぇ……いや、アタシは何を言ってんだ……まったく」


 途中から思い出したように不機嫌になるヨウラン。あくまでアークとは親しくなるつもりは無いらしい。


「かた! けいこ! えーと、こう? やる? の?」


 しかしアークはそんな事もお構いなしにヨウランへ話しかける。その場に山鳥を置き、ビシと構えるアーク。見様見真似でヨウランの型稽古を再現しているつもりだが、微妙にチグハグな動作が微笑ましい。先生あたりがこの様子を見れば「新手の創作ダンスの披露会デスか?」と言われそうだ。


「…………」


「それから、こう、こうして、た!」


「…………」


「ねぇねぇ、ヨウラン! これであってる?」


「……だぁー! 違う違う! もっと腰を落とせ! 背筋は真っ直ぐ! それから左腕はこう動かすんだ、よく見とけ!」


 アークにも分かりやすいよう、横に並んで先程の型を繰り返す。


「いいか、この左腕は相手の打撃を回して受けてるんだ。相手の力を上手く受け流しつつ、こっちの攻撃に繋げる為にはここがしっかりしてねぇとどうにもならねぇ。よく覚えとけ!」


「わかったー! うけながすー!」


「そうそう、やれば出来るじゃねぇか! ……はっ、何をアタシはやってるんだ……」


「ヨウランはこういうの、とくいなのー?」


「…………」


「ねぇねぇー」


「……あのな、これだけは言っておくぞ。アタシはあのプロトスターに乗るためにこの部隊にやってきたようなもんなんだ。それを、どこの馬の骨とも分からねぇ野郎に……!」


「オレはウマじゃないぞー?」


「そういう事を言ってんじゃねぇ!? クソ、調子狂うな……いいか、アタシと勝負しろ! それで、勝ったほうがプロトスターに乗る!」


「んんん??? よくわかんないけど、わかったー!」


「……本当に分かってんのか……?」




 * * *




「……それで、どうしてこんな事になってるんです?」


 アマネはキャリアダックの艦橋で一つ大きな溜息をつく。ガラス窓を隔てて少し離れた所には二機のヴァルクアーマーが。一機はアークの乗るアークスター、そしてもう一機は。


『分かってるだろうな、アーク! それから先生! アタシが勝ったら、そのプロトスターはアタシのもんだ!』


 ヨウランの乗るフラッドウルフからの通信だ。アークとヨウランはそれぞれ自身の機体に乗り込み、対峙している。


「やれやれ……これでヨウランの気が済むなら……という事ですか? 先生」


「ま、ヨウランのような直情タイプには論理的な説得は効果薄いデス。それよか、こういった分かりやすく決着を付けさせた方が後腐れなくて楽ちんデスよ」


「けど……大丈夫なんですか? 二人共、怪我しません?」


「大丈夫よ、アマネちゃん。二機とも武装は無し、徒手空拳での決闘よ~。そりゃ、あんまり無茶な戦い方をしたら怪我しちゃうかもだけれど……ま、ヨウランがそんな下手ッピならこの部隊にいないわ」


「ま、とにかくさっさと終わらせるデスよ。あー、アーク! ヨウラン! 聞こえるデスかー? 泣いても笑ってもこの一本勝負、二人共、構えるデス!」


『あいあいー!』


『……ぶっ倒してやる! その機体はアタシんだ!』


 フラッドウルフが両拳を握り、大地をしっかりと踏み込む。まるで人間と同等、いやソレ以上の滑らかさで可動するのは機体のスペック以上にパイロットの技量が如実に表れているせいだろう。


 対して、アークスターは全身を脱力させているかのように緊張感が無い。というよりも、棒立ちでその場に立ち尽くしているようにしか見えない。


「あら、アーク君。ヨウラン相手に随分と余裕ね~」


「ふむ。彼女の出方を見極めるつもりなのかな? その為に敢えて構えを作らないのかもしれない」


「……レイチェルさん、マリアさん。アイツは、アークはそんな高尚な事を考えてないと思いますよ」


「ゴチャゴチャうるさいデス! それでは……始めっ! デス!」


 キャリアダックの外へと向けられたスピーカーから先生の少し割れた音声が放たれたと同時に、ヨウランのフラッドウルフは爆ぜるような加速度で踏み込んだ。


『チェヤアァァ!』


 裂帛の気勢と共に鋭い突きがアークスターを襲う。積極的な格闘戦も想定されたフラッドウルフの前腕には頑丈なナックルガードが装着されており、その威力と衝撃力はなかなかに侮れない。まともにぶち当たれば、アークスターの装甲といえど、無事では済まない筈だ。


『わっ?! わっ?! わわっ?!』


『避けてばっかじゃアタシに勝てねぇぜ!』


 右と左の拳を紙一重で避けるアークスター。しかし艦橋で観戦しているメンバーの目には、フラッドウルフの動きを見極めるというよりも避けているという感じがしてならない。


「アークのやつ、どういうつもりデスかね? 戦う気がないように見えるデス」


「そうね~。あ、もしかして急にお腹が痛くなったとか?」


「いやいや、ヨウランの眼前に立って彼女の実力に怖気づいたのかもしれないよ?」


「……お二人共、たぶん違います。あれは……アークのバカは多分……」


 フラッドウルフが左脚を軸に、その場でクルリと独楽のように回転する。遠心力を利用し鋭く加速させた回し蹴りはアークスターの頭部を狙っていた。もしこれを防御できなければ機体頭部は頚椎部からフレームごと圧し折られ、そのままボールのように蹴り飛ばされるだろう。


 しかしアークスターは恐るべき反射速度と身のこなしで後方へと仰け反ることに成功する。そしてバク転の要領で間合いを空け、Fウルフの射程圏内からどうにか逃れることが出来た。


『あぶなかったー!』


『おいコラ、アーク! テメェ、どういうつもりだオラァ?!』


『なにがー?』


『何が、じゃねぇよ! なんで攻撃してこない!』


 いくらFウルフが猛攻撃を仕掛けているとはいえ、アークスターとアークの実力なら反撃やカウンターを狙うことも出来ただろう。それくらいはオーガー級との戦いで共闘したヨウランにも分かる。それを承知で、わざと隙を作ってみせたりもした。


 だが、アークスターからは一切の攻撃が無かった。それどころか戦意すら感じられないのだ。


『こうげき? なんでー?』


『テメェ、勝つ気あんのか?! アタシを倒さねぇと、そのプロトスターから降りることになるんだぞ!』


『んー。それはやだなー! だってダンジョンにもぐったり、デバイスをさがさないといけないしー!』


『だったら!』




『でも、ヨウランは女の子でしょ? 女の子にはやさしくしなさいって、じいちゃんが言ってた! だから、たたいちゃダメなの!』


 開いた口が塞がらない、とはこの事だろうか。対戦相手のヨウランはもちろん、キャリアダック艦橋にいたメンバーも思わず言葉を発することが出来なかった。唯一、アマネだけが大きな溜息をついてみせる。


「やっぱり……こんな事だと思ったわよ」

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