第二十九話
錆まみれの装甲は酷い音を立てて軋み、機構の一部が破損しているのか耳障りな駆動音は地下の大空洞に木霊する。まるで不気味な笑い声かのように。
その人型は紛れもなく動いていた。ヴァルクアーマーに非常によく似た外見の、どこか古代の剣士にも見える意匠。錆びて刃が欠けた片手剣を頭上高く振りかざし、朽ちた頭部は骸骨のようでまさしく狂戦士を思わせる。
「なにこれなにこれー!」
相対するのは陽光のような朱のヴァルクアーマー、アークが駆るアークスターだ。腰からショートソードを抜き、油断なく相手の出方を警戒する。
刹那、大気が切り裂かれたかのような感覚を覚えたアークは、咄嗟に機体を飛び退らせた。果たして、その直感は間違いなく致命な一撃を避けるに値するものだった。
「すっげー! はやーい!」
目前の朽ちゆく機械仕掛けの狂戦士、これの一体どこにそんなパワーが秘められているのだろうか、それほどに凄まじい斬撃。もはや切れ味など無いに等しい剣ではあるが、その太刀筋は恐ろしいまでに鋭くまともに喰らえばアークスターといえど無事では済まないだろう。
「でも! ぼろぼろならー!」
しかしただ避けているだけのアークではない。斬撃と斬撃の僅かな溜め、まばたきほどの瞬間を彼は見逃さずに反撃を繰り出す。ショートソードはその刀身の短さから間合いは狭いものの、軽く振りやすく、そしてアークスターの運動能力とアークの反射神経が合わさった時、圧倒的速度の一撃が生まれるのだ。
鋭い切っ先が狂戦士へと迫る。狙うは胴体の中央、人間で言えばみぞおちのやや下。かの狂戦士は次なる斬撃を繰り出すため、片手を大きく振り上げている最中。つまり、もっとも無防備な瞬間だ。
よく研がれた鋼と、錆びて赤茶けた装甲が衝突する。長年の劣化によって狂戦士の装甲はひどく脆くなっており、装甲とフレームを接続する基部も衝撃には耐えられなくなっていた。鈍い金属音と共に砕けた装甲板があちこちへと飛び散り、肋骨を連想させる内部フレームが露出した。
「やりぃー! って、うわっ?!」
だが、狂戦士は全く怯む様子はなく、いや先程よりも素早い動作で反撃しかえしてきたのだ。アークスターによって破砕された胸部装甲の痕は痛々しくも、しかし内部構造には全く届いていなかったのだ。アークはゆらりと構え直す狂戦士を見て、直感的にこの敵を悟った。
「そっかー、
骸骨が鎧甲冑を着込んでいるようかのような、おどろおどろしい姿をしたこのヴァルクアーマーもどき。装甲は錆で朽ち果て、その手に持つ片手剣は見るも無残なほど。しかし、その外見とは裏腹に動作そのものは俊敏かつ鋭利、歴戦の勇士を連想させる。
その理由は至極簡単。アークの言う中身、つまり
「よっ、ほっ、はっ!」
そうこうしている間にも狂戦士の攻撃は次々と繰り出される。迫りくる刃をショートソードで受け流しつつ、素早く背後へ。その背中に向かって力強く一歩踏み出した。が、やはり狂戦士は未来予知とも思えるほど的確に、そして素早く振り向きざまに横薙ぎを繰り出してきた。明らかに人間以上の反応速度だ。おそらく並の魔物よりも更に上、アークと同等かもしれない。
アークと同等の反応速度ということは、彼が今のカウンターに対応するのも十分に可能ということだ。アークスターは紙一重の差で踏みとどまり、剣の切っ先は装甲表面をわずかに削り取るに終わった。
「あっぶなー! びっくりーしたなー!」
両者は互いに剣を構え、一旦間合いを離す。アークスターと狂戦士、単純なパワーと装甲ではアークスターが勝り、反応速度ではほぼ互角。だが剣技の冴えという点では狂戦士が明らかに上回っているだろう。この一点が大きなアドバンテージとなってアークは思うように攻め込めず、また、狂戦士も無闇に突っ込みすぎれば力で押し負けると理解しているのだろう。
アークの頭ではそれを理論的に解釈してはいないが、しかし本能的なもので納得していた。つまり、このままでは一向に勝負がつかず、消耗戦となってしまうだろう。アークの体力が常人よりも遥かに優れているとはいえ相手の持久力も不明な今、それは避けるべきだろう。
静寂が大空洞を包む。それは一瞬の事だったのか、それとも永劫の事だったのか。アークの額を一滴の汗が流れていく。極めて鋭敏な彼の感覚器官は戦闘による興奮からかさらに研ぎ澄まされ、狂戦士の殺気とでもいうべきモノを肌で感じ取れるほどになっていた。そして、遥か彼方からの存在にも既に気付いていた。
『アーク君!』
大空洞の闇の中を三つの光が近づいてくる。マリアたちスターライト隊だ。
『レイチェル、ライトを点灯している方がアークスターだ。間違えないでおくれよ?』
『んもー、マリア隊長? 私がそんなヘマすると思っているんですか~?』
そんな会話が無線機越しに聞こえたかと思うと、アークスターと対峙していた狂戦士は咄嗟に飛び退った。その直後、高速で飛翔する物体が一直線に突き進み、僅かな時間差で破裂音が木霊する。レイチェルの駆るブラストウルフの狙撃だ。
『うっそ~?! 今の、避けられるの~?!』
『へっ、アタシに任せな!』
強化コンクリート製の頑丈な床を踏みしめ、ヨウランの武術をそのままトレースしたかのような動きでフラッドウルフが跳躍する。空中で一回転しつつ細身の脚部から渾身の飛び蹴りだ。
しかし流れる水の如き無駄のない動きで回避する狂戦士。フラッドウルフは一旦着地しつつ勢いそのままに足元を掬うような水面蹴りに発展させるも、やはり躱されてしまう。接近戦における巧みな機体操縦はヨウランも引けは取らないが、狂戦士の身のこなしも達人レベルというわけだ。
『ちょこまか動きやがって!』
『ヨウラン、アークくん! 一旦離れて~!』
狙撃銃の銃口から狂戦士までの大気が揺らめいたかと思うと、一陣の風が巻き起こる。レイチェルのウェーブがかった髪が淡く発光し、彼女の属性である風の魔法が発動したのだ。
空気の塊が不可視の弾丸となって狂戦士のもとまで駆け抜ける。そこで大気が圧縮と膨張を繰り返し弾け、瞬間的に真空状態を作り出す。そして周囲の大気圧がその真空を解除しよう集まっていく衝撃は防御も回避も出来ない。一撃必殺の威力は無いものの、大気が存在する限りこの風魔法から逃れられる者はいないのだ。
『よっしゃ、アタシも続くぜ!』
真空波による衝撃でふらつく狂戦士。その隙を逃さずヨウランは自身も魔法を発動させる。
フラッドウルフの胴体部、その両脇に取り付けられたノズル状のパーツ。そこには少量ではあるが水を相手に向かって噴出させることが出来るようになっている。圧縮空気と共に霧状の水が狂戦士へと吹き付けられ、それと同時にコックピットのヨウランは髪が淡く水色に発光していった。
「…………?!」
声のようなものを発さない狂戦士だが、さすがに驚いたような仕草を見せる。霧は自然現象に反した動きで凝集していき、錆びついた機体の関節部へと集まっていく。そして水の鎖となり、がっちりとその動きを阻害することに成功した。この状態ではいくら驚異的な反応速度だとしても回避は不可能だ。
『アーク! アタシに合わせろ!』
『あいあーい!』
拘束状態の狂戦士は身じろぎ一つできない。そこへフラッドウルフとアークスターが阿吽の呼吸で前後同時攻撃を仕掛ける。そして少し離れた場所にいるマリアのアイシクルティーガーはバックアップの為にアサルトライフルで照準を付ける。必死の抵抗の表れか、狂戦士の昏い双眸が赤く光ったことに気付いたのは、果たしてアーク一人だけ。
「…………!!!」
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