第十八話

 アークとアマネが街の大通りで一騒動巻き込まれた翌日。


「やぁ!!! 今日も良い天気だ!!! 絶好の訓練日和!!!」


 カルランの街の外れにあるだだっ広い荒野。ここは軍が管理する演習場で主にヴァルクアーマーの慣熟訓練が行われたり、奥の木々に囲まれた一帯では試作機の運用テストに使われたりもする場所だ。そして演習場のど真ん中には数機のヴァルクアーマーが駐機状態で跪き、その脇には粗末な掘っ立て小屋……もとい、演習管理棟が置かれている。


 その前に一人、準備体操をする人物が一人。


「おい……なんだってグレンがここにいるんだよ……」


「私に聞かれても……アマネちゃん、何か聞いてないの〜?」


 ヨウランとレイチェルは小屋の中から外にいるグレンに怪訝な視線を投げかける。その二人の態度に、アマネは思わず苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


「なんでも、彼から申し出があったそうだよ。是非ともアーク君の訓練に参加したいと」


 滑らかな音を立てながら書類にペンを走らせるマリア。その表情と仕草は普段どおりクールな彼女だが。


「……あっ……」


 先程から何度か書き損じているのか、書類を訂正している様子が伺える。どうやら、マリアも彼の暑苦しさは苦手のようだった。


「ところで、アーク君はどこにいったのかしら? さっきまでその辺にいたと思ったんだけれど~」


「ああ、アークなら……」


 辺りをキョロキョロと見渡すレイチェルに、アマネは人差し指を天井の方へと向ける。最初はどういう意味なのかを理解しあぐねたが、微かに天井から物音がしたことでようやく気付く。すると回転椅子の背もたれに顎を乗せ、行儀悪く座っているヨウランが頭をかきながら呆れたように溜息を漏らした。


「なんだって屋根になんか登ってんだ……アイツは猿か何かか?」


「まぁ……それに近い生活をしていたようですし……多めに見てやってください……」


「アマネちゃんも、ちょっとやそっとの事じゃ動じなくなってきたわね~」


「動じないっていうか、むしろ考えないようにしてるだけです」


「現象をありのままに受け入れるのは大事デスが、好奇心と探究心を忘れては科学者として失格デスよ!」


 ガラガラと大きな音を立てて滑りの悪い引き戸を開ける先生。今まで何かの作業をしていたらしく、細い両腕には工具箱と何かの機械類が抱えられていた。


「先生、どういうことなんだよ?! なんであのグレンがアタシたちのチームの訓練に参加するのさ!」


「そもそも、今日のプログラムはアーク君のためのものなんでしょう~? あっ、もしかして動く標的になってくれるのかしら?」


 ヨウランとレイチェルがブーブーと文句を垂れて抗議するが、先生は一切耳を貸そうとしない。その様子に、何か先生なりの考えがあるのだろうか、そう密かに考えるアマネ。


「うっさいデスよ! あのグレンとかいう奴、パイロットとしては中々に良い腕をしてるデス。ならば、その実力をアークの訓練に生かさないのは勿体ないというやつデス」


「えぇー? 確かにそれなりのパイロットとは聞いているのだけれど……」


「それ以上にウザいんだよ、あいつは! それに訓練ならアタシ達で十分すぎるだろうが!」


「はいはい、レイチェルもヨウランもそこまでだよ。先生、訓練場の利用申請と装備一式の利用申請が書き終わりました。後は先生のサインだけです」


「ほいほい、サラサラサラっと……これでよしデス!」


 先生はマリアから手渡された書類一式をパラパラとめくり、さっと確認してからペンを走らせる。傍目にはよく確認せずサインをしているように見えるが、これで意外とチャンと書類の文面を把握している先生なのだ。


「アーク、アーク! それとグレン、さっさとこっちゃ来るデス!」


「ふゎーい!」


 クルリと屋根から飛び降り、しなやかに着地するアーク。いつ見てもその動きは野生動物のそれだ。


「やぁ、先生!!! おはようございます!!! 本日はお日柄もよく、それはそれとして俺のスターライト隊異動の許可はしてくれましたか?!?!」


「んなもん却下デス! あとそのデカい声のボリュームもう少し小さくするデス!」


「やぁ、これは申し訳ありません! しかし、以前も申しましたが私の実力は申し分ない筈です! 実力者揃いのスターライト隊にこの私を……!」


「……現在、弊スター計画では新たな人員の募集はしておりませんデス。貴君の益々のご活躍をお祈り申し上げるデス」


「なんと……!!! しかしこのアーク君はパイロットとして」


「オレはぱいろっとー!」


「このアークは特別採用枠デス。どっちかっていうとデスよ」


「むぅ……!」


 どうやらグレンは以前からスターライト隊への異動願いを申請しているらしい。しかし先生にはその気が無いようで、梨の礫というやつだ。


 スター計画は次世代機開発という一大計画でありながら軍内部でも独特の立場にあり、さらに先生の意向から特定の政治的理由や干渉をなるべく排除している。そのため、スターライト隊の人員パイロットはそういうしがらみを無視した先生のヘッドハンティングによって集められた経緯がある。


 なのでグレンがいくら異動願いを出したとしても、また彼が実力者だとしても、先生の首が縦に振られない限りは新たなパイロットが採用されることはないのだ。


「ぐうぉぉおおお!!! なんてこった……!!! これでは!!! これでは!!!」


「いや、グレンの実力は知ってるデスけど、そこまで悔しがらなくてもデス……」


 


「これでは!!! 愛しのマリアさんとお近づきになれないではないか!!!」


「いや、そっちかーいデス!」


「だって!!! そうだろう!!! 誰もが憧れ、尊敬し、敬愛するマリア・ロマノフ(24)!!! VAパイロットとしてトップクラスの実力を持ちながらそれを鼻にかけるなく、優雅に任務をこなすその姿!!! 普段はクールな才媛だが微笑むとまるで周囲に花が咲き乱れるよう!!! 彼女こそ、完璧な女性なのだ!!!」


 いきなり落ち込んだかと思えば、突然マリアを褒め称える言葉を並べだすグレン。マリアが彼に苦手意識を持っていたのはどうやら性格的な面が問題では無かったらしい。


「グ、グレン君? その、私は君の求愛には応えられないと前から……」


「いえいえ、恥ずかしがらずとも全てこのグレンにお任せあれ!!! ご両親への挨拶から式のスピーチまで完璧にこなしてみせますとも!!!」


「うわ、やだわ……こういうのってストーカーとして憲兵隊へ突き出せないのかしら〜?」


「というか、こいつがスピーチすると声が五月蝿すぎてその場の全員、鼓膜が破れちまいそうだな」


「お前ら、うっせーデス! ちょっとは静かにするデスよ!」


 鼻息荒く迫るグレンをどうにか受け流そうとするマリア、それを見て好き勝手に講評するレイチェルにヨウラン。一気にこの場は混沌へと変貌してしまった。先生も声を荒らげて、とてもではないが訓練を始めるどころではなくなってしまった。


 その様子をどこかぽややんと眺めるアーク。それに気付いたアマネはあまりに煩い室内から外へと連れ出す。


「ちょっとアーク。どうしたのよ、ボーっとしちゃって」


「んー? えっとねー、アークスター……なんかへん……」


「変って……ああ、たぶんアレを取り付けたせいね」


 アマネはアークスターに取り付けた分析装置の事を頭に浮かべる。


 今のアークスターにはダンジョンで発掘されたデバイスと、先日の戦闘でオーガー級から奪取したデバイスの2つが搭載されている。しかし、オーガー級から奪ったデバイスはまだ解析もろくに済んでおらず、またビーム発振のメカニズムと制御も不明なのだ。


 そのため、先生とアマネは2つのデバイスにエネルギーや魔力検知といった各種分析装置を取り付けたのだ。この状態で様々な戦闘データを得ることによってデバイス解明の一歩とするのが先生の狙いであり、今回の訓練もその一環だったのだ。


「大丈夫よ……といっても、訓練でフルパワーのビームなんて撃てないから出力にリミッターは掛けさせてもらってるけど」


「うーん……なーんか、そーいうのじゃないんだよなー……」


 アークの語彙力では彼が感じている何かを上手く伝えられない。心のうちではハッキリと、しかし頭ではぼんやりとしたイメージしか掴んでおらず、どうにも落ち着かないようだ。


(デバイス……ふたつ……ふたつだからー?)


「気にしすぎよ。もしくはあのグレンさんの暑苦しい性格と大きな声で五感が過敏になってるだけじゃない?」


「むー……」

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