第十五話

 メラトゥス共和国とグランヴァール大森林を南北に隔てる大境界、その防御の要として機能しているのがこのポードウェール砦だ。


「おおー、でっかいー!」


 ヴァルクアーマーを四体も収容できるキャリアダックの艦橋から更に見上げるほどの威容。砦とは言うものの、東西に続く巨大な壁はヴァルクアーマーの背丈を遥かに超えている。その一部がトンネルのようなアーチ状にくり抜かれ、どうやらそこが共和国内へと通じる門のようだ。


「アマネ、砦に連絡して門を開けてもらうデスよ」


「わかりました。こちらキャリアダック、共和国軍中央司令軍中央技術開発本部中央戦術研究所第三研究室所属のスターライト隊です……」


「いつも思うんだが、あのクソ長い名称はどうにかならねぇのか? アマネはよく噛まずに言えるよ」


 アマネが無線機で砦の司令室へ任務終了の報告と開門要請をしている横でヨウランは座っているシートの背もたれに体重をギシリとかける。ここまでくれば砦を守護する専属のVA部隊の警戒区域、スターライト隊の面々もこうしてようやく気を抜くことができるのだ。


 とはいえ、念の為にマリアとレイチェルはヴァルクアーマーに搭乗し、いつでも出撃できるようにはしてある。砦の中へ入るまでは完全に安全とは言えないのだ。ヨウランは丁度交代で休憩を取っている最中で、余計に気を抜いているのだが。


がいっぱい! ひともいっぱいー!」


 艦橋の窓へ顔を押し付けるようにして外を眺めるアーク。大森林の中で外界との交流無く育ってきた彼にとってはこれほどの人間がいるのが新鮮で仕方ないのだろう。


「先生、開門申請が通りました。必要書類は後で提出でいいそうです」


「おっけーデス! それではキャリアダック、微速前進デス」


 巨大な鎖と巻き上げ機構がギシギシと歪な音を立て始め、木材を鉄製の枠で補強された重々しい門がせり上がっていく。


「すっげー! ダンジョンみたいー!」


 キャリアダックのようなVA輸送艦も通過できるほどの門はそれ相応に広く、ちょっとした民家が数件はすっぽりと収まってしまうほど。そして門内部を通過してようやく分かることだが、この壁自体、相当な奥行きを持っているのだ。


「なかは、もりのなかみたいー!」


 アークの感想もあながち外れてはいない。門の中は巨大な通路になっており、それは大森林の回廊に似ていなくもない。通路を流れる気流がキャリアダックの外装を滑らかに通り過ぎ、出口の光が俄に強くなる。


 無事に門を通過した先には、広陵とした大地が見渡す限り広がっていた。


「ここがきょうわこくー?」


「一応、砦の内側はもう国境内部デス。でも、この辺りは軍の管轄地帯なので街や農地はもう少し先に行かないと見えないデスね」


 大森林とは打って変わって荒野のような痩せた土地。あちこちに軍の倉庫や宿舎、司令部、そしてヴァルクアーマーの格納庫らしき巨大な建物が見えるばかりだ。


「この一帯は古くから魔物の侵攻を食い止めてきた場所なのよ。過去にはこの砦を超えて魔物が暴れまわったという記録もあるくらいなんだから」


「あのかべをこえて?」


 後方へと流れていく壁の景色を眺めつつ、アークはあまり実感なさそうに呟く。砦自体は相当に古くからあるようだが、よくよく観察すればあちこちに補修された跡が見て取れる。恐らく、これまでに魔物の侵攻を食い止める度に出来た傷痕なのだろう。


「砦といっても、常に万全の体勢で迎え撃てるわけじゃないんデス。万が一、砦と壁を突破された時の為に、大境界から一定距離は居住地にせず緩衝地帯として配置しているんデスよ」


 先生によると、大境界から侵攻してくる魔物を完全には食い止めることは難しいらしく、過去には何度も侵入されたことがあるそうだ。そんな時の為、壁に近い土地は積極的に開発されず、むしろ魔物侵攻を遅らせるための縦深防御に使われるという。


「うーん、どういうことー?」


「つまりデスね、アーク。こう、ブスっとナイフを土手っ腹に突き立てられると痛いデスけど、服の間に大きな隙間があったら大丈夫というわけデスよ」


「なるほどー!!!」


「だから、なんでそんな説明で理解できるのよ……?」


「んな事より、さっさと進もうぜ。急がねぇと夕方になっちまう」


「むぅ。ヨウランの言う通りデスね。それじゃあキャリアダック、増速デス!」




 * * *




 荒れ果てていた地形は次第に緑が増え、ぽつぽつと耕作地が増えてきた。整然と並ぶ畝に、大きく実った野菜などが見える。反対側には放牧地だろうか、遠くに牛や羊のような家畜がゆったりと草を食んでいる。


「ほぇー……」


 艦橋から伸びるハシゴを登り、キャリアダックの一番、上甲板と言う名の屋根に登るアーク。森の木々以外の景色はどれも新鮮で、いつまで見ても飽きないものらしい。


「この辺りは耕作地が広がってるデスねー。海から湿った空気が流れ込む関係で適度な雨量と、なだらかな地形がベストマッチした土地なんデス」


「うみー?」


「あ、そういえばアークは海を見たことないのデスね。じいちゃんとやらはそういった事は教えてくれなかったデス?」


「うみー、たしか、でっかいみずがあるところ!」


「あー、確かに実際に見たことないと、そういうイメージになっちゃうかもですね。いい、アーク。海っていうのはね、世界中の川や雨の水がぜーんぶ集まった水たまりなの。あんまり沢山の水が集まりすぎて、とぉーっても広いの。あとしょっぱい」


「しょっぱい! しょっぱいの恐らく塩の事、にくにかけたらおいしいやつ! うみって、おいしいのかなー?」


「オメーは食べることしか頭にねぇのかよ……」


 そんな他愛のない会話を続けていると、格納庫の方からマリア達がやってきた。大境界の警戒区域を抜け、改めて待機状態が解除された彼女たちはようやく、といった様子だ。


「何やら楽しそうだね?」


「この景色を見ると帰ってきたって気がするわ~」


 国内では辺境とでもいうべき場所ではあるが、この辺りはもう安全な部類だ。その為、農業などに従事する人たちの姿もチラホラ見かける事ができる。メラトゥス共和国は国土面積のうち、なだらかな丘陵地帯と平野部がかなりの割合を占める関係で古くからこのような農業及び牧畜が盛んであり、各地でこのような光景が見られる。


 メラトゥスは各種産業が発展しているが、こういった野菜類や畜産関係は特に多い。反対にお隣のサンマーク聖王国は文化・芸術に優れ、また既に滅亡してしまっているがシンメイ帝国と呼ばれた大国家は豊富な鉱物資源を利用した工業に秀でていたという。


「なーアマネー、あのいきもの牛の事だと思われる……かってきていい?」


「かって……? 買うってアンタ、確かに軍属になればお給料はでるけど、なにも牛一頭買わなくても市場で食べる分だけにすればいいじゃないの」


「アマネさんや、アークが言ってるのは狩りのことデスよ。ハントのほうデス」


「でっかいなー。でっかいからウシってうまいのかなー?」


「お前、ホント食べることしか頭にないのかよ!」


「まぁまぁヨウラン……アーク君にはこれから文明社会とその常識というものを教えていけばいいのさ。特に貨幣経済や社会秩序に関しては早急に、ね?」


「そうね~、いつまでも森の中と同じってわけにはいかないものね~」


「じょーしきー? なにそれおいしいのー?」


「そうデスよー美味しいデスよー」


「先生、アークをからかわないでください。教育は始めが肝心なんですから」


「うーむ、アマネはいい教育ママになりそうデス。こう、三角形の吊り上がった眼鏡掛けたタイプの……デス」


「誰が教育ママですか!」


「アマネー、べんきょうはやだー!」


「あらあら、こんな大きな子供を育てるのは大変ね~アマネお母さん?」


「おいおいアマネ、いつから付きになったんだ~? そんな澄ました顔して、人は見かけによらずってか!」


「…………!!!」


「君たちこそ、あんまりアマネをからかうと後が怖いよ? なんてったって彼女は私達のVAを整備してくれる優秀なメカニックなんだからね。あとヨウラン、あんまり下品なのは……」


「アマネー、ってなになにー?」


 顔を真っ赤に染めたアマネの肩をがくがくと揺さぶるアーク。静かな怒気が周囲を支配していくが、彼は全くその事に気付いていないようだ。


「うっさいわね! アークのせいでしょうが!」


「ぶー! いたーい!」


 鋭いビンタ音がキャリアダックの艦橋内に響き渡る。頑強なアークのほっぺたも、アマネのビンタにはめっきり弱いらしい。


 そんなことをしているうちにも、目的の街は近づいていくる。スターライト隊の本拠地、デバイス研究の最前線。アークにとっては、何もかもが初めての街だ。

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