……さらば、筋肉。


「さて、私は行こうかな」

「ガオン?」


 俺の声に、ガオンは空を見上げた。


「まもなく、大魔王帝国の兵団がこの学園に押し寄せてくる」

「え……」

「その数は、八千を軽く超えるそうだ」

「マジか!」

「ああ、だから、私が行かねばならない」

「どうして?」

「私が、勇者だからだ!」


 ガオンも、必殺技を放ち、エビルスネイクに必死に抵抗して、もうそんなに力が出ないはずだ。


「それって、侵略行為じゃないか!」

「そうだな。だが、この筋肉が行けば、すべてが収まる」

「そんなの今すぐ国に伝えなきゃならないことだろ!」

「もう、あまり時間が無い。国の対応ではもう遅すぎる」

「じゃあ、二年生とか三年生の召喚獣なら!」

「だめだ、生徒とその召喚獣を戦わせるわけには行かない。何より、数でも負けている。この学園が、戦乱で火の海になる」

「でも、何か方法があるだろ! なにか、どうにかできる方法が!」


 ガオンは、静かに首を振った。


「だけど、だけど、お前が守らないといけないわけじゃないだろ!」

「守らなければならない、ではない。守りたいのだよ」


 ガオンがニッカリと笑った。


「私はマモル。お前さんたちを守りたいのだ」

「守り、たいって……」


「始めは正直、なんと覇気のない少年なんだと思ったが、納得したのだよ。私たちは正反対でもあり、心のうちに、同じ勇気を持っていた」


「…………ガオン」


「だから、私たちは出会ったのだろう……。だが、お前さんは私を変えてくれた」


「俺が? お前を?」


「そうだ。マモル。お前が私の凝り固まった古い考えを、改めさせてくれた。私がお前さんを変えたのではない、マモルが私を変えたのだ」


「俺が、ガオンを?」


「そうだ。私たちが呼び出される時は常に戦火の中。戦うために呼ばれていた。激しい戦いを繰り返し、戦うことを誇らしく思っていた。だが、お前さんは戦う事を極端に嫌い、大きな行動も起こさない。そしてなにより、平穏を大事にする。平和を、己の中の平和を最も大切にする男だ」


「…………」


「毎日十分な勉学に頭を悩まし、日に三度以上もの安全な食べ物を食べて育ち、明日の朝が当たり前にやってくると信じ、己のルールに生きて、自由に暮らす。嫌いな物は嫌いとはっきりと言い、無駄な争いや角を立てない。平々凡々と、当たり前の暮らしを大事にする。私たちの古い生物にとっては、ありえないほどの無防備さだ」


「…………」


「だが、それが、その無防備なあり方が、『平和』と言う物なんだと、気づかされたよ……思い知ったと言ってもいい」


「俺はそんなに、高尚な考えは持ってない」



「平和の前では、そんなものは必要ないのだよ。例えばだ、例えば平和な世の中で、一体どんな人間が育ち生きていくのか、それがどんな人間なんだろうか? そう考えたとき、それは私にとっては、マモル、お前さんだった。私たちが守った平和を、素直に受け取り、血も涙も流すことも無く、日々を平凡に生きていく……私にとっての平和と言う物の象徴それは、マモル、お前さんだったわけだ」



「だから俺は、そんな深く考えて生きてたりは……していない」


 なんでだ? なんか、目がうずく。涙がにじんでくる。


「そう、それだ。もともと生きていくことに、固い意志や、深い考えなど入らぬのだよ。それはやりたい者がやれば良い。そういうことだろう? マモルよ」


「ガオン……」


「私は、そんなお前さんが好きになってしまった。認めてしまった」


「認めた……俺を?」


「そうだ。お前さんこそ、自分がどれだけ楽に平凡に生きれるかを、頑固に貫いていたではないか。私はそれに、脱帽したよ」


 認め、られた……。


 今まで、死んだ魚の目をしているとか、やる気の無いやつとか、つまらない人間だと言われ続けていた俺が。


 こんな大きな存在に、勇者に、認められた。


 涙が、頬を伝った。

 言葉が、出ない。


「一つ。自慢をさせてくれないだろうか……。マモルよ、どうだ! 私たちが守った平和な世界は! そう悪くは無かっただろう!」


「行くな」


 俺は思わずつぶやいた。


「行くなよ! あんだけ筋肉筋肉言いまくって、困らせて、悩ませられて、振り回されて、それで勝手にどこかに行くなよ! 勝ち目の無い戦いになんて行くなよ! お前にだって、自分が守った平和な世界を生きる権利があるだろ!」


「マモルよ、そう言ってくれるのか、この私に……」


「ああそうだよ! 勝手に一人で行くんじゃねえよ! 楽しかった、楽しかったよ! くやしいけど、お前に振り回されて、お前にたくさんの刺激をもらって、俺は楽しかった! だからこれからも悩ませろ! しつこいくらい筋肉をこれでもかって見せびらかせろ! だから行くな!」


「マモル。ありがとう……今ここに、確かな友情が、絆を感じた。私はお前さんと縁を持てて、夢心地のようだ」


「じゃあ、行くなよ!」


 情けない、俺はこんな言葉しか出せないのか。こんな言葉しか返せないのか。


「だが、私は行く。この学園を、この平和を、お前さんを守りたいから。私は行く」

「ガオン……」

「では、行ってくる! 筋肉、出陣する!」


 それは、大きく雄大な背中。猛々しくたくましい、勇気ある者の背中だった。


 これが勇者の背中……。


 ガオンは背中から羽を生やして、高々と飛び上がり、あっというまに夜空に消えていった。


「ガオン……ガオンンンンンン!」


 声は遠くに飛んで行ったが、ガオンに届いたのだろうか?

 

 夜空に消えたがガオンは、どんなに夜が深くなっても、朝日が昇っても、


 戻ってくることはなかった……。

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