百二十年ぶりの邂逅


「ようやく、みつけたぞ!」


 ガオンが、高くそびえる壁を見上げた。


 そこには、鎧と仮面をつけた人物が、余裕そうに座っていた。


「ああ、ようやく見つけてくれたね。暇で仕方がなかったよ」


「確かに、時間がかかった……だが、その気配、忘れるはずもない」


「ほお……覚えててくれたのかい?」


「邪悪、確かに邪悪だが……純粋でまっすぐな、芯の入った強い気配。忘れるはずもない……」


「…………」


「なあ、なぜなのだ? なぜに魔王軍の軍門に下った?」


「…………」


「答えてくれ……勇者アレックス、アレックス・マイウェイ!」


「…………」


 勇者アレックスと呼ばれた男が、静かに仮面をはずした。


 赤紫色に輝く、それは魔人の証の瞳。


 そして百二十年を過ぎても変わらない。若々しい青年の姿。


「なぜなんだ? アレックス……」

「少し、長い話をしようか……」

「…………」


「魔王を討伐し、俺たちは国に凱旋した。それはもう、お祭り騒ぎの連日だったね……そして俺は自分の村に戻った。だけど、村は、疫病に苦しめられていた。俺たちが必死で戦い、勝利の喜びを分かち合っている間ずっと、俺の父と母は病気で苦しんでいたんだ。父はとっくに死んでいて、母も同じ病にかかっていた」


「黒死病、か……」


「ああ、そうだよ。今の時代にもなれば、注射一本で治る、大昔の伝染病さ……そして俺は何もしてやれることも無く、母も死んだ。そして俺は旅に出た。せめて、自分たちが守ったこの世界を見て回ろうと、必死に前向きになって、俺は国々を渡った。何年も、十何年も……」


「…………」


「時には盗賊に襲われ、冒険者ギルドの仕事で日銭を稼ぎ、また次の町へ、次の村へと渡り歩いた。俺には、それしかなかったんだ。高度な魔術も、受け継ぐべき拳法も、召喚術も何も無くて……俺にはただこれしかなかった」


 アレックスは、腰に挿している剣をなでた。


「王都に戻ったとき、大成しているみんなを見て、俺は愕然とした。俺が旅をしている間に、みんなは新しい道を開き、新しい人生を送っていた……それはさすがに、会わせる顔がないほどに……ね」


「アレックス……」


「結局のところ、俺はもうこの世界にとって、用済みだったのさ」


「そんなことはない、だってお前は……」


「そう、俺は魔王を撃ち滅ぼす宿命を背負った、世界唯一の選ばれた人間だった。だが、いざ目的を果たし、宿命から開放されたとき。俺はただの、小さい一人の人間でしかなかった」


「それで良かったではないか。何が不満だったと言うのだ?」


「虚しかった。ただただひたすらに、虚しかった。勇者であっても、所詮は傭兵や盗賊団となんら変わりのない……戦ってこそ栄える。それだけのつまらない人間だったんだ」


「つまらなくはない。あのときのお前は、魔王討伐に身も心も尽力を注ぎ、その勤めを果たし、多くの人々に長い平和をもたらしたんだ。純分立派だったじゃないか!」


「そうだ、そのとおりだ。だけど、俺たちは物語の人間じゃない。本の中の住人じゃない。エンディングは無かったのさ。自分の背負わされた宿命を果たしても、俺の人生は、命は続いていく。俺は魔王を倒した瞬間から、ただのつまらない人間に成り下がってしまったわけだ」


「…………」


「俺は魔王を倒すという宿命を背負った人間……そして魔王を倒してしまえば、もう物語りは終わり。俺は自分の宿命を果たして、全てが無くなった。俺という物語は終わったんだ。そして、そんな俺を、こんな俺に安住の地を与えてくれたのが、皮肉にも魔王軍の残党だった。魔王軍は魔王を失い、幾度もの内乱が起こっていた。俺はこの剣を振るい、魔王軍の中で争われる紛争や陰謀を、駆逐していった。その時、俺を魔王軍に呼んでくれた悪魔はこう言ったよ「われらの王を倒しただけでほったらかしか! 責任を取れ!」ってな……確かにそうだなと、本当にそう思ったよ。魔王軍も、魔王を失っても、魔族にもそれからの未来があったんだ」


「だから、魔王軍に入ったのか」


「ああ、楽しかったよ。魔王軍の残党の中で、「勇者」と言う肩書きだけの名前は、十分に効果があった。戦った、策略も破った。時には生き残りの幹部をいさめもした。まさに、勇者と言う名前が。この力と威光が、最も存分に振るってくれたのは、魔王と戦っていた時ではなく、魔王を倒した後の、残された魔王軍たちに対してだったんだ」


「…………」


「これが、この世界での勇者の末路ってわけさ。笑えるだろう! 皮肉があまりにも強すぎるだろ! 勇者の本当の役目は、魔王を討っただけではなく、その後の魔王軍をまとめることの方が大きかったんだ! 俺は自分を潤すことが再びできた。残された魔族や魔獣たち、それを導くことが、俺の、勇者としての本懐だったわけさ! ははは、ははははははははっ!」


「…………」


 笑う勇者アレックスに、ガオンは、ただ黙っているだけしかできなかっった。

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