ある日その時。
「守、第一志望落ちちゃったね……」
「ああ、そうだな」
「一緒の学校に行けたらよかったのになー。これで離れ離れになっちゃうのかな」
冬休みも高校受験も終わり、後は明日の卒業式のみとなった夕方。何するわけでもなく浜辺明日香とスタバの中から外の様子を見ていた。
アスカは家が隣で、さらに小学中学もずっと同じクラスで、……まあ幼馴染というやつだ。パッツン前髪のセミロング、赤いメガネをかけた、人畜無害な雰囲気を持った女の子だった。
誰とも話すし誰とも仲良くなれる。そんな気さくさと面倒見の良さは、特に俺に集中していた。
たとえば給食の無い日は俺の分の弁当を持ってきてくれるし、毎朝スマホでおはようのメールが着て、反応がないと隣の自宅から俺の家までやってきて、インターフォンを鳴らして出迎えてくれる。
バレンタイン、ホワイトデー、お互いの誕生日、そういったやり取りもしている。
周囲が「付き合ってるんだろ?」と茶化されても「ううん、そんな事はないよー」と明日香は軽く受け流す。
そんな誰もが聞けば羨むだろう、そんな幼馴染を俺は持っていた。
小野寺守。十五歳。学業はそこそこ、強いて言えばちょっと数学が得意なくらい。
嫌いなのは体育。とにかく激しい運動が大嫌いだ。特に持久走なんてものは地獄でしかない。とにかく苦しい、痛い、疲れる、そしてなにより達成感? 自分を磨く? 鍛える? そんなものとは縁遠い存在でいたい。
体も細身で、よく言われるのは「目が死んだ魚のようだ」別に気にはしない。本当の事だから。
あと辛い食べ物も嫌い。甘い物が好きだ。
勉強だって体を鍛えることだって、やがて大人になったときになんの役に立つというのだろうか? そこそこの点数さえ取っていて、適当な職にでも就いて、ゲームやりながらダラダラと過ごしたい。
そしてそんな自分が嫌いではなかった。何を好きこのんで自分を追い込んだり、限界と向き合って、超えなければならないのか? 社会はそんなものを求めていないんだよ。
あえて言えば蟻だ。俺は蟻の一匹になって社会の片隅でひっそりとすごしていたい。
だってその方が楽だろう? 勉強も仕事も、自分に与えられたものを適度にこなして給料をもらって、それで好きなように生活する。そこには学生時代の勉学も体力も要らない。
無駄なんだ。全てが。
この学校という、あえて作られた小さな社会で、大きな幸せも無く酷い不幸も無く。ただただ平坦に、無難に、何事も無く生きていたい。
ただそれだけでいい。
「あっ」
向かいに座っていた明日香が、タピオカ入りのミルクティーを飲みながら空を見上げた。
「なんか曇ってきた。雨が降っちゃうのかな?」
「じゃあ、早めに帰るか」
俺はキャラメルフラペチーノを手に取り、明日香と一緒に店を出た。
そして帰路に着く。
ゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……
ついに雨水が降ってきた。
俺たちはいそうで雨宿りをする。
「ふう」
もう着るのも最後だろう中学生の征服についた水滴を払いながら、人心地つく。
ザアザアザアザア――
「本降りになってきたな」
「そうだね。どうしよう?」
太陽もさえぎられて、分厚い雲から降ってくる雨を見上げながら、ぼーっとしていると――
「ちょいとそこのカップルさんや」
「うん?」
気がつくと、左側に……占い師? らしき人物が店を開いていた。
店を開いていた、と言うのは的確なようで的確ではないかもしれない。ただ椅子に座り、いかにも胡散臭い、仰々しい布でテーブルを覆い、その上にやたらでかい水晶玉が置いてあるだけ。服装も、どこの民族なのだろうかとシャーマニズムを思わせる服装をしていた。
「お暇なら、この老婆と戯れてはいかがでしょうかの?」
「つまり占いをやっていかないか? ってことですか?」
俺の言い返しに、老婆はほっほっほと笑った。
「ちょっとやってみようよ、守」
「ええ……」
そういった途端、明日香がテーブルを挟んで老婆の前に立つ。
「ほっほっほ、話の分かるお嬢さんじゃのう」
「うわー、おっきーい。この水晶玉って、いくらぐらいするんですか?」
「では、占わせてもらおうかの」
なんだ、老婆の雰囲気が少し変わった。
水晶玉に触れるか触れないかほどの手つきで、何か呪文のような言葉をぶつぶつ小声で言いながら占いを始めた。
しばらくして。
「ほほう、お嬢さんはなかなかの素養をお持ちのようですねえ」
「素養?」
「なかなか良い気を放っている。と思っていただいて結構ですじゃ」
「へーえ」
そして明日香は俺に顔を向けた。
「守も占ってもらったら?」
その声に俺はため息をついた。占いなんて本当に当たるのか? たった今明日香を占った結果がバーナム効果も感じない酷く曖昧で、何の面白味も無い。
が、少しだけ付き合ってみるか。
「じゃあ俺も」
「ほいほい」
明日香を占った時と同じ手順で老婆が俺の目の前で占いを始めた。
「これは……」
「なんだよ?」
老婆はキッパリと言った。
「微妙じゃの」
「微妙って……」
なんだそれは。これならまだ朝のニュースの占いの方がまだましだ。
「もう行こうぜ、明日香」
「ふうむ。まあ、微妙とはいえ、素質があるようでもあるし。送ってみるかの……」
ぶつぶつと何かを言っている占い師の老婆。
「言っておくけど、そんなふざけた占いなんかにお金は出さないからな。行くぞ明日香」
「あ、うん。それじゃあね、お婆ちゃん」
明日香は人が良すぎる。
高校で離ればなれになって、変な男と付き合い出したらたまったもんじゃない。
別に付き合っているわけじゃあないが、明日香が誰かと付き合えば、必然的に俺の友人候補になりえるのだから。
ものすごく嫌だ。
「走るぞ」
「うん」
俺は明日香の手を引いて、雨の中を走った。
そしてその夜。
未だ雨は降りやまず、ゴロゴロと空が鳴っていた。
夕食も風呂も済まして、そして俺は自室でやりかけのゲームに悪戦苦闘して、飽きたところで眠るに丁度よい時間になった。
変わらない日常。これからも続いていく日常。
でも俺はそれで満足だ。
こうやって何の山も谷も無く、平坦でダラダラとした日々。
この当たり前がどんなに素晴らしいことか。
そう思うようになったきっかけは、祖母の死からだ。
老年になっても元気に働く、活気ある祖母だった。だが、突然の癌により、祖母はこの世から去った。
一度目の癌は何とか手術により成功したが、二度目の癌の再発は、リンパ腺に転移し、祖母は苦しみながら息を引き取った。
小さい頃の俺はそれをただ見ているだけだった。
なんであんなに元気だった祖母が、働く事が生きがいといえるほどの人生を懸命に送っていた祖母が、最後には癌で苦しんで亡くなった。
死は誰にも訪れるけど、俺はその時思った。
なんで祖母はこんなに苦しんだのだろうか? 何も天罰が下るようなこともしていない。ただひたすらに自分の人生を懸命に生きた最後が苦しみなんて……。
そんな酷いことがあってたまるか。
懸命に生きようとそうしまいと、結局人は死ぬ。
ただその間に、どんなにふうに生きていくかが問題だと分かった。
だから俺は何かに一生懸命に打ち込んだりしない。意味の無い学校生活、なんの存在価値を持たない社会人。ただのそこらへんにいる一般人。そんな自分にしかなれないのならば、いっそそんな事に懸命に生きるぐらいなら、楽な生き方を目指してもいいじゃないか。
だから俺はそうする。
――寝るか。
なんだか嫌な事を思い出してしまった。
こう言う時はさっさと寝るにかぎる。
そうして俺は床についた。
そして夢を見た。
何か浮遊感に包まれ、体がアッチこっちに動いて流されていく。
何の抵抗も出来ないまま、されるがままに夢の中で身を任せていると――
まぶたに強い光が照らされた。
「う……?」
身じろぎすると、がさがさと音がして、風が吹き、
「守、ねえ守! 起きて!」
「ううん、うん?」
俺がうっすら目を開けると、そこには明日香の顔があった。
「ねえ、ここ、どこ?」
「何が、何だよ……」
起き上がると、手の平から伝わってきた感触はベッドの布団の感触じゃなかった。
「あれ?」
まだ眠気でぼうっとする頭で周囲を見る。
青々とした芝生に周囲には建物の石壁が……。
どこかの中庭か?
さらには何人もの同じ年くらいの少年少女が、その場に眠るように倒れていた。
「なんだ、これ……」
ゴーン ゴーン ゴーン …………。
どこかで大きな鐘の音が鳴り響く。
なんだこれ? どこだここは?
「ねえ、ここどこ? 私、ベッドの上で寝ていたのに、それにこの服も……」
あれ? いつの間に着替えたのだろうか。ブレザーに良く似た……制服?
明日香もそうだが、周辺に倒れている人々も、同じ制服を着ていた。
「おはよう諸君!」
そして、喝が入った声で叫ぶ女性が現れた。
「我が校、国立シドリック学園へようこそ、異世界の少年少女たちよ!」
異世界? シドリック? 学園?
ちらほらと周囲の人々が目を覚ましてなんだなんだとどよめきが起こった。
「静粛に!」
まるで黙れ! とでも言わんばかりの声だった。
「君たちは元の世界より、この世界に召喚された。君たちはこれから三年間、この国立シドリック学園で生活をしてもらう! なお拒否権は無い! 素質ある物たちよ、とりあえず入学をおめでとうと言っておこう!」
なんだそれ……。
そうして、俺たちは現在に至る。
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