勇者妖精 ガオン。召喚獣として。
ゴンゴンゴン
ガオンが学園長室の分厚い木製の扉を叩く。
「誰かね?」
部屋の中から声が聞こえてきた。
「はい、召喚獣のガオンと申します!」
しばらくの沈黙の後。
「入りたまえ」
「では失礼をして。筋肉入ります!」
ドアノブをまわして、ガオンが室内に入る。
「初めまして、1ーE教室、小野寺マモルの召喚獣。服部まさおこと、ガオンです! このたびは突然の訪問、大変失礼いたします!」
「……まあ、そこに座りたまえ。ここに来た理由は、大方分かっている」
「いえ、私はこのままでもかまいません!」
「それはあなたに失礼というものですよ」
「いいえ私など、ただの召喚獣の一人、一匹にしかありません。それに、私などに敬する口調も必要ありません」
そして学園長、シド・ロードサモン・アールフレンドは苦笑いをした。
「それを言ってしまわれたら、それこそ私も同じことだよ。シド・ロードサモン・アールフレンドの四代目。いわば四世であるこの私は、もう跡継ぎを決めないといけない……初代シド・ロードサモン・アールフレンドの足元にも及ばない、さして偉業もなしていない名ばかりの人間だよ」
「いいえ、その名を受け継ぐ器量を持ち合わせていることは、大変立派に思います!」
「ははは……言ってくれるね」
「このたびは失礼を重ねまして大変申し訳ありません。実のところ、私は学園長殿に話したいことがありまして、ここに来た次第です」
「……何かね?」
「この学園に不満があるとは、一切思ってはおりません。ただ、先日の試合……学園長殿の許可の下、厳格に敷いていた規則を破ってでも、学年別での召喚獣試合を行ったことに、少々違和感がありました」
「違和感、というと?」
「少々やりすぎではないかと、そう思った次第であります!」
「……ふむ」
学園長のシド・ロードサモン・アールフレンドは、さてどう答えようかと言うような顔をして、重たく口を開いた。
「それは、やはり君の力が、一年生の召喚獣では推し量れないと思ったからだよ」
「私の筋力など、微力でしかありません」
「馬鹿を言わないでくれ、ガオン、君がどんな存在かぐらいは、この世界に再び降り立って、今の時点で調べが終わっているのだよ」
「…………」
「初代シド・ロードサモン・アールフレンド。百二十年前、魔王を討伐した稀代の召喚術士、そしてその後、さら幻獣界や異世界の観測に成功し、世界に科学技術の大革命を起こした伝説級の人物。その当時使役していた召喚獣の一匹。いやその一人か」
「…………」
「言い方を変えよう。百二十年前、六人の勇者の一人、召喚士初代シド・ロードサモン・アールフレンドが、魔王討伐時に使役していた最強の召喚獣。その一匹、筋肉の妖精服部まさお。またの名を勇者妖精ガオン。たった六人の勇者を陰で支えた立役者たち、その一人」
「…………」
「時を越えて、この名前を持って会うことができたとは、まさに奇跡が起こったようなものだよ。私にとっては」
学園長シド・ロードサモン・アールフレンドが、直立不動のガオンに対して、不適に笑った。
「さて、昨日の学年別で試合をした件についてかな」
「…………」
「彼女、レイナ・レイスとその召喚獣のゴーレムは、成績もトップクラス……生徒間では二年生の、生徒たちからはビッグセブンと呼ばれているが、上から数えて三番目に優秀な生徒だったのだが。彼女の召喚獣をもってしても、君に力は図り切れなかったようだ。三年生は転職試験に向けて学術にいそしんでいるため、ほぼ試合は無くなっている。……実質、あなたがこの学園の最強の召喚獣だ」
「いえ、私の存在など、たかが知れています」
「そう謙遜しなくてもいいではないか。勇者妖精殿。私はあなたに会えて、とても感動しているんだ」
「私など、六人の勇者に比べれば、ただの召喚獣に過ぎません」
「あくまで姿勢を崩さない、か……たいしたものだよ」
「いいえ、本当のことです」
「それで、私にどんな文句を言いに来たのかね?」
「はい、大変失礼でありますが。この平和になった世の中で、たくさんの術士を育て上げ成功しているこの学園には感服いたしました。ですが……何ゆえに、召喚獣同士の戦い……試合を推進しているのでしょうか?」
「それは、君の思った疑問かな?」
「それもありますが、それを気づかせてくれたのは、何よりパートナーである小野寺マモルであります」
「……ふむ」
「この学園は大変すばらしい。術士の高度な育成、清潔な環境、食事、衣服から住居まで、当時の古い私にとっては、驚くべき発展です。ですが、なぜ、召喚獣同士を戦わせているのでしょうか?」
「…………」
「どうかお答え願いたい」
「それは少々……複雑な事でもあり、また過去に何度も議題に載った問題でもある」
「では、十分なお答えができるものと思ってよろしいのですね?」
「……ふむ」
数秒の静寂の後、シド・ロードサモン・アールフレンドは答えた。
「見事術士として合格したものは、国に属する人材となる。そうなれば、強力な力の使い道も、だいたいは想像がつくと思う」
「あの少年少女たちを、兵として扱うということですか?」
「有事の際は、そうなる」
「…………」
「そう、厳しい目を向けないでくれ、平和と入っても、まだまだ政治のうえでは一触即発の状態でもある。特に、大魔王帝国とはね」
「いまだ、魔王軍……大魔王帝国とは政治上よろしくない関係だと?」
「そうだね。無茶な要求が多く、また、人類を脅かすかもしれぬ過激派もいまだに存在する。国土の拡大のためにさらなる土地の譲渡の要求、異世界から取り入れた科学技術の譲渡の要求、食料、医療品の輸出入……応えなければ戦争もいとわないと、ほぼ脅しの勧告が来ている。旧魔王軍は、今でもこの状況に満足していない。上は常に今でも頭を悩ませている」
「その、有事が実際に起こった時、彼らを兵として扱うと」
「仕方のないことだ、国が定めたことだからね。それに、今は少年少女だとしても、国に属する人間になる時はもう立派な大人だ」
「……そうですか。まあ、私の一言で、試合を禁ずることができるとは思ってはいませんでした。大変失礼いたしました」
「いや、召喚獣として術士のたまごとして、その考えはもっともだと思われる。残念な答えで申し訳ない」
「いえ、納得させていただきました」
「そうか……分かってくれて助かる」
「用件は、それだけです」
「そうか」
「では、失礼します。筋肉退室いたします」
きびすを返して、ガオンが部屋から出ようとした時、ガオンはふと思い出したように振り返った。
「そうそういえば、初代シド・ロードサモン・アールフレンド……ピックルス・オールティメットマンは――」
ガオンはニッカリと笑った。
「心根の優しい、少しだけ勇気のある……ただの小さな少年でしたよ」
それを聞いたシド・ロードサモン・アールフレンドは、「ふふっ」と笑いをこらえて、頭を垂れた。
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