ガオンのいない授業。

 そういえば、ガオンと一緒でない時間は、今回が初めてかもしれない。


 みんな小型化あるいは擬人化した召喚獣を連れている。


 今日はあの見せ付けてくる筋肉の塊がいないせいか、妙な気分でもある。


 ――もしかして俺、筋肉ロスってやつか?


 いつも手元にあっただけに、それが一時でもなくなると妙な喪失感に襲われることがある。それがロス、というやつだ。


 だが――


「あれー? 君、今日はあの筋肉の召喚獣を連れていないの?」


 珍しく、同じクラスの女子が話しかけてきた。

 誰だ?


「あ、私はマリーロン・クランツェ。こっちは私の召喚獣のジュモックン」


 ジュモックン……なんかマリーロンという女子の肩に、小さな木彫り人形が座っていた。なんだこれ?


「それが、お前の召喚獣?」


「お前だなんて失礼ね」


 ――うっとおしいな。


「ボク、ジュモックン! ヨロシクネ!」


「……なんか、ピノキオみたいだな? 嘘付いたら鼻でも伸びるのか?」


「ピノキオって何?」


 ああ、名前からして俺たちとは別の世界から来た人間なのか。


「なんでもない、気にしないでくれ」


「私さー」


 なんで尋ねてもいないのにしゃべりだしているんだ?


「学校を卒業したら、冒険者になる! って決めていたんだけどさ。そんな日に突然こんなところに来ちゃって、それでまた勉強勉強……まったくやってられないわ。しかもこの世界の冒険者はもう用済みで廃れているなんてさ」


「ああ、そうだな。冒険者や傭兵はもう、盗賊にでもなるしかないって感じだったモンな」


 テキトーに話を合わせて、ある程度消化すればどこかに言ってくれるだろう。


「そういえば、知ってる? この一年生では、聖属性の召喚獣は二体しか現れなかったんだって。そしてこのジュモックンが、なんともう一匹の聖属性の召喚獣なんだよ!」


「へー、そうなんだ」


 ということは、聖属性を持っているのは、シャルティのホーリードラゴン、アルフレッドさんと、このやたら活発そうな女子の木彫り人形だけになるのか。

「このジュモックン、祖先は世界樹ユグドラシルの枝から生まれたんだって!すごくない?」


「ふーん」


「……何よその反応。男の子にしては覇気がないわねえ」


 俺は低音低燃費人間だ。無駄に活気を散らかすタチではない。


「別に関係ないだろ、お前には」

「またお前って言った!」

「うるさいなぁ……」


 と、顔を上げて、初めて彼女の顔を見た。


「…………」

「……なによ?」


「いや、どこの美少女戦士の髪型なんだろうかなと思っただけ」


「やだ、美少女? 私が! いきなりなによもう!」


 背中をばしばし叩かないでくれ、お団子ツインテール頭。


「じゃあ、また。今度召喚獣で試合でもしましょ」


「ああ、わかったよ」


 そしてマリーロンが去っていく。


「…………」


 そして、頬杖を付きながら、ちらりとマリーロンの姿を探した。


 ――やっぱり、か。


 マリーロンが三人ほどの女子の塊に混じって話している。


 そしてこちらをちらちらを見てくる。


 はぁ、とため息が漏れた。


 これはアレだ、普段付き合いの少ないクラスメイトにあえて話しかけて、「どんな人だった?」と話し合っているのだろう。


 そしてこういう時はたいてい、あまりよろしくない印象だったと話しているのだろう、分かっているさそんな事ぐらい。


 どうやら、ガオンがクラスメイト避けになっていたらしい。


 そういえば、このクラスで仲良く話しをした相手が、一人たりともいなかったな。


 ガオンの筋肉で、近寄りがたかったのだろう。


 はぁ、とまたため息をつく。


 教室の外は、とても良い天気だった。

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