異世界観光その4 ただの独り言
「あ、この服なんか良い感じ」
「確かに良い感じですわね」
良い感じってなんだろう?
女子はちょくちょくぼかした言葉を使うから、めんどくさいんだよな。
「僕は思うに、ありのままの自分とは、完全すっぴん問い事じゃなく、ちゃんと上手な化粧もできて、服のセンスも努力していて、好きなもの嫌いなもの、それから良し悪しの癖なども含めて、その人自身のありのままの姿なんだと思うんだよね」
何も言っていないのにアラタがしゃべりだす。
「あー、うん。そうだな」
「特にさ、ああやってこの世界の洋服とかに、瞳を輝かせてあれこれしている姿も、良いものだと思うわけだよ」
歴史オタクMAXモードの次はキザモードかよ。
「男子としては、こういう姿を見るのも、眼福。ってものじゃないかな?」
「そーですね」
俺はずっと待ちぼうけにされて退屈で仕方が無い。
まあ、完全に一人というわけではなく、こうやってアラタがどんどんしゃべってくれるので、最低限の暇つぶしとして聞いておく。
だが、さすがに着る物がこのシドリック学園の制服、ワイシャツとネクタイとブレザーの姿だけではダメだろう。なるべく安く、寮でも部屋着として使えるものを買わなくては。
「あれは、アイスか!」
アラタが突然叫んだ。
「料理の温度管理が、屋台でもちゃんと出来るのか」
「そーですね」
「ちょっと見てくるよ」
「そーです……ああ、行ってらっしゃい」
きっと商品を買うのではなく、どんな形で屋台が機能しているのかを見に行ったのだろう……。みんな興味心身だな。
残念ながら、俺の興味を刺激するような事も物も無く。まわりが騒いでいる分、自分のこの不動な平常心に孤独感が寄ってくる。
「はぁ……」
退屈だ。
何でみんなは、色んなものに、さまざまなものに興味を持つのだろう?
何故飛びつくように向かっていくのだろう。
――俺にも、そんな何かに熱くなれるようなものがあれば……。
なんて、思ったりはしない。
行雲流水。
大きな幸運を求めず、リスクを最低限に減らし、浮く事も沈む事も無く。
俺は平坦に生きて生きたい。
当たり前の生活。それを出来る限りに少ない苦労で手に入れて、順当にやっていくことがどれだけ大変なのかも分かっている。
熱くならず、冷めすぎもしない。
必要だったら手に入れようとする、必要が無いならいらない。
別段、何か昔に大変な事が起こって、そういう生き方を目指して維持しているわけじゃない。生まれ持っての性分、というヤツだ。見方を変えれば、早期に自分の生き方を決められる事ができて……それに気づいた事はある種の幸運だったのかもしれない。
無気力、根性無し、ドライな性格。
だがこれが自分自身なわけで。
これが俺なんだ。
雑踏の中で、アスカとシャルティ、離れた所にいるアラタを見て、俺はいつも傍観する。欲しい人間に欲しい物が手に入ることはとても素晴らしい事だ。だから俺も、何も持たない事を欲する。
俺はアスカのようになれるわけでもなく、シャルティのようにお貴族様の娘でもなく、歴史オタクカードゲーマーのアラタでもなく。
俺は俺だ。
自分のアイデンティティを獲得し、貫く。
これが俺のスタイル。
と、長々と自分を考えてみたわけだが、特になんて事もない。
まだまだ底の浅い考えだ。
人生、突然に何が起こったり、何に興味を持つか分からない。だから何が起ころうと、自分だけはしっかりしていないといけない。そんな風に思っているだけなんだ。
実際に今現在、信じられないことが起こっているからね。
人生八十年の時代。まだまだ人生は続く。
俺はただ普通の人間でありたい。それだけだ。
「うん?」
ふと、雑踏の中から偶然に隙間が生まれ、たまたまそれを目にしてしまった。
建物と建物の間の隙間。路地裏への入口だ。
「――!」
どきりと、心臓が跳ね上がった。
一瞬か数秒だっただろう、その間に――
路地裏からこちらを見ている不審な二人組みの男がいた。
その二人と目が合ってしまった。
腰にはナイフを持っていて、服装も頑丈そうな布で出来ているが、怪しい二人組み。
なんで俺たちを見ていた? なんで俺と目が合った?
……なぜだ?
雑踏で視界が一度さえぎられ、また見えたときには、その路地裏の入り口に立っていた二人組みの男たちはいなくなっていた。
なんだったんだ?
不意に、その路地裏の入口へ体を向けてしまいそうになって、
「待て、マモル」
肩に乗っていたガオンの小声で、我に返った。
「なるべく気がつかなかったように、自然にしているんだ。そして、皆と絶対にはぐれるな。いいな?」
「あ、ああ……」
異様な視線に、ガオンも気がついていたらしい。
「この制服では何かしら目立つものがあるのだろう。杞憂であればいいが」
「……そうだな」
「いっそ、見なかった事にしておいたほうが良い」
「わかった」
ドキドキと、心臓が鳴っている。
あの暗闇に隠れてしまった二人組みの男は、明らかに俺たちを値踏みするかのような、そんな視線だった。
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