VSホーリードラゴン
試合会場の客席は、まばらにどんどん人口密度を増していった。
会場は、それなりに立派な様相で、試合場をぐるりと円で囲うように観客席が並んでいた。まるで闘技場だな。
ガアアアアアアアア――
耳から入って腹まで響いてくるような雄たけび、それはドラゴンの咆哮だった。
中心にいるそれは、巨大な翼を背負おったトカゲ姿の、ウロコと純白の体毛で覆われた白いドラゴン。
ドラゴンの足元には、三つの頭を持った大蛇が倒れていた。
「おい、これで十六連勝だぜ」
観客席から声が聞こえる。
「見ろよこれ、もうあのドラゴンレベル9になってるぞ」
パレットでドラゴンのステータスを見ているのだろう、……レベル9か。
「おーほっほっほっほー」
高笑いをしている女子は、どうやらあの白いドラゴンの召喚士なのだろう。
「さあ次はどなたが相手かしら? わたくしシャルティ・シャルレットのSSR、ホーリードラゴンに挑戦する方は誰かしら?」
なんかやたら高飛車な女子だな。なんかこう、かもし出す雰囲気がいかにもお嬢様っぽい。……にしても、生で見るドラゴンは迫力がすごいな。ゲームのCG描写のドラゴンよりもはるかに威圧感がある。
「さあ、誰もいないのかしら! 私の、私の! ドラゴンちゃんに敵う相手はいないのかしら?」
ガアアアアアアアア!
ホーリードラゴンが高々に吠えた。
「おいあ女子、シャルレットって言ったぞ」
「マジか、あのシャルレット家のお嬢様かよ」
「やっぱり素質が違うからかな、俺のじゃ絶対に無理だわ」
などと聞こえてくる。
「さあさあさあ! どなたか挑戦するものはいないのかしら?」
――ん、待てよ。
『もし召喚獣を死なせたら即刻退学処分』
――ひらめいた!
「俺だ!」
俺は大きく手を振ってシャルティ・シャルレットと言うお嬢様に応えた。
「俺のガオンが相手になるぞー!」
「え、マモル。相手はドラゴンよ?」
「ああわかっているさ」
こっちを見たシャルティが手の甲を口元に当てて笑った。
「あなた、噂のURを引き当てたEクラスの生徒かしら?」
「ああそうだ! 俺の筋肉魔人が相手になるぞ!」
「マモル! 無茶だよ! ガオンさんが死んじゃうよ! ぺしゃんこだよきっと!」
――ああ、それでいいんだ。
「何がSSRのドラゴンだ! こっちはURの筋肉だるまだぞ!」
それを聞いたシャルティが、カチンときたように挑発的な口調になった。
「そんなただの体だけを鍛えた妖精なんかに、高等生物のドラゴンが敵うわけ? 馬鹿にしているのかしら?」
「うるせえ! やって見ないとわからねえだろ!」
「いいですわ、じゃあ試合といきましょう!」
――よし、イケる。
こちらの挑発に簡単に乗ってくれてありがたい。
「マモル……今悪い顔してなかった?」
「おし! ガオン! ドラゴンなんて畳んでしまえ!」
パートナーの召喚獣を死なせたら即退学処分で元の世界に強制送還される。
ちなみに召還獣は死ぬと肉体を失い、その精神と魂は幻獣界に帰還するのだという。
つまり殺しても、死なせたという罪悪感は薄いわけだ。召還獣は元の世界戻るだけなのだから。
このマッチョには悪いが、俺が元の世界に帰るためだ。死んでもらおう。
「……ふうむ」
顎に手をついてなにやら考え込むガオン。
「どうした? やっぱりお前の筋肉でもドラゴン相手にはきついのか?」
「――いいや」
するとガオンは両手を合わせてゴキゴキと指を鳴らし、首を回し、さらには軽く手足を振って――
「ドラゴンを相手にするのは久しぶりだ。筋肉が高鳴る」
「へ?」
「ではマモル、この筋肉が行ってくる!」
「は?」
「とぅ!」
ガオンが空高く跳躍し、ホーリードラゴンと向き合う形で着地した。
今なんていった? ドラゴンを相手にするのは久しぶり?
……まさか、な。
そして教師らしき審判員を間に挟んで、ガオンとホーリードラゴンの試合が始まった。
「さあ私のドラゴンちゃん! そんな筋肉だけの召喚獣など一飲みにしてしまいなさい!」
ガアアアアアアアア!
大口を開けて突進してくるホーリードラゴン。
対してガオンは受け止める姿勢をとった。
ドォン!
両者が真っ向からぶつかる。
そこで信じられない光景を目の当たりにした。
「え?」
俺もあまりの事に呆ける。
ガオンは自身の十倍はありそうな巨躯の、ホーリードラゴンの鼻と下顎を掴み、受け止めた。
さらに押される事もなく、ガオンはその場に一歩たりとも引くこともなく、受け止めていた。
つまりは――
「これはなかなか、やんちゃなドラゴンだな……」
「馬鹿な!」「そんな馬鹿な!」
俺とシャルティが同時に叫んだ。
まさかのまさかに、ガオンがドラゴンの突進を微動だにせず受け止めたのか。
「じゃあ私の筋肉の番だ! 最初は手柔らかにしてやろう、そうれ!」
バチィン!
ガオンがホーリードラゴンの鼻先を平手で叩いた。
「それそれそれそれ」
バチィンバティンバティンバチィン――
ガオンがホーリードラゴンの鼻をものすごい衝撃音を立てて往復ビンタをする。
たまらずホーリードラゴンは鼻血を出しながら頭を上げた。
ドラゴンの方が後退した。
「……嘘だろ」
「フハハハハハハハ! 遠慮はいらないぞ! どんどん立ち向かってくるがいい!」
ガオンが笑顔で高らかに叫んだ。
「ドラゴンちゃん! ブレスを吐いて丸焼きにしなさい!」
ドラゴンが命令どおりに、真っ白い炎を吐き出した。遠めに見ても、超光熱の炎だと分かる。
――よし! これならいくら筋肉でも!
ごうごうと試合場が炎の絨毯になっていく。審判員もたまらずに客席へと逃げ出した。
「あつ、あっつ!」
さすがにこれはすごい。ドラゴンの炎が、こっちまで熱が伝わってくる。
試合場が白い炎で覆いつくされた。
「おーっほっほっほ! どうやら形も残らず燃え尽きたのかしら?」
――よっし、いいぞ! もっとやれ!
ホーリードラゴンの勝利を確信し、俺はガッツポーズを取る。
――が。
「ふううう」
試合場の、炎で焼き尽くされている中心に、筋肉がいた。
「これは上々……」
「え?」
「良いサウナだ!」
汗を体中から放出し、ダブルバイセップスフロントのポーズで、ガオンが立っていた。
「ええええええ!」「ええええええ!」
またもやシャルティと一緒に叫んでしまった。
「まさか、自分の汗で炎をガード……相殺していると言うの!」
確かに、ガオンからとめどなく流れる汗が、炎が当たる度にじゅうじゅうと蒸発している。
「そんなマジかよー!」
ドラゴンの攻撃だぞ! 想像できないぐらいの破壊力だぞ! なんでアイツ無傷で笑っているんだ!
「くうう、こうなったら! ドラゴンちゃん! 思いっきり踏み潰しておやりなさい!」
「そうだ! やれ! やっちまえ!」
「マモル、ガオンの応援してたんじゃないの?」
「あ……」
アスカがジト目になってこっちを見る。
「まさか、ここでガオンさんを見殺しにしようとしてた?」
「……さあ?」
「そうすれば元の世界に返されちゃうもんね?」
「そうだっけ……知らなかったなあ」
「…………」
やべ、本音が出てしまった。
「そ、それよりもガオンが踏み潰されちまう! どーしよどーしよ!」
「…………」
あーアスカの視線が痛い。
「さあ、ドラゴンちゃん! いきなさい!」
グオオオオオオオオオ!
ホーリードラゴンの脚が、ガオンを頭上から踏み潰す。
「ふんぬぅ!」
だが、頭上から降りてくるドラゴンの足に、ガオンは両手を持ち上げて受け止めた。
これは拳を強く握らねばなるまい。
ホーリードラゴンがぐいぐいとガオンを踏み潰そうと力を入れる。
対してガオンは、必死に耐えている……かのように見えた。
「これは……さすがに……」
おし、あともう一押しだ! やれ! がんばれホーリードラゴン!
「これは、効っくううううううううううううッ!」
筋肉のおっさんがそんな気持ち良がるような声を出した。
「あれえ!」
「嘘……」
おれもシャルティも驚いた。
「私の筋肉が! 背広筋が、僧帽筋が、上腕二等筋が! 腹筋が! 大腿直筋たちが、打ち震えている。これは筋肉たちに効くうううううう!」
ドラゴンに踏まれて悦に浸っている筋肉のおっさん。
「アイツはドMか!」
思わずツッコミを入れてしまう。
「あ、すいません、シャルティ女史。出来ればドラゴンにもうちょっと力を入れてもらえるように言ってくれませんか?」
「さらに注文してきたぁ!」
「それならお望みどおりに! 思いっきり踏みつけてやりなさい!」
ドラゴンが全体重をかけるようにガオンを踏みつけた。
「くうううううううう」
苦しむガオン。
「はううううう! 効くううううううううう!」
訂正、苦しみながら悦に浸るガオン。
もう、言葉も出なかった。
そして、ガオンは――
「はあああああああああ! ふぬうううああ!」
ホーリードラゴンの足の裏を弾き飛ばすように持ち上げた。
姿勢を崩されたホーリードラゴンが地面に倒れる。
「ふう……なかなか良き負荷であった。私の筋肉たちも炎のように燃え上がったぞ!」
フロントラットスプレッドのポーズをしてニッカリと笑うガオン。
立ち上がるホーリードラゴン。
「さて、今度はこっちの番だ……だが殺しはしない。筋肉は殺生するためのものではないからな……」
右肩をぐるぐると回すガオン。
「では軽く急所を突かせてもらおう――」
ダンッ!
凄まじい音を放った踏み込みで、一気にドラゴンの腹へと肉薄するガオン。
「でるやぁ!」
ドゴォン!
腕全体がめり込むほどに、ガオンがドラゴンの腹の中心に拳を叩き込んだ。
「ふううううううう! はぁ!」
さらに力を込めて、ドラゴンの腹に腕をねじ込む。
ドォォン!
重苦しい音が鳴り響いて、ドラゴンのが頭を上に向けて硬直したまま動かなくなった。
そしてガオンが腕を引き抜くと、ドラゴンは体を硬直させたまま真横にずしんと倒れた。絶句するシャルティ。
「うむ、良い勝負であった。筋肉に、感謝!」
ガオンが右腕を上げて勝利の宣言をした。
倒れたホーリードラゴンは、ひくひくと痙攣し、泡を吹いて気絶している。
審判員の教師も、「勝者! ガオン!」と高らかに叫んだ。
会場内で驚きを通り越してどよめきが起こっている。
ガオンが「とう!」とジャンプしてこちらに戻ってきた。
「ハハハハハハハ、どうだマモルよ! 私の初陣は! 素晴らしい筋肉だっただろう?」
「あ、ああ……そうだな、良くやった……な」
これはドン引きするしかない。
ホーリードラゴンのパートナーのシャルティも、その場に尻餅をついて信じられない光景に呆然としていた。
ドラゴンの攻撃が聞かなかったどころか、右腕のワンパンで倒してしまうなんて……。
「フハハハハハハハハ! さすがに私の筋肉に驚いたようだな! 正直でよろしい!」
俺の背中をバンバンと重たく叩く。
――こんなやつ、誰が倒せるんだ? もう生物的に頂点のドラゴンでも勝てなかった。
俺はこんな筋肉野郎と、この学園生活を共にしていかないといけないのか……。
「嫌すぎるううううう!」
「ハハハハハ! 実はマモルの狙いも把握していたぞ! だが考えがちょっと甘かったようだな! ハハハハハ!」
オマケに計画もバレてたし!
「だが安心しろ、私はこんな事でぐちぐち言わぬ。これから良きパートナーシップを築いていこうじゃあないか」
「あ、ああ……」
「……さて、さすがにドラゴンブレスのサウナで喉が渇いた。購買で飲み物でもいただこう、行くぞマモル」
「…………」
うう、誰か、この筋肉を何とかしてください。
お願いします……。
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