サービスシーンだぞ、ほら喜べ。
ああ、疲れた……。
ホーリードラゴンとの闘いの後、俺とアスカはこの学園の設備を見て回った。
まるで商店街や大型デパートどころではなく、『街』のような規模。多分ここで一生暮らしていけそうなぐらいの充実さだった。
この世界はどうも、複数あるいは多数の異世界と接触しており、色んな技術がごちゃ混ぜになっているようだった。俺が普通に使っている文房具のシャープペンシルのような日常道具もあれば、術士でなくても魔術が使える紙、スクロールがあったり、様々な系統の洋服、散髪サロン、よく分からない名称がずらっと並ぶカフェ、食堂棟では何を材料に使っているのか検討もつかない料理、……こちらの世界の米もあって和食も普通に並んでいた。
さらには植えられた樹木も様々で、その中に綺麗な桜並木がある事に、俺とアスカは「本当だったら別々の高校に通っていたな」と言ってお互いに笑った。アスカも「また同じ学校でうれしいよ」と言われ、なんだか小恥ずかしくなった。
とにかく大規模で多彩な複合施設という、一つの街のように出来上がっていた。
ここで三年間も暮らすことになるのか。これでもまだ『召喚術学部』この学園の一部であり、その規模を考えたら、県とは言わなくても市ぐらいの規模になっているだろう。
夕方になって日が落ちそうになったときに、お互いの寮へ向かおうとアスカと分かれた。そうしてパレットをだして起動させ、地図に載っていた寮へ向かい、割り振られた室内に入る。
ここは意外と古い……ようだ。鍵もカードキーやプレートキーじゃなく、古風な普通の鍵だった。木造で出来ており、なんだかここだけ隔離されているような気分になる。
自分の部屋は三階の階段を上がって一番奥の部屋だ。ちなみに一緒に過ごす相手はいなく、ほぼ俺の一人部屋だった。
俺の後ろにいる筋肉のおっさん、ガオンを除いてだが。
さっさと階段を上がって部屋の前に立ち、鍵で部屋を開けて中に入る。
内装もどこか古めかしかった。両開きの窓に、勉強机が二つと二段ベットが一つ。
部屋の中心には小さなテーブルと椅子が二つ。
「はぁ……」
教室での説明が終わってからずっと背負っていた、教科書が目一杯詰まったカバンを落とすように下ろす。
どすん
「疲れたぁ……」
埃が立たないということは、おそらく清掃済みだったのだろう。俺はそのまま二段ベットの下の方へ倒れこむように突っ伏した。
「なかなか良い学園内であったな」
「ああ、だがちょっと、休ませてくれ」
「承知した」
気を使ってくれたのか、ガオンはそれだけ言って静かになった。何をしているのかは分からないが、「ふんふん」と言っている息づかいからおそらく筋トレでも始めたのだろう……。
今日起こった事。
突然異世界であるこの世界の飛ばされる。召喚士になるため入学式、目の前に筋肉のおっさんが現れる。割り振られたEクラスでの説明、試合場でのホーリードラゴンとの闘い。施設内を徒歩で散策。
頭に入れるには情報量が過多になっていた。まさに休む暇も無かった。
シーツは無臭で、洗いたての感触がした。
「…………」
もう、どーしようかとか、どうしたらいいのかも考える余裕もない。
「…………」
そういえば朝から昼寝の一つもせずずっと動きっぱなしだった。
疲れがどっしりと重りのように感じてくる。
「…………はあ」
俺はそのまま突っ伏した状態で疲れ果てた体を脱力させ、次第にやってきた眠気にその身を任せた。
「…………」
ざああああああ――
ざああああ――
「……ん?」
雨音。
雨が降ってきたのか。
何とか起き上がる。
「痛たたたた」
ずっと肩に大きな負荷がかかっていたため痛めたらしい。足も未だ棒のようにかちこちになっている。
せめてシャワーだけでも浴びるか。
重く疲れた体で立ち上がり、のそのそとシャワー室に入る.
あいにく部屋には簡易的なシャワー室が一つあるだけで、浴槽に浸かりたいのならば共同浴場に行かないといけないらしい。
だがそこまで歩いて行く気分にはなれなかった。
「…………」
俺は体中がめんどくさいと訴える中、シャワー室の扉を開く。
ざああああああああ――
「おお、起きたかマモルよ」
「…………」
どおおおおおおん!
「多少の疲れは取れたか? 明日から勉学の授業になるのだろう?」
「…………」
どおおおおおおん!
「何なら一緒に浴びるか?」
「…………」
どおおおおおおおおおおおん!
俺はシャワー室の扉をそっと閉じた。
そして部屋に戻り、がくりと膝をついて四つん這いになる。
筋肉ムキムキの全裸のおっさん。
筋肉おっさんの……イチモツ。ジャンボフランクフルトでした……。
「フツーはこういう時お約束で、たまたま急遽不本意に一緒になった学園の女子が、俺が寝ている間に入ってきて、俺が起きるまでにシャワーを浴びていて、俺が雨音と勘違いしてシャワー室を開けたら、その女子が全裸で、「きゃああああああ」ってなるようなならないような!」
記憶にしっかりと刻み込まれた、筋肉のおっさんのイチモツ。
俺は天を仰いで――
「俺はこんなサービスシーンなんていらねえええええええええええッ!」
今生の叫びで今見たものの記憶を吹き飛ばそうとした。
だがあの立派なイチモツは、俺の記憶から吹き飛んではくれなかった。
「どうしたマモル?」
タオルで体を拭きながらガオンがシャワー室から出てきた。
「服を着ろおおおおお!」
「おお、これはすまない」
と、さっきとは色違いのブーメランパンツを履いて「これでよし」とガオンが呟いた。
「お前、洋服ってパンツしかないのか?」
「うむ」
「マジで?」
「うむ」
「本当に?」
「うむ!」
「…………」
ああそうか、俺がこの一人部屋に割り振られた理由って……。
このおっさんと一緒に暮らすために俺だけの部屋になっていたのか!
しかも三年間ずっと!
「うああああああああ、俺の学園生活がああああああ! ……はぁ」
ひとしきり叫んで、最後の体力も使い切ってしまった。がくりと脱力。もう呆けるしかない。
「マモルがシャワーを浴びたら食堂へ行こう。夕食をくいっぱぐれては眠りも浅かろうて……」
「お、おう……」
ああ、一人になりたい……。
なんかもう、なにもかもがどうでもいいくらいに、
筋肉ムキムキのおっさんとの同居生活に、俺は呆けるしかなかった。
俺の異世界での長い一日にトドメが刺さった。
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