50 王都襲撃
王都の見回りに参加して数日が経った。勇者パーティーの面々は騎士たちに混じって粛々と見回りと警戒の任務を実行していた。
人の出入りが規制され、少し人通りの減った王都はいつもと違った雰囲気だったが、仲間たちにあまり気にした様子はなかった。きっとそれは、過去の俺とは違い頼れる仲間が隣にいたからだったのだろう。
そして、その日は驚くほど唐突に、なんの前触れもなく訪れた。はじまりは記憶の通りだった。夜空に響く、突然の爆発音。静かだった夜の王都が、混乱と狂騒に巻き込まれる合図。
「皆いるか!?」
「ここに!」
「アタシたちも無事だよ!」
素早く近くにいる仲間たちの安否を確認する。警戒を怠っていなかったおかげで、周囲に敵影はないようだった。しかし夜闇の中に浮かび上がる、王都に突如現れる多数の黒ローブ。黒布の下では、皆一様に狂ったような笑みを浮かべていた。
不気味な様子に仲間たちが動揺するのが分かった。騎士たちもまた、突然現れた侵略者たちに戸惑っているようだった。動揺すれば狡猾な策に簡単に騙されてしまう。──だから俺は、彼らに良く見えるように手近にいた黒ローブを斬り捨てた。
「ガッ!」
「よく見ろ!相手は魔力の扱いもロクにできない雑兵だぞ!しっかりしろ騎士ども!」
切り裂かれた黒いローブから鮮血が舞い石畳に落ちる。俺の目の前で今、命が一つ失われた。
人殺しに対する仲間たちの忌避は、今回は感じなかった。それにどこか安堵してしまう自分がいる。
正気を取り戻した騎士たちが動き出す。
「素早く取り押さえろ!」
「水魔法を使え!爆発物を封じられるぞ!」
騎士たちが先頭に立って狂信者たちを斬り捨て、高所に待機していた魔法使いたちから援護が届く。この徹底された統制、どうやら騎士団の堕落を嘆いていた騎士団長直々に指導が入ったらしい。記憶よりもずっと機敏に、適切に動く騎士団に安心する。そうでなくてはあの恐ろしい男を挑発した意味がないというものだ。
「俺たちも援護するぞ!魔力の反応のある敵には気を付けろ、自爆する可能性が高い!」
発破をかけて、前に出る。すかさず目の前には黒衣の男が飛び出してくる。その虚ろな瞳は俺を見ているようで、どこか遠くを見ているようだった。
「偽神の走狗め!我らの裁きを受け入れろ!」
「黙れ」
「──ガハッ!」
人間の肉は、魔物の重厚なそれと比べて遥かに刃が通りやすくて斬りやすい。しかし、どうしても重く感じる。彼らは言葉の通じる人間なのだ。彼らは共存できる同じ人間なのだ。そのことは決して忘れてはならない。自分を戒めながらも、迷いなく男を斬り捨てる。
ふと気になって、オスカーの方を見る。ちょうど狂信者に斬りかかる時だった。
「偽神の信者よ!その禍々しい剣を捨てるのだ!」
「……すいません」
謝りながらも、聖剣は狂った笑みを浮かべる男の首を正確に刎ねた。しかしオスカーの表情に曇りはない。高揚するでもなく、絶望するでもなく、ただ己の為すべきことを為すために、少年は人を殺めていた。……心配はなさそうだ。
「『炎よ、我が敵を穿て』」
オリヴィアの魔法も、冷静に敵の命を奪っていた。その表情に変化はない。氷のような無表情でただ敵を屠る。彼女は強い。義務のためなら、必要なこと、為すべきことを毅然とこなすだろう。
「『土の巨人よ、我が敵を打ち倒せ』」
ジェーンの目には敵への同情や憐憫は一切見られない。やはりこいつは、根本的には人と違う視点の持ち主なのだろう。人ひとり殺した後だろうと、そこに一切の感情の揺れを感じない。
「……大神よ、彼の者を楽園へと迎えたまえ」
人間への攻撃手段をもたないカレンは、人同士の醜い殺し合いを、ただじっと見つめていた。そして、死者の幸を願う。
聖職者に殺人はご法度だ。もし人を殺めれば、その魂は穢れ、二度と神聖魔法を使うことはできないだろう。カレンには最初、この戦場には来ないように言ったのだ。しかし、彼女はそれを毅然と断った。
『アタシだけ目を逸らすなんてできない。皆のことは私が治すよ』
強くなった、と思った。盗賊に怯えていたかつての彼女は、そこにはいなかった。
冷静に対処さえできれば、大神教徒はそこまで怖い敵じゃない。俺たちも騎士たちも、確実に敵を沈めていった。
「オリヴィア、九時の方向!数が多い、頼んだ」
「承りました」
「オスカー、出すぎるな!自爆に巻き込まれればお前もただじゃ済まないぞ」
「分かった!」
俺の大剣が肉を切り裂く。もう何人斬ったのか分からなかった。俺から見える範囲では、被害はあまり出ていない。黒ローブたちは破壊工作や騎士の攪乱をする前に、速やかに騎士たちに斬り伏せられ、囚われていった。爆発音も明らかに減り、王都は静けさを取り戻しつつあった。
金属のぶつかり合う音とけたたましい爆音も数を減らし、そろそろ騒動も収束するかと思われた時、それは現れた。
王都に耳を劈く轟音が響き渡る。それは爆発音とはまた違った、重々しい何かが墜落したような音だった。
「オスカー、ここは任せた!俺が見てくる!」
「……うん!」
閑散とした王都を駆け抜ける。どこに向かえば良いのかは、濃厚な血の匂いが教えてくれた。一歩進むごとに濃度を増していくそれは、ただならぬ事態が起こっていることを俺に伝えてきていた。恐ろしい予感に鈍ってしまいそうな足を叱咤して、進む。
やがて、広場の一角に足を踏み入れる。そこには騎士たちの血液が乱雑にまき散らされた跡があった。
「ウッ……」
あまりの血生臭さに気分が悪くなる。しかし、躊躇している場合ではなさそうだ。
血霧の中心には、巨人がいた。二メートルを超える身長とそれに見合う巨躯は、遠くからでもはっきりと見える。人間離れした長身と重厚な肉体だったが、それは確かに人間だった。
上半身には何も纏っておらず、その巨大な筋肉は岩石を思わせる。として四肢もまた、巨体に見合う大きさと太さだ。手足には鮮血がべったりとくっついていて、その恐ろしい容貌の迫力を増している。蹴りや殴りすらも直撃すれば容易く命を奪うだろう。大神教の切り札。薬物投与による改造人間の完成系が、そこにはいた。
「──まずい」
「うわああ!嫌だ!死にたくない!」
巨体の目の前には、尻もちをついた騎士の姿があった。数秒も立てばその命を無為に散らすだろう。その場にいる最後の生存者を助けるために走った俺は、絶対絶命の騎士の前に立ちふさがった。相対すると、改めてその馬鹿げた巨躯の威圧感に慄く。しかし、下がるわけには、負けるわけにはいかない。
改造人間の剛腕が唸る。
「ウオオオオ!」
人間のものとは思えないほどの巨腕と大剣が激突する。肉と金属がぶつかり合ったとは思えないほどの高音が響き、その衝撃にたたらを踏んだ。
「ダメだ!そいつの体は剣より硬い!」
「分かってる!」
言いながら、大きく回り込む。大きな体を持つ分愚鈍なそれの背中に大剣を叩きつけると、岩でも切りつけたような衝撃が両腕に返ってきた。
「クソッ!」
「グオオオ!」
お返しとばかりに飛んできた大きな拳を、間一髪避ける。僅かに掠った頬には、刃物で切ったような傷跡が残っていた。やはり、今の体では純粋な力押しに対抗するのは難しそうだ。
先ほど助けた生き残りの騎士は、素早く離脱したようで、足を引きずりながらも遠くから俺に声をかけてくる。
「待っていてくれ!すぐに応援を呼んでくる!」
「無理だ!そんな余裕今の騎士団にないだろうが!」
「しかし!」
「いいからお前は離れろ!」
大急ぎで、古い記憶から魔術を構成する。時間をかけてコイツに街中で暴れられるわけにはいかない。せっかく秩序を取り戻しつつある王都に、こんな化け物を解き放ってたまるか。
必要なのは圧倒的な破壊力。かつての俺なら聖剣を振れば事足りたそれを、魔術を行使して補う。
「『硬化せよ』」
まずは、自分の大剣に硬化の魔術をかける。あまり得意な魔術ではないため一撃程度しか持たないだろうが、十分だ。魔力の動きを感知した改造人間が、巨体を揺らしてこちらに向かってくる。一歩踏み出すたびに石畳は粉砕され、地響きが起こる。
「『炎よ、我が意のままに、衝撃と共に炸裂せよ』」
遅延発動型の魔術を大剣に付与、巨体へと剣を突き出す。直後襲い掛かる勢いの乗った強烈な右ストレートを辛うじて身を捩って避けると、剣を胸の中心に突き出す。先ほどは弾かれた剣先は、硬化魔術の効力で、辛うじて体内に入り込んだ。
「グオオ!?」
改造人間の醜く歪められた顔が驚愕に歪むが、分厚い脂肪に阻まれ決定打にはなりそうになかった。しかし、俺の狙いはここからだ。
「『爆ぜろ!』」
トリガーの一句と共に、剣先が大爆発を起こした。巨人の体内で爆発したそれは、衝撃を巨体の中心に伝えた。さらに、肉体という密閉空間での爆発はその勢いを増す。俺の魔力以上の威力となった大爆発は、断末魔を発する余裕すら与えず、巨体を文字通り四散させた。
そして当然、爆心地にいた俺までも吹き飛ばす。視界が赤に染まったかと思うと、俺の体は宙を舞っていた。
「ガッ!」
そして、壁面に背中から打ち付けられる。一瞬、呼吸が止まった。見下ろすと、俺の体は全身が真っ赤だった。もはや自分の負傷と吹き飛ばした改造人間の血液の区別もつかない。体はあまりのダメージに麻痺して動かない。今もじくじくと身を蝕む痛みだけが、自分の体の状態を伝えてくれていた。
「──ハハッ!これはいい!どうしてこんなにも良い方法を今まで思いつかなかった!敵を屠ることができて、俺は罰を受けることができる!最高じゃないか!ハハハハハ!」
あまりの痛みに、俺は歓喜した。嗚呼、痛みが俺を蝕んでいる!死が刻一刻と迫ってきている!
自分の哄笑を他人事のように聞きながら、俺の意識は次第に薄れていく。周囲が徐々に静まってきているのを鑑みるに、どうやら騒動は収まりつつあるらしかった。であれば、俺が意識を保っている必要もあるまい。
どうせもう、勇者は他にいるのだ。ゆっくりと、俺は痛覚の地獄の中で意識を閉ざした。
◇
俺の体の傷は、どうやら思ったよりも大したことはなかったらしい。再び目を覚ます頃には傷は完全に治療されていて、体にも違和感がなかった。さすがカレンの治癒魔法とでも言うべきか。
寝かされていたベッドから起き上がると、いつぞやと同じように、服が変えられていた。……これもまたカレンだろうか。戦うたびに着替えさせてもらうのは忍びないのだが。
たくさんの血を失い若干ふらつく足で外に出る。王都は損傷のあった建物の修復をする人で溢れていた。道端には大量の木材や石材が詰まれ、そこら中から土木作業の騒がしい音がした。少し見渡すと、晴れやかな大通りで、損壊のあった建物の再建を手伝うオスカーの姿が見えた。それを眺めていると、向こうからこちらに気づいたようだった。
「メメ!体はもう大丈夫なの?」
「ああ、カレンのおかげでな。お前たちの方は大丈夫だったか?」
「うん、皆無事だよ。あ、ちょっと待ってね」
オスカーは慌ただしく担いでいた木材をどこかに持っていった。人外の身体能力は土木作業でも遺憾なく発揮されているらしい。身長以上の長さの木材を運んでいるにも関わらず、その後ろ姿はあっという間に遠ざかっていった。
彼を見送って、復興作業に勤しむ大通りを眺める。爆発物によって損壊した建物はそれなりに存在した。しかし、記憶にある最悪の状況よりもずっと被害は抑えられたようだ。騎士団長様様といったところか。人々の顔色も、記憶にある最悪の状況よりずっと明るい。困っている人間がいれば余裕のある者が助け、復興作業は順調に進んでいるようだった。
そして、聞こえてくる人々の話し声を聞くと、どうやらオスカーに助けられた者がそれなりに存在するようだった。勇者様が暴漢を退治してくれた。勇者が作業を手伝ってくれた。勇者様万歳、などなど。
どうやらオスカーは王都の人々を助けることができたらしい。よかった。少しの妬ましさを胸に仕舞い、俺は彼を素直に賞賛してやることに決めた。ちょうど、オスカーがカレンを引き連れてこちらに向かってくるのが見えた。
「オスカー……」
「メメちゃん!体に違和感はない!?」
しかし、その声はカレンの声に遮られた。スタスタと走って来た彼女は、そのままペタペタと体を触り始めた。
「カ、カレン、大丈夫だから。治癒魔法はちゃんと効いてるから」
「本当に?体に違和感はない?」
「ちょっとふらつくだけだよ。心配ないよ」
「ふらつくならベッドに入ってないと!」
「少しだから!カレンは心配しすぎだよ」
「心配しすぎなことないよ!メメちゃんの姿を最初見た時、アタシ死んじゃったんじゃないかって本当に思ったんだから!」
言い募る彼女の瞳には、わずかに涙が浮かんでいた。それに気づいて、罪悪感を覚える。
「心配かけてごめん。でも、もう大丈夫だから」
「……分かった」
しぶしぶ、といった様子でカレンが引き下がる。代わりに、オスカーが提案してくる。
「メメ、どこか座れるところで話をしよう。被害の程度とか、知りたいでしょう?」
「ああ、助かるよ」
ところ変わって、いつも使っている食堂。ここには被害は出なかったらしく、繁盛しているようだった。賑やかな室内で腰を下ろして、適当に食事を注文する。
「建物がいくつか崩れちゃったみたいだけど、一般の人達に被害はほとんどなかったってさ……あの怖い騎士団長がメメに感謝を伝えてくれってさ」
オスカーは苦笑しながら言った。あいつのことだ。しぶしぶと、仏頂面で感謝を伝えてきたのだろう。
「本当に、メメのおかげだよ」
しみじみと、オスカーは呟く。その様子には、少しの葛藤があるようだった。
「なんだオスカー、自分が賞賛を受けることがそんなに不満か?」
言うと、彼は動揺を見せた。やはり図星だったらしい。
「不満ってわけじゃないけど……。傷だらけになって戦ったメメよりも僕が褒められるのはなんだか違和感があってさ……」
「その葛藤は無意味だぞオスカー。俺は賞賛されたいから戦っているわけじゃない」
「……やっぱり、メメはそう言うんだね」
分かっていた、とでも言いたげにオスカーは呟く。それっきり、彼は口を閉ざした。
「でも、これから何回も王都が襲われるようなことがあるのかな?」
カレンの言葉が沈黙を破った。その表情には不安が見え隠れしている。
「放っておけば、そうなるな。──だから、俺たちで反撃しよう」
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