第4話盗賊団との戦い
朝早くから、太陽はずっとギラギラと存在感を示し続けていた。昨日から痛み続けている足を引きずって平地を歩き続ける俺の額にはじんわりと汗がにじんでいた。前髪が額に張り付く。
「ダアァ!うっとおしいなあこの髪!切り落としてやろうか!」
「ダメです。年頃の少女っぽくないじゃないですか」
「なんでお前に髪型を指図されなきゃなんねえんだよ」
「私の目の保養のためです。貴女を眺めるくらいしかすることのない私の身にもなってください」
「ふざけてんのか!?……というかお前、その木製の目でどうやって見てんだ?」
退屈のあまり俺は無機物と会話を始めていた。温かい平原を一人ぼっちで歩く俺からは、男みたいな口調の少女の声と、抑揚のない男の声がしていた。
「それはもちろん、魔法でちょちょいのちょいです。こう見えても女神の眷属ですから、その程度は苦でもないです」
「魔法も使えるってことは、お前ひょっとして戦えたりするのか?」
「不可能とは言いませんが、難しいですね。今の依代はあまり魔法の行使に向いていないので。魔法使いの人間の死体でも持ってきてくれれば、その体を使って今の貴女よりは上手く魔法を使いこなせるでしょう」
「死体……?お前はあれか、悪霊みたいなものなのか?」
「悪霊とは失礼な!仮にも正義の女神の眷属ですよ。天使とか、もっとあるでしょう」
「天使が人の死体に乗り移ったりするか?」
天使は大神歴には存在したとされる、神の使いだ。美しい顔に純白の羽を持ち、慈愛に満ちた心を持つ、と伝えられている。少なくとも他人の性別を勝手に変えるような悪辣さは持っていなかっただろう。
「おっと何か聞こえますね」
「話題を逸らしたな」
白々しさを感じながら耳を澄ましてみると、遠くから怒号が聞こえた。続けて剣戟の音。戦いの音、この世の地獄の気配。先日老人が話していた盗賊だろうか。ちょうどいい。路銀に困っていたところだ。盗賊であれば身ぐるみ剝いでも誰にも文句は言われまい。俺の思考はまさしく盗賊のそれだった。
戦場にたどり着くとすでに所々に倒れ伏した人影が見えた。目立つのは豪華な装飾の施された馬車。しかし馬車を引く馬は矢を受けて倒れていた。おそらく王都へ向かっていた貴族のものだろう。周囲には騎士らしき人間が倒れていた。剣を抜いた様子もない。不意打ちで騎士はほとんど倒されてしまったようだ。
騎士は魔力で自分の体を強化できる人間たちだ。貴族の警護などを担当するエリートの彼らが、盗賊のような素人相手にそうそう遅れを取ることはないはずだが。その奥では生き残りの騎士たちと、村人のような出で立ちの若者が盗賊と剣を交えている。
村人と、その後ろに立つ村娘の姿にひどく既視感がある。平凡な黒髪の少年と茶髪に三つ編みの少女。あれはまさか……俺だろうか。盗賊の数が圧倒的に多い。放っておけば騎士たちは全滅してしまうだろう。そうすれば勇者としての役割を果たさないままに俺が、もう一人の俺が死にかねない。仕方がない。俺は盗賊たちを後ろから奇襲するために静かに移動を始めた。
ロジャース盗賊団はすでに勝利を確信していた。計画も、その実行も完璧だった。魔法と弓による奇襲によって騎士たちは壊滅状態。あとは残党を殺して馬車の中の貴族の身ぐるみ剥ぐなり人質にとるなり好きにできるはずだった。
小さな影が彼らの背後に迫る。最初に悲鳴を上げたのは最近盗賊団に入ってきた、最後方にいた若い男だった。尋常ではない気配を感じると背後には可憐な少女がその身に似合わぬ大剣を振り上げているところだった。勢いよく振り下ろしたそれは若者の頭に直撃した。
かち割られた頭蓋から、鮮血が噴水のように飛び出して少女に降りかかる。返り血で真っ赤に染まった少女は笑っていた。まるでこれから死ぬ運命にある自分たちを嘲笑っているかのような笑み。小さな体躯は巨大な猛獣のような存在感を放っている。無法者として暴力で他人を制してきた盗賊たちはその笑みに激しい悪寒を覚える。高い練度で騎士たちを追い詰めていた一団に動揺が走る。
「なんだこのガキ!?」
「後ろに新手だ!気を付けろ!」
反撃はすぐさま行われた。少女の傍にいた隻眼の男は、赤髪めがけて大斧を振り降ろした。笑みを浮かべたままで、少女は舞うかのように軽やかに両断を避ける。そして舞踊の続きであるかのように、大剣の重さを感じさせない鋭い突きを放った。少女の一纏めにされた後ろ髪が追従するように軽やかに舞った。隻眼の男の残っていた目に突き刺さる。視界を失った男は痛みに耐えかねて力なく倒れた。軽やかな剣技と矮躯に見合わぬ膂力を見た盗賊たちは、小柄な少女が全力で倒すべき敵であることを改めて悟った。
「囲め!一人で相手するな!」
「見た目に騙されるな!近衛騎士を相手にするつもりでかかれ!手練れだぞ!」
事態を察した盗賊たちは一瞬で少女を取り囲む。各々が得物を前に突き出しながらじりじりと前に出た。すかさず矢が少女の動きを牽制するように放たれた。仲間の間を縫うように放たれたそれは、少女に簡単に撃ち落されていく。
盗賊団の迅速な行動は、ならず者の集まりというよりも洗練された騎士団のようだった。それもそのはず、ロジャース盗賊団はもともと敗走した騎士団の残党によって結成された猛者の集まりだ。だからこそ王都の近くで略奪を繰り返すことができた。そして何度も修羅場を乗り越えてきた精鋭の盗賊たちは知っていた。この広い世界には、自分たちではかなわない化け物がいることを。
この世界には時として神に愛されたとしか思えない人外の力を振るう者がいる。剛腕が地を裂き、超常の魔法が街一つ廃墟にする。そんな勇者に代表されるその化け物たちに自分たちがかなわないことをよく知っていた。そして、化け物を倒すためには数の利が必要であることもよく分かっていた。
「先走るなよ!最初に前に出たものから死ぬぞ!」
リーダー格の男が声を張り上げる。もはや盗賊団の目は騎士たちの残党ではなくただ一人の少女に向けられていた。
緊迫が盗賊たちを支配する。じりじりと擦り足で少女に近づくたびに盗賊たちは死の予感を感じていた。見た目だけは可憐な少女の纏う殺気は研ぎ澄まされている。獲物をいまかいまかと待つ業物の剣のような、鋭利な殺気だった。ついに少女の得物の間合いに足がかかるかといったその瞬間。円を描いていた盗賊たちは一斉に武器を振り上げた。
「死にさらせ化け物!」
恐怖を誤魔化すように雄たけびを上げ、得物を振り上げた盗賊の一人は驚愕する。少女は一瞬で自分の足元に潜り込んでいた。そして顎への鈍い衝撃。得物を振るうこともできないゼロ距離からの鋭いアッパーカット。盗賊の目元はチカチカと光る。
「舐めるなよクソガキ!」
しかし盗賊はタフだった。少女の位置すら把握できないまま盗賊は脚を鋭く振りぬく。破れかぶれの蹴りが柔らかい肉体に当たった感覚がする。
「ゴフッ……。痛い……。痛い!これが普通の人間!あいつらはこんな痛みを感じていたのか!?百年越しに知れたぞ!ハハッ、最高の気分だ!」
鳩尾の痛みに悶えながらも狂ったように笑う少女の大剣が、鋭い蹴りを放った盗賊の首を撥ねる。すぐさま盗賊の死体に自分の体を隠す。次の瞬間には盗賊の死体には多数の刃物が突き刺さった。良識ある常人とは思えない戦法に盗賊たちは目を瞠った。少女は死体を盾にして盗賊の集団へと突っ込んでいった。人外の脚力は単なる体当たりを人殺しの技にまで昇華した。勢いづいた馬車に轢かれたかのように盗賊たちが宙を舞う。多数の断末魔が響いた。盗賊たちの即席の包囲網は一瞬で崩壊した。
「まずいな……」
盗賊団の棟梁であるロジャースには現状が正しく把握できていた。人外の力を振るう少女の皮をかぶった化け物。そして化け物に特有の慢心も見られない。さらに悪いことに少女は戦いについてその矮躯に不釣り合いなほどに理解していた。固い絆で結ばれた集団ほど仲間を傷つけることを恐れること。そして人外の力をいかに振るえば凡人を虐殺できるのか。思考しているうちにも盗賊たちが、仲間たちが悲鳴を上げて死んでいく。
「全員俺の近くに固まれ!固まって数で圧殺するぞ!」
一瞬で盗賊団が集結する。しかしその数は当初の六割程度だ。死体を巧みに使い突貫を繰り返す少女によって盗賊団の虐殺が進んでいた。
「仲間を攻撃することを恐れるな!躊躇していたらいずれにせよ全滅だ!」
盗賊たちは覚悟を決めていた。もはや犠牲を嫌って斃せる相手ではない。仲間を撃つことになろうとも、目の前での化け物を殺さなくてはならない。近距離での武器の扱いになれた者は陣形の前方、少女と相対する位置へ。その後ろには弓の扱いになれた者たち。それから少数の魔法を扱うことができる、貴族崩れの魔法使いたち。もはや貴重な魔法を温存する気もない。肉壁が機能しているうちに剣と槍と矢と魔法で打ち倒す。盗賊団にとっての最善策。
そんな唯人の努力を嘲笑うように化け物は真っ正面から飛び掛かっていった。矮躯の三倍は飛んだだろうかという大跳躍。盗賊の陣形に向かって少女が文字通り飛んでくる。上空の少女をいくつもの矢が、魔法が、投擲された槍が射貫く。蹂躙された少女の身から血が流れ落ち、地上に赤い雨を降らす。常人であれば死んでいただろう。矢と槍が隙間なく小さな体のあらゆる部分を蹂躙する。大剣を握る右手には矢が突き刺さり、体の中央からは槍の持ち手が生えていた。致命傷に見えた。その他かすり傷、刺し傷共に多数。それでも、ただ一人のものとは思えないほどの濃厚な殺気はいささかも衰えた様子はない。この化け物は死ぬその瞬間まで怯むことはないのだろう、と盗賊たちは思った。血反吐を吐きながらも少女は止まらない、止まれない。止まるには、諦めるには、百年を生きた少女の背負った使命と命は重すぎた。
「アアアアア!」
単に地面に武器を叩きつけるだけで、地響きが起きる。地響きに耐えられず膝をついたものから作業の如く首を刈り取られる。万全を期した盗賊たちの陣形はただの一撃で崩壊した。
いつの間にか最初に戦ってた騎士たちも少女と合流して戦っていた。すでに盗賊たちはほとんどが地に伏せている。鎧に身を包んだ男、ロジャースは盗賊団の長として最後まで化け物と剣を交えていた。経験と技術でなんとか切り結んでいたロジャースにも終わりが訪れる。少女の体の捻りを活かした横凪ぎの一閃は、男の剣を真っ二つにした。彼は根本からぽっきり折れてしまった剣を放りだし、両手を上げる。
「降参だよ化け物。お前は殺し合いに慣れすぎている」
「降参したから命を助けてくれと?」
少女が軽蔑した目を向けた。対する盗賊の首領の目は、死が目の前にあるとは思えないほどに、透明に透き通っていた。その顔は無心なようにも、安堵しているようにも見えた。
「違うよ。ただ、仲間たちを見逃してくれないかと君の良心に訴えている」
「良心なんてある相手に見えたか?」
「見えるよ。君は義務と責任に縛り付けられてしまった、元々は心優しい少女だ」
言った瞬間、盗賊団首領の首が宙に舞った。少女は何か気に障ったように不機嫌そうな表情のままに剣を収めた。首無しの死体を一瞥すると、駆け付けてきた騎士に話しかける。
「騎士様ですね?残党の処理はお願いしてもいいですか?」
「あ、ああ。任された」
先ほどまでとは別人のような穏やかな口調に動揺しながらも騎士は答えた。
「……どうして、最期まで悪党らしく死んでくれないんだ」
少女の呟きは誰にも届かない。また一つ、罪を重ねる。
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