第13話入浴!
入浴文化は少し前に王都に入ってきて以来、爆発的な人気を誇る一大コンテンツだ。貴族に広がった文化はいつの間にか庶民社会にまで浸透している。体を洗い、熱々の湯に浸かる。それだけの行為が至福の快感を齎す。一日の疲れを全て吹き飛ばしてしまうような破壊力が、浴槽にはある。
俺は逸る気持ちを必死に抑えながら、男風呂に一直線に歩いていった。
「メメちゃん!何やってるの!?君はこっちでしょう!?」
「あ、ああ、やめろカレン!助けろオスカァァ!拉致されるぅぅ!」
「いや、メメは女風呂に行ってよ……」
オスカーと一緒の風呂に入ろうとすると、カレンに女風呂に引きずられる。現実逃避気味に風呂へと向かったが、やはり俺は女風呂にしか入れないらしい。
「メメさん、ダメですよ。男はみんな狼なんですから。貴女みたいな可愛いらしい女の子が裸体を見せれば一瞬で貪られてしまいますわ」
「そうそう!メメちゃんはちょっと無防備すぎるよ。中身おじいちゃんのオスカーですらたまに私の胸に視線がいってるんだから!男はケダモノだと思わないと!」
俺だってちょっと前まで狼でケダモノだったので、それは十分わかっているつもりだが。そしてカレンがオスカーの視線に気づいていたという新事実を知った。結構ショックだ。
女の体となった俺の前で、カレンとオリヴィアが躊躇なく服を脱いでいく。更衣室には目を逸らす場所がない。どこを見ても肌の色。
「メメちゃん、早く脱いで!」
(当然だが)恥じらいもなくタオル一枚隔てて裸体のカレンがこちらに迫ってくるのを見るだけで顔のあたりがひどく熱い。僅かに目に入った彼女の鎖骨ですら、どこかなまめかしいものに見えてくる。
「いや、やっぱり止める!帰る!魔術で身を清める!」
「清浄魔術まで使える腕には感服いたしますが……観念してくださいませ。『風よ、彼の者を生まれたままの姿にせよ』」
「オリヴィアァァ!その魔術誰に教わったのか今すぐ俺に教えろお!ぶん殴ってくる!」
変態御用達の魔術を使ったオリヴィアによってひん剥かれた俺はなすすべもなく浴室に連行される。魔術に関わることは何でも吸収してしまうオリヴィアの無差別な学習能力に危ういものは感じていたが、これほどまでとは。
シャワーを浴びて、体の泡を洗い流す。手早く済ませた俺は、隣のカレンから逃げるようにそそくさと浴槽に向かおうとした。
「早いよメメちゃん!待って、ちょっとそこに座って」
「いやでも日頃から魔術で綺麗にしてるし……」
「それは羨ましいけど……でもそこに座って!髪はちゃんとケアしよう!綺麗な赤髪なのにもったいないよ」
カレンに無理やり座らされ、されるがままに髪を洗われる。正面の鏡は直視できなかった。人に髪を洗われるという未知の経験。むずかゆくて、でもひどく気持ち良かった。体を洗えば後は浴槽に浸かるだけだ。カレン、オリヴィアと一緒に熱湯に身を浸す。
「メメちゃんの腕ほっそ!どうやってあんな力出してるの?」
「やめろ、触るな。ヒャッ!」
カレンの何も纏っていない腕が伸びてきて、俺の二の腕を掴む。……抵抗できない。腕を弾くために彼女を直視したら、腕の付け根の傍、胸のほうに視線がいってしまいそうだ。むずかゆい感覚に変な声が出る。ムニムニと俺の腕を揉みながら、カレンはオリヴィアに話しかけていた。
「オリヴィアさんの肌綺麗だよね。きめ細かくて、真っ白」
「有難う御座います。今度お二方に私の使っている美容品を紹介して差し上げましょうか」
湧き上がる湯煙の中、美少女二人と入浴。少し前の俺なら血の涙を流して喜ぶところだっただろうが、今はその歓喜はない。ただ恥ずかしいだけだった。何か大事なものを失った気分だ。それはたぶん、下半身のモノと一緒に消え去ったのだろう。バレないように、二人の方を見る。
カレンのきめ細かい肌は健康的に日に焼けている。普段三つ編みにしている亜麻色の髪は、今は真っ直ぐに下ろされている。いつも快活な彼女だが、今は落ち着きのある大人の美人みたいに見えてドキッとする。そして健康的な肉付きの身体。彼女はたまに自分が太っていないか気にしていたが、一般的な基準に照らせば細いと言えるだろう。肉感のある肢体は男にとってとても魅力的だった。双丘はこうして見ると中々大きい。これから数年でさらに大きくなることを俺は知っている。
オリヴィアの方は流石の肌の白さだ。神秘的と言っても過言ではないその美しさは、何者にも踏み荒らされていない新雪を思わせる。金色の髪同様よく手入れされていることが窺える。貴族令嬢らしく美を追及している。体付きは全体的にスレンダーで、どこか猫を思わせるしなやかさを持っている。胸の膨らみはカレンに比べれば控えめだろうか。こちらも成長途中。ほっそりとした腰付きを見ていると、何だか男の頃の欲望が蘇ってくるような気がして目を逸らした。
最後に自分の体を見下ろす。折れそうなほど細い腕に華奢な体躯。胸のあたりにかなり控えめな膨らみがある。試しにフニフニと触ってみる。ワクワクも興奮もない。虚しくなるだけだった。やはり自分の体にこの膨らみがあることに違和感しかない。そして二人と見比べて分かったが、この体はかなり発育が悪いようだった。女の体、ということを差し引いても胸なら背丈やら小さすぎる。
「大丈夫だよメメちゃん!これから絶対大きくなるって!まだ心配するような時じゃない!」
「ちげえよ!全然心配してねえよ!」
浴室から出るとオリヴィアに口うるさく言われて、仕方がなく自分の髪を魔術で乾かす。ついでにカレンのも乾かしてやるとやけに嬉しそうだった。
女子二人の湯上り特有の色気に頬を赤くするオスカーと合流する。軽く今後の予定について擦り合わせを行って、各々が寝床に就く。俺の寝室は一人部屋だ。
「楽しそうでしたね。乙女になったメメさん?」
訂正、女神像の形をした無粋な男が一人この部屋に紛れ込んでいた。
「なんだ?楽しそうにしていた俺に文句を言いに来たのか?」
「そんな滅相もない。貴女が幸福そうで私も満足です。折角生き返らせたのに不幸せそうな顔で生きられるのも嫌ですから」
ジェーンの言葉は相変わらず俺の神経を逆なでするのが上手かった。相変わらず言葉に何の感情もこもっていないのが一層腹が立つ。
「恩着せがましいな。俺に釘でも差しに来たのか?幸福に浸って本懐を忘れたのではないかと?」
「悲観的ですねえ。何か勘違いしているようですが、私は貴女に魔王討伐を促す女神とは違いますよ。最初に会った時にも言いましたよね?余生を悠々自適に暮らしても良いと」
言われてみれば確かにそうだ。気づいて、ふと疑問に思う。そういえば、こいつは何が目的で俺と一緒にいるのだろうか、と。疑問に思ったが、ひとまず話しかけてきた要件を聞く。
「じゃあ何だってそんな嫌味ったらしく話しかけてきたんだ?」
「勇者殿が妙なことを言っていましたよね?女神との対話がなかったとか」
「ああ、そうだった」
勇者は人間として最も女神に近い存在。そんなことはありえないはずだ。
「私も色々考えてみました。あの発言から考え得る可能性は二つ。一つ目は勇者殿が嘘をついていること」
「まあ、ないだろうな。嘘を言っている顔じゃなかったし」
真顔で嘘を付ける人間ではないことはよくわかっている。俺も、カレンに嘘を付いてもいつもすぐにバレていた。
「もう一つはこの世界の女神の力が弱まっているということ」
「……そんなことあり得るのか?」
「貴女の百年以上生きた世界と、今貴女の見ている世界は酷似していますが、完全に同じというわけではありません。そもそもどこかで違う道を辿った歴史があるからこそ並行世界になっているわけですから」
その差異とやらで女神が力を失っているとすれば、かなりの痛手だ。女神の助けなしに魔王を打ち倒す必要がある。奴は頑なに直接世界に影響を及ぼそうとはしなかったが、時折俺に神託と称して助言を行ってきていた。魔物の位置や自然災害など人では知ることのできない情報のおかげでかなり有利に立ち回れていた。
それでも悲願には届かなかったのだ。魔王討伐がまた遠のいた気がして暗澹たる気分になる。日常が尊いものであることを思い出させられた今だからこそ、その絶望は胸の奥まで深く沈んでいった。
「だから、例えばこの世界で勇者が死ねば次なんてないかもしれませんね」
「……それはハードだな」
その可能性には思い至らなかった。しかし今の俺にはあまり関係ないことのような気がした。どのみち今の俺にはもう、この生しかないのだ。
「それからもう一つ、一応お伝えしようと。今から一か月後が、デニスの北東村襲撃の時期と推測されます」
「……もうそんな時期か」
「はい。もうそんな時期です」
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