第7話交流、ナンパ

 あの戦いの後、生存していた馬車の持ち主の貴族からは感謝状をしたためてもらった。本物の貴族の署名付きだ。しかるべきところに持っていけば金をもらえることになっている。盗賊団は王都から来た騎士に引き渡した。彼らがこれから生き延びられるのかは俺の知ることではない。しかし今すぐに殺すことは止めた。


 カレン、オスカーと一緒に首都まで向かうことになった。予想以上に血を失っていた俺は少し足元がふらついていたため、一緒にいた方がいいとカレンに押し切られてしまった。肩を貸すという提案を断り、自分の足で歩く。

 太股のあたりの矢の貫通した傷は治療せず放置していた。どうせ時間が立てば勝手に治るのだ。一歩踏み出すたびに痛む傷口から自分が勇者ではなくなったことを改めて実感させる。勇者の体ならば慣れれば痛みは自分の意志で遮断できた。内心カレンに気づかれるのではないかと思っていたが、杞憂だったようだ。彼女は隣にいる幼馴染と初めて遭遇した戦場について話し合っていた。


「オスカー凄かったね。敵をどんどんやっつけてさ」

「聖剣が想像以上の切れ味でさ。相手の得物も切れちゃうんだから、改めて勇者っていう肩書の凄さを実感したよ」

「あんなすごい武器があったら案外魔王ってやつもあっさり倒せちゃうんじゃない?」

「そうだといいなあ……」


 聖剣はこの世界に存在するほとんどの武器よりも硬くて鋭い。匹敵するとしたら太古の昔に神々が鍛えたと言われる伝説の武器か、魔王が叛逆神から授けられるとされる、魔剣くらいのものだろう。最高峰の肉体に最高峰の武器を備える。それが勇者という役割だ。そして、それらを以てしても倒せなかったのが後に当代最強と言われる十代目の魔王だ。


「お二人はどんな関係なんですか?」


 交流を図るために分かり切ったことを聞く。社交的なカレンは気軽に二人のこれまでを話してくれた。ずっと一緒だったこと。家が隣だったこと。輝かしい思い出の数々。


「それじゃあ二人は15年も一緒にいる幼馴染ってことですか」

「まあそうね。いやー、オスカーは昔から臆病で引っ込み思案だったからさ。私がいないと何にもできなくてさ」

「い、いやそれは本当に小っちゃい頃の話でしょ。僕だってもう15だよ?もうそんな子どもじゃないよ」

「えー本当に?でも15になっても結局一緒にいるじゃない?今だって」

「それはそうだけど。……そういうカレンも結構ダメなところもあるじゃないか。この前宿で寝てる僕を叩き起こしてトイレまでついてこさせたことを忘れたとは言わせないよ」

「ちょっと!初対面の人の前で何暴露してくれちゃってるの!?そんなこと言ってるとアンタの最新のおねしょの話するよ?」

「何年前の話だよ!それなら僕にもとっておきのエピソードが……」


 二人は実に楽しそうに言い争いを続けていた。俺としては複雑な気分だった。カレンがこんなに楽しそうにオスカーと会話をしている。彼女はこんなにも愉快そうにコロコロと表情を変え、楽しそうに笑っていたのだ。俺が気づこうとしなかっただけで俺が一緒にいたカレンもきっとそうだったのだ。失くしたものの大きさには気づくのはいつも失くした後だ。当たり前の時間も当たり前の関係も、ずっと享受していた信頼も。





 二人の会話が一段落したのを見計らって、二人のこれからの予定について尋ねる。俺としてはなんとかして二人の魔王討伐の道中に同行したい。未だ人生一周目らしい勇者では魔王は倒せないことは俺が良く分かっている。このままでは人類が滅びる。


「お二人とも王都に向かっているようですが、何か用があるのですか?」

「王様から王城に来るようにって招待されていてね。だから二人とも王都まではメメと一緒にいれるよ」

「それでは、お二人はこれから王城に向かうのですね」

「そんなにかしこまった喋り方をする必要はないよ。……正直田舎者が突然そんな煌びやかな所に行くのは不安なんだけど……」

「そうかな?まあ向こうから招待されたわけだし、あんまり緊張しなくてもいいんじゃないか……もし良かったら私も付いていこうか?」



 付いていこうか?なんて普通は軽く入れる王城ではないが、それが勇者の推薦となると話が変わってくる。勇者に付き従い、共に戦う者たちには、勇者と同じように大きな権利が認められる。


 歴史上の教訓から、勇者パーティーという名の少数精鋭の集団に多くの権利を認める今の制度に至っている。先々代の勇者の時には、各国が過干渉して勇者パーティーを作った結果、利権のために足を引っ張って魔王討伐が遅れたことがあったらしい。魔王やその幹部討伐の名誉は世界に認められるものであり、場合によっては一国の王になる大義にすらなり得る。


 その他の勇者の戦いの歴史を顧みても、少人数で魔王討伐に挑んだ方が上手くいく事が分かっている。勇者の身体能力は抜きんでているので、共に肩を並べられるような人材は限られるのだ。それゆえ現在、勇者に過干渉せずに支援だけすることが各国の間で暗黙の了解になっている。


 伝統的に勇者自身が勇者パーティーを招集して魔王討伐にあたることになっている。俺としては王との謁見に同席することをきっかけに勇者パーティーの一員として認められたいという思惑があった。王からそうと認識されれば簡単には俺を追い出すこともできなくなる。すべては魔王を殺すために。



 ふわふわした提案を受け入れてくれたカレンはついでにボロボロになった服の代わりまで買ってくれるらしい。そういえば勇者様の声が聞こえないと思い視線を向けると、バッチリ目が合った。オスカーは若干頬を赤らめながら目をそらした。


「……えっ気持ちわる」


 思わず声に出てしまった。二人には聞こえなかったらしい。内心が簡単にわかるのでとても気持ち悪い。同年代の女性がカレンしかいなかったから、女性への免疫がない。話すのも緊張するが、顔を眺めていたのが気づかれた。恥ずかしい。こんなところか。かつての自分の初々しさを改めて見せられるという拷問、そして自分自身に女性として見られているという気持ち悪さ。

お前は隣の大切な幼馴染だけ見ていれば良いのだ。目の前の男なのか女なのか分からない存在に目を向けている場合ではない。後ろで二人が楽しそうに話しているのに背を向けて、俺は王都への道を歩き続けた。





 王都パンヴァラは東西に広がるパンヴァナフ王国の中心に位置する、心臓部と言える重要な場所だ。政治の頂点である王城、そして最大宗教である女神教の総本山、中央教会が街の中に存在する。その他にも精鋭である近衛騎士団など、王国の戦力がここに集中している。周辺には整備された馬車道が広がり、各地に素早く戦力を送り込む用意が整っている。


 重要な施設ひしめくこの王都パンヴァラは人類の魔物たちとの戦争においての最終防衛ラインである。そもそもパンヴァナフ王国はその成り立ちから魔族との戦争に明け暮れてきた国だ。魔族の生存領域は大陸の北側、極寒の地だ。王国はそのすぐ下、大陸中央を東西に横切るエーギ山脈を隔てた南に位置している。魔王が攻め込んできた時に矢面に立つのは王国であり、そして歴史上最後には必ず勝利してきた。王都は千年近くに渡る歴史の中で一度も陥落したことのない要塞、だった。


 そのような関係から、パンヴァナフ王国は人間の国から攻め込まれることはあまりない。末端の土地を争う小競り合い程度だ。常時魔族との戦争状態とも言える王国の軍備は充実している。そして仮に王国の重要な都市を奪えたとしたら、今度は対魔族の戦いを負担することになるのだ。豊かな土地と進んだ産業を持つ王国だったが、侵略して富を奪おうとする国家はほとんど現れなかった。



 王都前、門番との軽い問答を終えて、正門から王都の中へと入る。王都は田舎の村などとは比べ物にならないほど活気にあふれている。どこを見ても人の姿が見える。田舎の村では見ることのできない光景だ。訪れた者は最初に商店などが軒を連ねる大通りに足を踏み入れることになる。


「北部産のとびっきり甘いリンゴ、誰か買わないかね~?」

「あそこの店は貴族様にも人気らしくて……」


 都会人たちは忙しい。道を歩く者たちはキビキビと自分の目的地へと向かう。ほとんどが顔の表情は明るく、自分のこれからの人生が幸福であることを信じて疑っていないようだった。二人は見たこともない喧騒に圧倒されている。放っておくと人混みに流されてはぐれてしまいそうだった。


「こっちだ。早くいこう」


 二人の手を取って、人混みをかき分ける。こればかりは慣れが必要だ。足早に俺たちの進行方向へ向かっている女の後ろにつけて、代わりに人混みを掻き分けてもらう。

 昼下がりの王都を歩いているのは主に買い物のために出てきている主婦たちだ。人が流れ続けている道の真ん中とは対照的に、端のほうでは所々で井戸端会議が開かれていた。記憶にある曲がり角を見つけて、大通りから外れると、服飾店に到着した。二人は慣れない人込みに揉まれて疲れたらしい。壁に背中を預けて休んでいた。


「フゥ……。すごいね、このあたりはよく来るの?」


 カレンが息を整えながら聞いてきた。俺はそれに、まあとかうんとか曖昧に答える。思えば自分の過去をどう説明したらいいのか分からなかった。首の後ろあたりを搔きながら、とりあえず適当に話題をそらす。


「服を一式なんてそれなりにするが、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫。村のみんなが旅費としてくれたお金がまだ残ってるから」


 そういえばそうだったか。あの村での生活のことはもはやよく覚えていない。体感で百年ほど前のことなのだ。両親の顔すらあやふやだ。今では村へ行ってもただぼんやりとした懐かしさのようなものを感じるだけだ。


「よし、休憩終わり!じゃあさっそく気合入れておめかししちゃおうか!」

「えっいや別にみすぼらしくなければいいんだけど……うわっ」


 俺の手を握って勢いよく飛び出した彼女の瞳は未知への期待にキラキラと輝いていた。店内には十代から二十代の若い女が多かった。ハリのある甲高い声が方々から聞こえる。その中にあってもカレンの溌剌とした声は俺の耳に良く届いた。


「これ!これとか似合いそう!」

「こんな感じの色合いならその綺麗な赤髪に似合うかも。どう?」

「見て見て、ちょっとエッチな下着!」

「これなんかどうだろう?」

「メメちゃん!君センスが男の子だよ!」


 身を着飾る装飾を選ぶ彼女はとても楽しそうで、疲れたからちょっと休ませてくれ、なんてとても言える雰囲気ではなかった。オスカーと同じく同年代の子どもと遊ぶ機会に恵まれなかった彼女は、同年代に見える俺と買い物するというシチュエーションをこの上なく楽しんでいるらしかった。水を差すのも悪い。俺はカレンに手を引かれるがままに店内をくまなく見て回った。



「どうして女の子の買い物はあんなに長いんだ?何着も試着するのは時間の無駄じゃないか」

「だって選んでいるときが一番楽しいじゃない。というか女の子に言われるとは思わなかった」


 そういえば俺も今は買い物が長い種族だった。普段着れる動きやすい服がいくらか、それと見栄えを重視した値の張るものがワンセット。これでひとまず勇者と一緒に王城に行っても門前払いされることはないだろう。お貴族様の服には遠く及ばないが、むしろ変に派手な服を着て行っても本物を知る彼らにバカにされるだけだ。


 ようやく服を選んで、オスカーと合流する。装いを改めたカレンに目を奪われているらしい。彼の初心な様子に彼女は満足げだ。自慢気に胸をはってオスカーに問いかける。


「何か感想はないのかな?」

「カレンのその服、良く似合ってるね。……なんていうかこういう時なんて言ったらいいか分からないけど、えっと、僕は好きだな」


 俯き気味に、首の後ろあたりをボリボリと搔きながら、オスカーはこっぱずかしい台詞を吐いた。見ている俺まで羞恥に襲われそうな初心な姿だ。自信満々の態度で笑っていたのに思わぬ一撃を食らったカレンまでも恥ずかしそうにしている。視線はオスカーと同じように相手の足元。所在なさげな指は自分の三つ編みを意味もなく弄っていた。


「えっ、それはあの……ありがとう」


 俺もカレンの珍しいしおらしい姿を見れて満足だ。オスカーが彼女の格好を好むのも当然だ。何せ俺の好みで選んだのだから。何年経っても好きな女の子の好きな恰好は変わらないことが証明された瞬間だった。



 微妙に気まずいような、甘酸っぱい雰囲気を醸し出し始めた二人を尻目に、そのまま王城へと向かおうと歩き出す。

 しかし大通りを少し歩くと、目の前から歩いてきた青年が突如声をかけてきた。軽薄な雰囲気で軽薄そうな話し方をしている。夜の歓楽街にいるような、王都のメイン通りには珍しい人種だ。


「あれ、可愛い子たちがいる。良かったちょっとお話していかない?最近できたカフェがすぐ近くにあるんだけど」


 田舎上がりで顔立ちの整ったカレンはこういった手合いに絡まれやすい。こういう男たちの手をはねのけるのは俺の役目だった。


「私たちはこれから行かなければならないところがある。どいてくれ」


 いつものように威圧する意味もこめて肩を軽く押そうとすると、突き出した手を掴まれる。振りほどくのは容易だろう。しかし今までに見たことのない意味不明な行動に困惑する。


「強気な子も嫌いじゃないよ?どう?一緒にお茶」

「……?お前は何を言っているんだ?」

「君だって結構可愛いじゃん。俺は好きだよ」


 ようやく目の前の男が言っていることが理解できた。これは俺が横で何度も目にしてきたイベント。

 そう、俺は今ナンパされているのだ。手首を掴まれて、お誘いを受けている。


「お前!声かける相手間違ってるぞ!?なんで目の前に純正の美少女がいるのにこんな中途半端な奴に声かけてんだ!お前の目は節穴か!?」


 男が目を白黒させている。わけのわからないキレ方をしているように映っただろう。しかし俺としては自分がナンパされるということは認めがたいことだった。


「いいか?これから大事なことを聞くから、その足りなそうな頭をちゃんと働かせて答えろよ?……俺とカレンだったらカレンを選ぶしかないよな!?」

「?えっと、君も可愛いから自信もっていいと思うよ」

「……おまええええ!!」


 俺は怒りに任せて拳を振り上げた。今すぐこいつの頭をぶっ叩いて今の言葉を撤回させなければ。俺が、可愛いなどという戯言を二度と言えないように矯正してやらなければ。


「い、行こうメメさん。この人に構う必要ないって」


 激昂し始めた俺を見かねてオスカーが俺の腕を取った。


「は、離せ馬鹿野郎!一回ぶったたけばこいつだってさっきの妄言を撤回する!一回ぶん殴らせろお!」


 彼に引きずられるように俺はその場を後にすることになった。



「ありえねえ……。あいつ女の形してれば何でもいいと思ってんのか……。有り得ないくらい可愛いだろ今のカレン。それを無視してあいつ……あいつ……言う事に欠いて俺に、かわ……可愛いとか……バカにしやがって!今度会ったらあの不良品の下半身の女センサーへし折ってやる!」


 しばらくみっともなく地団太を踏みながらわめいていたような気がする。百年を生きてもこんな経験はなかった。こんな屈辱は無かった。そしてさらに最悪なのは先ほどのような事態はまた起こりうるということだ。俺の男としてのアイデンティティのピンチだった。


「お、落ち着いて。えっと気にしないで!アタシはメメちゃんは可愛いっていいうよりカッコいいタイプだと思うよ!」

「え?ああ、うん。ありがとう?」


 なんとか慰めようとしてくれているカレンを見てようやく落ち着いた。今までになかったような感情の振れ方をしていた自分の心を、深呼吸して落ち着かせる。先ほどのアイデンティティを揺るがされた事態はひとまず頭の片隅に追いやることにした。

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