最終章 吹っ切れTS少女と神様気取りの魔王
82 祭りの朝
夢を見ないだけで、起床とはこんなにも快適なものだったのか。目はパッチリと開いていて、頭が冴えている。朝日を見ると、それだけでなんだか気分が高揚してくる気がする。
こんなにも晴れ晴れしい気持ちで朝を迎えることができるようになったのは、やはり彼女のおかげだ。
「メメちゃーん! おはよう!」
どんどんどんどん、と威勢のいいノックと共に、俺の名前が元気に呼ばれる。ああ、なんだかこの声を聞くだけで一日が始まったって気がするな。
「おはようカレン。そんなに焦らなくても起きてるよ。ちょっと待ってくれ」
「ちょっとメメちゃん、何吞気なこと言ってんの? 今日が何の日だか分かってる?」
カレンの声はいつも以上に元気が良くて、ワクワクしているようだった。
「ああ。今日は、創世祭だろ」
創世祭とは、大神がこの世界を創ったとされる、初春の日を祝う祭りのことだ。世界の始まりの日、天地創造の日とされていて、女神教の信仰される国では、盛大に祝われる。(女神教を信じるということは、大神を信じることと同義だ)
特にここ王都では、王城の権威を示すように大規模な祭りが催される。
大通りには今日限りの出店が並び、酒やジャンクフードが販売される。特に酒の需要は凄まじく、王都にいる成人のほとんどが酔っ払う、と冗談交じりに語られる。
加えてこの日のために王都に集まった大道芸人やサーカス団員たちが、浮かれる人々に芸を見せる。
創世祭の王都で芸を見せ、多数の観客を集めるのは芸に生きる者たちにとって一種のステータスらしい。王都には比較的裕福な平民が集まっているので、観客の目も肥えているそうだ。腕利きの芸者たちがこぞって芸を披露する様は壮観だ。
「そうだよ、創世祭! 早く行かないとお祭り終わっちゃうよ!」
「そんなすぐ終わらないって……」
カレンは田舎の村出身なので、見るのも初めてだろう。ドア越しでも、彼女のウキウキという熱気が伝わってくる。
俺は立ち上がると、着替えを掴みながらカレンに話しかけた。
「俺はいいから、オリヴィアを誘ってきたらどうだ?」
「オリヴィアは実家の方で顔を出さないといけないんだって。夕方には合流するってさ」
そうだった。貴族たちの方には、平民の祭りとは違う集まりがある。
確か、この日に地方の貴族を呼び寄せて、懇親会をするんだったか。
今までずっと戦いについてきてくれていたオリヴィアだが、この日には貴族子女としての勤めを果たさなければならないらしい。
けれど夕方には合流できるということは、貴族たちの夜の舞踏会には参加しないのだろう。
「じゃあオスカーは?」
「オスカーは……その、祭りの日に二人っきりとかなんか勘違いされそうじゃん。メメちゃんも一緒に来て」
ああ、そういうことか。
「照れくさいのか」
「……いや全く! ぜんぜんそんなことないけど!」
カレンの慌てた声を聞いていると、なんだか楽しくなってきた。
「なんだ。むしろカレンの方こそ準備を入念にしてきた方がいいんじゃないか。服は本当に今のでいいのか? 化粧は? 今日くらいいつもと違う感じにしてきたらどうだ? 俺がデートの邪魔か? 安心しろ。俺は途中ではぐれたふりして遠くで見てるから。協力は惜しまないぞ。俺はこれでも二人には感謝してるんだ。だからさ、カレン」
「な、なに?」
「──デート、成功させろよ?」
「うううう、うるさいよメメちゃん⁉」
ドアの向こうから、どたどた、という音がしてきた。俺はその音にニヤニヤしながら服を着替え始める。
「おいおいカレン、そういう可愛い声はオスカーに聞かせてやれ」
「メメちゃんなんか意地悪じゃない!?」
「ああ、もしかしたら俺も浮かれてるのかもな」
思えば、魔王を倒すことに憑かれていた時には、祭りなんてものうるさいだけで無益なものだと思っていた。浮かれた人々は昼間から酒に酔ってまともに動けなくなる。
騎士たちですら、一部の熱心な者を除いて飲み始めるのだから、王国の防備を考えている者としては、やってられないという気分だった。騎士団長のアストルも、祭りの期間中はいつもの五割増しで視線が鋭かった気がする。
支度を終えた俺は、ドアを開ける。すると、俺の視界にはいつもよりも可愛らしい恰好をしたカレンの姿があった。よく見ると、その顔には薄っすらと化粧が施してあるようだ。
ああ、心配するまでもなく彼女は今日を特別な日だと認識していたらしい。
「終わったぞカレン。じゃあ、意中のオスカーを誘いに行くか?」
俺がニヤニヤとしながらカレンに聞くと、彼女はちょっとだけムッとした表情をして言い返してきた。
「……そういう揶揄いばっかりしてくるの、メメちゃん女の子っぽいね」
「……」
カレンの手痛い反撃に、俺は口を噤んだ。
オスカーとは、いつもの食堂で落ち合った。
料理が運ばれてくるまでの間、オスカーはカレンの顔を見たり目を外したりを繰り返していた。その頬は、少しだけ紅潮している。
カレンもその様子を見て、なんだか挙動不審だ。多分、お互いに相手が何か言うのを待っている。
俺が咎めるような視線を送っていると、ようやくオスカーが口を開いた。
「カレンはなんだかいつもより綺麗だね」
ヨシ! よく言った!
俺はオスカーの勇気を心中で褒め称えた。
「あ、ありがとう……」
タジタジなカレンを見れただけでも、ここまで付いてきたかいがあったというものだ。二人の間には、沈黙が下りていた。気まずそうで、それよりも甘酸っぱい静けさだった。
俺は最後のパンを丸飲みすると、口をもごもごとさせながら席を立った。口を手で押さえながら発声する。
「じゃあ、俺は一人で出店を冷やかしてくるから」
「ちょっとメメちゃん!」
カレンが慌てたような様子で俺の肩を掴んだ。
なんだよ。二人のイチャイチャを邪魔しないように行動したつもりなのに。
「この雰囲気でアタシを置いていく気!?」
「もぐ……なんだよ、いい雰囲気だったじゃんか」
「どこが⁉ アタシもオスカーも、何言えばいいか分からなくて困ってるんだけど⁉」
「気にせず二人で回ってきなって」
俺は出口へと向かおうとしたが、カレンの手がさらに強く俺の肩を掴んだ。
「あ、アドバイスをちょうだい!」
「アドバイス?」
カレンの囁いた言葉に振り替える。
「そう、メメちゃんは元々オスカーだったわけでしょ? だから、どんなことを言えばいいのかとか、教えてほしいの」
「……別に、カレンの思うままに話せばいいと思うけど」
「それが分からなくなってるからお願いしてるの! ね、頼むよ」
そんな必死にお願いされたら、断る道理もないのだが。ただ、カレンが何を迷っているのか、いまいちわかりかねていた。
俺は、少しだけ彼女に踏み込むことにした。
「……オスカーと何かあったか?」
「あったというか……」
カレンが視線を彷徨わせる。その顔には、明るい彼女らしからぬ不安が広がっていた。俺は、長い間見てきた彼女の初めて見せる表情に、少しだけ動揺した。
そのままでしばらく待っていると、やがて彼女は勢いよく宣言した。
「とにかく、今日一日、メメちゃんは田舎者の私たちに王都の祭りを案内すること! ……ダメかな?」
「まあ、カレンがそう言うなら構わないけど……」
俺が肯定すると、オスカーも近寄って来た。
「僕からも頼むよ。僕一人じゃ、元気溌剌のカレンを制御できそうにないや」
「ちょっとオスカー! アタシのこと猛牛か何かだと思ってるの!?」
オスカーの遠慮ない言葉に反応するカレンの様子は、いつも通りに見える。
けれど、彼女が先ほど見せた、あの不安な表情はいったいなんだろうか。
「……まあ、聞けばいいことか」
いつかの過去とは違い、俺はカレンと良好な関係を築けている。きっと、今日一日付き合えば、彼女の見せた不安の正体も分かることだろう。
遠くからは、気の早い群衆の歓声が聞こえてくる。朝早くからご機嫌なようだ。俺は食堂から一足早く出ると、祭りの空気を吸うために大きく深呼吸をした。
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