EX 俺は男だ!
僕の幼馴染、カレンは意外と足が速い。小さい頃から僕と一緒に村の中を駆けまわって遊んでいたからだろう。
単純な速度で言えば流石に男には負けるかもしれない。でも、特にちょこまかと細かく方向転換しながら走るのが異様にうまい。すばしっこいと言えばいいだろうか。小さい頃二人で鬼ごっこした時には、木々の間をグルグルと回る彼女に翻弄されたものだ。
だから彼女は、多分狭い室内で追いかけっこすればそうそう負けることはない。例え相手が人外の身体能力を持っていたとしても、だ。
「ッ! カレ、ン! もういいだろ!」
「メメちゃんが諦めてくれればいいんだよ!」
どたどたと、騒がしい音がする。メメは息も絶え絶えでカレンから逃げていた。有り余る身体能力も、狭い室内では発揮しづらいらしい。宿の共用スペースは、彼女が全力を出せば色々なものを壊してしまうだろう。
一方追う側のカレン。すばしっこい動きで確実にメメとの距離を詰めている。足の早さでは敵わないはずのメメを追い詰めるその表情には余裕すら見える。
そしてその手には、何かひらひらとしたものを持っていた。
「捕まえ、た!」
「くっ……」
カレンがメメの両肩をしっかりと掴んだ。そのまま抱き着くようにして全身を拘束する。
メメはカレンに怪我させまいとしているのだろう。大した抵抗はせずに立ち止まった。けれど、代わりに元気に喚いて抵抗していた。
「カレン! その服は着ないって何回も言ってるだろ!?」
カレンの手に握られていたのは、白を基調としたワンピースだった。大きく開いた胸元。丈は短く、膝上ほどだろうか。所々に派手な色の装飾が施されている。
一言で言えば、とても女の子らしい服だった。
「なんでよ! 可愛いじゃん! ほら!」
頬を膨らますカレンは、メメの体にワンピースを当ててみせた。サイズはぴったりだ。
「可愛すぎるからだよ! 俺は男だって言ったよな!?」
「メメちゃんはメメちゃんだよ! 可愛いからこれ着て?」
「着ないって!」
メメの反論なんて少しも意に介していないように、カレンは着用を促した。平行線の二人の話し合いは、まだまだ続きそうだった。
僕はそれから意識を逸らすと、先ほどのカレンの言葉を思い出していた。
『メメちゃんはメメちゃんだよ!』
なんの疑いもなく、彼女は言った。メメの過去を一通り聞いた上で、カレンはそう断言してみせたのだ。別人だった過去なんて、今のメメには関係ない。彼女はそう割り切って、今まで通りに接している。
これは結構すごいことだと僕は思う。元々男だったなんて聞いたら少しくらい戸惑うと思う。カレンの素直さ、というか自分の信じたものを信じぬく力というものは、やっぱりすごい。
そんな彼女の態度も後押ししたのだろう。メメのカミングアウトの後でも、僕らは変わらず良好な関係を築くことができていた。
そんなことを考えているうちに、カレンとメメの口論は決着が付いたらしい。……というか、カレンが強引にメメの手を引っ張って連れて行っていた。
メメがこちらに助けを求めるような顔を向けてくる。
「あああああ! 見てないで助けろオスカー! ああ、俺は男だあああああああああ!」
メメの最後の主張は、可愛い衣装に夢中なカレンの耳には届いていないらしかった。
それにしても、仲良くカレンと口論していたメメに、あんな過去があるなんて思わなかった。
ずっと謎めいていた彼女の過去は、想像よりもずっと過酷で、壮大で、衝撃的だった。
けれど、話を聞いていれば、メメの謎めいていた部分は全部説明がつく気がした。その小さな体には似合わぬ強さと気迫も、どこから得たのか分からない知識をいくつも持っていることも、ときたま見せる、女の子とは思えないほどの無防備さも。
信じ難いことに、メメは僕自身だったのだと言う。正確には、僕が死んではやり直しを繰り返して百年以上経った姿、だったか。急にそんなこと言われても、実感はあまり湧かなかった。
でも、そんな衝撃的な事実も時間が経てば少しずつ納得できた。そして、そのことを隠していた彼女を、責める気はない。
けれど、僕はどうしても納得できないことがあった。
──君が僕自身だとしたら、僕が君という異性に感じていたドキドキとか、そういう感情をどう処理すればいいんだ!?
別に恋というほどに意識しているわけではなかった。ただ、可愛らしい見た目をした彼女を目で追って、少しの癒しを得ていた程度。
ああ、今日は機嫌良さそうだな、とか。美味しい物を食べている満足そうな顔が可愛いな、とか。
そういう日常的に感じていた僕の感情は、要するに自分自身を見ていた、ということらしい。
……いや、どういうことだ!?
僕はオスカーで、でもメメもオスカーで、メメは今は女の子で、でも前は男で……。
……分からない!
長い歴史の中で、僕と同じ悶々とした感情を抱いたことがある人がいたら、是非とも会って、悩みを共有したい。
可愛いな、とか思っていた女の子が実は自分自身で、男だったんだ、などと発覚した経験のある人は他にいないだろうか。……いないだろうな。
やがて、どたどたという騒がしい足音が帰ってくる。
カレンの普段の三割増しで元気な声が、僕の耳に入ってきた。
「オスカー! 見て見て!」
「やめろ見るな! くっ、殺せえええええ!」
髪と同じくらい顔を真っ赤にして僕の前に現れたのは、白いワンピースを着こなしたメメだった。
体が小さい彼女には、幼さとか純粋さを想起させるこのワンピースはとても似合っているように見えた。……性格との乖離はともかく。
鎖骨のあたりが露出したデザインだ。細い首に、小さな肩。細い体にフィットするように、白い布地が彼女をふんわりと覆っている。丈は短く、膝上程度か。健康的な膝小僧が顔を出している。
……可愛い。
……ハッ! 違う。彼女は男。彼女は僕。彼女は男。彼女は僕。
僕が思考を混乱させていると、後ろから出てきたカレンが誇らしげに胸を張った。
「どうよオスカー。私のコーディネート力は?」
……悔しいが、これは。
「いいね!」
「やめろ恥ずかしい! お前に言われると一番恥ずかしい! うわあ、なんだこの感情、鳥肌がすごい!」
メメは新しいタイプの羞恥に悶えているようだった。
なんだかメメが表情豊かに話しているのを見るのも久しぶりな話がして、僕は少しだけ嬉しくなった。
カレンは僕に見せて満足したのか、着飾ったメメの手を引いて外へと出かけて行った。……その時のメメの顔は、あらゆることを悟ったような諦め顔だった。
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