72 前へと進む少年少女
勇者パーティーの面々は、出来る限り夕食はみんな揃って取る。そんな慣習は、彼らが集結してから自然と決まり、ずっと守られてきた暗黙の了解だった。
「メメちゃん、今日も来ないね」
「うん。疲れてたみたいだから、もう寝たんじゃないかな」
食卓についたカレンが言うと、オスカーが苦笑いをして返した。それを聞いたオリヴィアは、少しだけ眉を下げて下を向いた。
テーブルの上には、四人分の食事が置いてあった。三人の前に置かれた食事と、もう一人分。今ここにはいない、メメの分だった。彼女は自分の分の食事は要らないと他の面々に伝えていたが、彼らは頑なに彼女の分を用意していた。
「ジェーンさんが死んでから、ずっとこうですのね」
オリヴィアが悲し気に言う。原因がはっきりしているだけに、歯がゆい思いだった。
ジェーンが死んだ。それは勇者パーティー全員にとって、大きな出来事だった。
このパーティーで唯一の年長者で、優れた魔法使いだった彼の死。オスカーもカレンもオリヴィアも、衝撃を受けた。そして何よりも、悲しかった。
けれど、自分たちが受けた衝撃は、メメに比べれば大したことないのだろうと思えた。
メメとジェーンの二人の間に簡単に言い表せないような深い絆があることは、三人とも感じていた。それは家族のようだったかもしれないし、恋人のようだったかもしれない。
あるいは、一番の理解者と言っても良かったかもしれない。
何か三人には知りえないような特別なものがあることを、薄々と感じていた。
「……まあ、三人だけでも、ひとまず食べようよ。……いただきます」
食事を始めてしばらく、会話はなかった。全員が黙って食事を進める時間は、やけに長く感じられた。
全員の食器の中身が半分ほどになった頃、オリヴィアが口を開いた。
「……そういえば、今日も騎士の方々に感謝をいただきました。オスカーさんのおかげで命を救われたと、とても嬉しそうでしたわ」
「そっか。それなら僕も、戦っているかいがあるね」
オスカーは心から嬉しそうに、ほほ笑んだ。その返答を聞いたオリヴィアは、少し安堵した。
やはり彼は、勇者の器のある人間だ。オスカーの笑顔を見て、オリヴィアは確信する。
人のために戦い、人のことを思える。ただ敵を打ち倒すだけでなく、人類の希望そのものとなる、勇者。
彼のような人格者なら、その役目を果たすことができるだろう。
カレンも似たような想いを抱いたのだろう。しみじみと、オスカーの成長を讃えた。
「オスカーもすっかり逞しくなっちゃったよね。メメちゃんの後ろをおっかなびっくり付いていってた昔が嘘みたい」
「そ、そんなに僕情けなかったかな……」
「まあ、あながち間違いでもありませんね。聖剣に振り回されて尻もちをついていたこと、私はよく覚えております」
「女性陣はみんな僕に厳しいよね……。勇者ってもっとチヤホヤされるものじゃないのかな……?」
美人の幼馴染に好かれているのだから、十分ではないか。オリヴィアはしょんぼりとするオスカーを眺めながらそう思った。
「しかし、実際オスカーさんがもうメメさんの助けを必要としなくなりつつある、というのは少し気がかりですわね」
「……僕はいつでもメメのことを頼もしく思ってるけど……どういう意味?」
オスカーが訝しむ。オリヴィアは、真剣な表情で言葉を続けた。
「メメさんは、オスカーさんを導くという自分の役目が終わったと思っているのではないでしょうか。──つまり、ジェーンさんの死に続いて、メメさんが死なずにいる理由がまた一つなくなった、というわけです」
「随分怖い言葉を使うね。……メメちゃんが死にたがっているってこと?」
「ええ、おそらく」
おそらく、という言葉を使ったが、オリヴィアはそれを確信しているようだった。
オリヴィアが出会ったばかりの頃は、戦いの経験も乏しく、剣士としても魔術師としても未熟だったオスカー。かつての彼は、体が強いだけのただの村人だった。
しかし今では彼は、立派な勇者だ。それは彼がひたむきに努力してきた結果が実ったと言えよう。
メメから剣術を学んだ。決して優しいとは言えない彼女の指導に、必死で食らいついていた。何度地を舐めようと立ち上がる姿を、オリヴィアはよく覚えている。
魔術について、オリヴィアから学んだ。無学な平民だった彼は最初は勉強に苦労していたが、勘を掴むとどんどんと上達していった。オリヴィア自身も、一生懸命なオスカーに魔術を教えるのは楽しかった。
「オスカーさんがメメさんから学んだのは剣の扱い方だけではない。そうですよね?」
「そうだね。戦いへの心構えとか、勇者のあるべき姿とか、もっと根本的なことを彼女の背中は教えてくれた気がするよ」
教えてくれた、とオスカーは過去形で話した。
それはつまり、彼はもうメメの教えから羽ばたきつつあるということだろう。オリヴィアは推測する。
オリヴィアは説明を続ける。仲間たちに、メメがどういう状況にあるのか知ってほしいから。どうすれば彼女を救えるのか、一緒に考えて欲しいから。
「例えば、死に向かって進み続けるメメさんを現世に繋ぎとめる鎖があったとしましょう。ここで言う鎖とは、人との関係性のことです。しがらみと言ってもいいかもしれません。例えば、オスカーさんに必要とされているという鎖。ジェーンさんとの絆という鎖。そんな大事なものがなくなった結果、メメさんは一層死へと突き進もうとするのではないでしょうか」
「今生きている僕たちとの絆っていう鎖だけでは、メメは踏みとどまってはくれないのかな」
オスカーは真剣な表情で問いかけた。
「きっとメメさんにとって死の引力が強すぎるというだけです。私たちが絆を紡げなかったわけではないと、私は確信しています」
だからこそ、歯がゆい。彼女を繋ぎとめる鎖となることができなかったことが。彼女が自分を大切にする理由となれなかったことが。
「……それじゃあ、アタシたちには何ができるのかな」
カレンの言葉も真剣だった。だからオリヴィアも、気休めではなく真剣に答える。
「……今の彼女の様子では、私たちから何か語っても無駄でしょう。彼女が自分で変わるのを待つか。私たちが彼女に離れず付いていき、彼女を守るか」
そこまで言ってから、オリヴィアは少し声音を変えた。高々と、彼女は一番言いたいことを言ってのける。
「──もしくは、彼女が死んでしまう可能性のあるこの戦争をさっさと終わらせてしまう、なんていうのはどうですの?」
彼女は笑いながらそう言った。沈痛な顔をしていたオスカーとカレンは、その言葉を聞き、ハッとしたような顔をした。
「──いいね。一番単純で、分かりやすい」
オスカーは、獰猛に笑った。その表情を見たカレンも、笑みを浮かべる。
重い空気に包まれていた食卓が、少しだけ明るい雰囲気になった。
二人の様子を見ていたオリヴィアは、改めて自分の発言が正しかったことを悟った。
そうだ。難しく考える必要なんてない。全部終わらせてしまえばいい。彼女が死んでしまうリスクを排した後で、ゆっくりと彼女の気持ちを紐解けばいい。戦いの後ならば時間なんていくらでもあるのだから。
そうして、少年少女は前を向いた。解決を未来の自分たちに託して、今できることをする。前向きで、希望に溢れていて、未来志向な考え方だった。
では、失敗続きの少女は。過去の死に囚われ、己の罪の重さに呻き、復讐を志す少女は、いったいどこへ向かっているのだろう。
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