TS少女の贖罪~女になった逆行元勇者は、勇者パーティーの一員として死に物狂いで戦う~
恥谷きゆう
すれっからしのTS少女と美食家気取りのオーク
第1話終わりある命のはじまり
勇者、という大それた肩書を与えられてからもう百年以上が経つ。それでも俺の肉体は二十歳すら超えていない。
勇者の魂は悲願である魔王討伐に失敗するたびに過去へと戻される。何度だって、俺の成功も、失敗も、築いた絆も全て忘れ去った人々のところに戻される。
俺は百年を生きているのではなく、百年ほど似たような失敗の人生を歩み続けている。
これからもそうなのだろうと漠然と諦めていた。しかし、変化はいつも唐突だ。ある日から、俺は女になった。
血をその場に大量にぶちまけたような濃厚な死の匂い。剣戟と何かの爆発音。眼前に広がるのは命を浪費する醜い争い。
平和な街並みを形成していた石畳が、住宅の外壁が、血の嵐に晒されて朱に染まっていく。
人類と、魔物の軍隊である魔王軍との戦争は佳境を迎えていた。街中に転がるのはほとんどが人間の死体。
今日のために急遽編成された王都防衛軍は、王国に残存する兵力のほとんどを集結させた決死隊だった。しかしそのほとんどが地に伏せ、二度と動かない。生き残りの貴族も、徴兵されてきた農民も、皆等しく物言わぬ屍になっていく。
元より人ではない魔物達にとって殺す相手の肩書など関係ない。前線にいる奴らは人類を滅亡させるつもりで戦争をしているのだから。深紅の徒花が咲くたびに王都防衛軍には陰鬱な空気が漂う。
しかし俺だけは絶望するわけには、諦めるわけにはいかない。まだ人類は負けてはいない。まだ希望たる勇者はここで戦っている。
「オオオ!!」
己を鼓舞するように雄たけびを上げ、目の前の獣を一刀両断する。幾度も血潮を浴びてなお神々しい光を放つ聖剣は、屈強な体を持つ人狼種の魔物の肉体をバターのように切り裂いた。
「まだ!負けていない!今一度人の誇りを見せろ!」
俺の後ろで委縮している騎士や兵士たちにがなり立てる。劣勢に立たされている彼らはみな一様に顔色が悪い。
「そうだ!勇者様がまだここで戦っていらっしゃる!俺たちも戦うぞ!おい、行くぞお前ら!」
甲冑に身を包んだ男が呼応するように叫ぶ。触発された数十人が、決死の表情で再び異形の群れに突撃する。魔物の元に辿り着くまでに数人に矢が突き刺さり、こと切れていた。きっと彼ら全員、命は長くないだろう。
勇敢な者から死ぬ。いや、俺が殺したようなものだ。
また、俺は罪を重ねた。仲間を死地へと送り込み殺し、それ以上の数の敵を殺す。しかし、敵はこちらより圧倒的多数だ。
どちらにせよここで負ければ未来はない。後退はもはやあり得ない。王都が落ちればほとんどの国が魔王軍の射程内だ。ここで負ければ人類の敗北は決まったも同然なのだ。
負ければ絶滅するか、惨めな奴隷として支配されるかのどちらかだ。
再び、剣を振るい血路を開く。まだだ。頭脳である魔王さえ殺せばこんなものはしょせん烏合の衆だ。だから俺が、勇者に選ばれた俺が今度こそ、あいつを殺さなければ。
魔王はそう離れたところにはいない。奴の居場所は聖剣が教えてくれている。この軍勢を抜ければすぐだ。
眼前の魔王軍の威容を睨み付ける。巨人種などの巨体の魔物たちが並んでいる様は壮観だ。魔王はそのすぐ後ろ、あえて俺の手が届きそうなところに陣取っている。
俺を苦しめるために。俺が自分のせいで負けたのだと絶望するために。
それでも、俺は魔王のところまでなんとしても辿りついてみせる。少しでも自分を守る肉の壁を増やすために聖剣を高々と掲げ、怒鳴る。
「我こそは英雄たらんと思うものは俺に続け!魔王を討ち、この戦いを終わらせる!……グッ」
駆け出した左足の踵に矢。背後から放たれたそれは致命的なタイミングで俺の足を止めた。
ひるんだ俺の目の前にはパワー特化の巨人族。振り下ろされた無骨な造りの大剣は勇者の加護を貫き、俺の頭蓋骨を破壊し、鼻のあたりまでめり込んだ。
肉体の再生が間に合わない。致命傷だった。
意識が混濁する。なすすべもなく、とどめに首を撥ねられる。宙を舞う首から、最期の景色を数秒見る。
回転する視界は真ん中のあたりがひび割れたガラスのようにゆがんでいた。それでもはっきり捉えられた。絶望する人々の顔と、俺を射抜いた射手の顔。そいつはまごうことなき人間で、王城の近衛騎士だった。
何度目か分からない絶望と共に悟る。やはり、王城は、王国の最後の砦はまた人を裏切ったらしい。遠くに聞こえる魔物達の勝鬨が遠ざかっていって、俺は死を迎えた。
そしてまた、いつもと同じように俺の人生は始まる。そのはずだった。
生きる、ということは罪を重ねることと同義だ、と俺は思う。罪、という言葉が少々固すぎるなら、失敗や失望に置き換えても良い。生きているだけでそれらは積み重なり、俺の心を罪悪感で苛み続ける。俺は罪を重ね続けながら、罪から解放される方法を探し続けている。
どうするべきか。謝罪して赦してもらう?それは正しい。正しすぎるくらいだ。では、謝罪するべき相手とは二度と言葉を交わせないとしたら?
罪を、失くしてしまったものを償う?それも正しい。では、罪が償いきれないほど大きかったら?
罪に対する罰を受ける?それもまあ正しい。では、罪を誰も覚えておらず、誰も罰を与えてくれないとしたら?
屁理屈ではない。俺のことだ。
「ひどい死に様だった」
誰に言うのでもなく、ポツリと呟いて上体を起こす。喉の調子が悪いのか声に違和感があった。戦場のど真ん中で死んだはずの俺は、どこかの森の中に横たわっていた。
これが俺の人生。死は終わりではなく、新たな人生の始まりだ。何度でも俺は十五歳の春に帰ってくる。そうしてまた、絶滅的な戦いを強いられるのだろう。
直前の戦いを顧みる。混戦の中、王城からの刺客に踵を撃ち抜かれた俺は致命的な隙を晒して敗北した。
人類の脅威である魔王に唯一対抗できる勇者はあそこで死んだ。あとはもう、人類は緩やかに滅んでいくだけだろう。改めて本当に守る価値があるのか疑問に思える連中だ。
とはいえその行動にも道理はあるのだろう。合戦の少し前、俺は自分の国の王の首を撥ねた。
そして、血塗れの玉座の上で、青ざめる王国の重鎮たちに向かって宣言した。
「これよりこの国は俺のものだ。俺に従わない奴はこの愚王と同じ姿になるだろう」
勇者なのか魔王なのか分からない。王国の人達は俺の気が狂ったと思っただろう。
しかし俺としては未来を知っているが故の合理的な行動だった。
王は絶対に魔王軍との取引に応じて、俺の邪魔をしてくる。国を売ろうとするのだ。
王が魔王に持ち掛けられる停戦協定とはそういうものだ。王国を譲り渡す代わりに王を含めた数人の命を助ける。そういう取引だ。何回繰り返してもそうだったのだから間違いない。
だから先んじて国を取り、国を俺の思い通りに動かす必要があった。王都の防衛線に人類軍の総戦力を集結させる必要があったのだ。
王都防衛の戦力をかき集めることはできた。しかし、一人で一国の軍に匹敵する戦力と目される勇者が気狂いであるなど、人類にとっては悪夢以外の何物でもなかったのだろう。
王不在の中、勇者の暗殺という重大な決断が下されたようだ。それまでの王城の政策決定までの愚鈍さが嘘だったかのようだ。
今回の顛末から分かったことは、王国は王不在であっても、勇者を殺して魔王に停戦協定を求める腰抜けであるということだろうか。
また一つ俺は学習した。今度は宰相でも殺せば良いだろうか。本当にクソッタレの世界だ。
「まあ変わらん過去を嘆いても仕方ない」
回想を終えて、自分に言い聞かせるように呟いて、腰を上げた。そこでようやく気付いた。
百年以上慣れ親しんだはずの体の重心に違和感がある。見下ろすと、そこには男性にはあるはずのない膨らみがあった。胸のあたりに2つ。そこで思考が真っ白になりかける。
落ち着け俺。お前は百年もの時を戦いに費やした歴戦の勇者ではないか。落ち着いて、今するべきことをするんだ。
俺は恐る恐る股間に手を伸ばした。ない。あるべきものが、男には生まれたときから備わっているものが、ない。
「ハアアァ!!!?」
森の中に甲高い少女の悲鳴が響き渡った。俺の女としての生が始まった、その日のことだった。
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