81 これまでの話、これからの話
戦いは一応の終わりを迎えた。
やはりヤカテ平原に展開していた魔王軍の指揮を執っていたのは、ロゼッタだったようだ。ロゼッタが死んだ後の魔王軍は秩序を失い、やがて散り散りになって逃走を始めた。
終始優勢で戦いを進めていた騎士たちには、目立った損害はない。……本当に、俺が繰り返してきたどの歴史よりも魔王討伐が近づいているのを感じる。
そして苦戦を強いられ少なくない傷を負った勇者パーティーだったが、今度は誰一人欠けることなく戦いを終えることができた。
そのことが、俺は何よりも嬉しかった。
ロゼッタとの激しい戦いで受けた傷が完治した頃、勇者パーティーの面々は、俺の部屋に集っていた。
「メメが自室にみんなを招くなんて珍しいね。どうしたの?」
オスカーの不思議そうな顔も当然だ。今までの俺なら、自分から進んで彼らを招き入れることなんてなかっただろう。
きっと、俺は無意識に彼らと壁を作っていたのだ。自己の深いところまで話すことを避け、本心を語ることを恐れていた。どんなところから自分の過去の話になるか分からないからだ。
でも、そんな日々ももう終わりだ。
「ああ。みんなに聞いて欲しい話があるんだ。ロゼッタの言ったこと。俺の過去についてだ」
俺が人生をやり直していたこと。俺が罪のない人を殺したこと。それらを聞いた仲間たちは、少なくない衝撃を受けたはずだ。
「……無理して言わなくてもいいんだよ」
オスカーは、躊躇いがちに俺を気遣った。カレンもオリヴィアも、少しだけ首を縦に振った。ああ、本当に優しい仲間たちだ。
「いいや、話す。これは俺のためなんだ」
「……そっか」
きっと俺は、今ここで俺の過去を話さなければ、胸を張ってみんなの仲間だと言うことができない。
大きく息を吸って、俺は話を始めた。
「──俺はかつて、オスカーという名の勇者だった」
仲間たちが大きく目を開くのが見えた。けれど俺には、拒否されることへと恐怖はもうなかった。
話にはかなりの時間がかかった。当然だ。俺の長い人生なんて、簡単に言い表せるものじゃない。俺にとって重要なことをかいつまんで話しても、なかなか終わらない。
でも仲間たちは、ずっと真剣な表情で聞いてくれた。
自分がオスカーという名の勇者だったこと。女神の手によって何度も人生をやり直していたこと。色々な経験を積んで、少しずつ強くなっていったこと。みんなとも交流していたこと。それでも勝てなくて、みんなを死なせていたこと。
過去ばかり気にするようになったこと。罪を償うことばかり考えるようになったこと。手段を選ばずに魔王討伐を目指し、時には人間すら手にかけたこと。
百年以上経った頃、ジェーンの手によってこの世界に女として転送されたこと。みんなと出会ったこと。素性を隠して戦っていたこと。ロゼッタの魔法で精神的に追い詰められ、今度こそ死ぬと思ったこと。そんなところを、かつて恋人だったオリヴィアに救われたこと。
話し終える頃には、俺の喉はカラカラだった。
「……よく、話してくれたね」
最初に口を開いたのは、カレンだった。
「きっととても勇気のいることだったんだと思う。だって、時間遡行も命の蘇りも禁じられたことだもんね」
時間遡行や蘇生を禁じる三禁を破ることは、人間の間で忌避感が強い。正直なところ、俺は今すぐに石を投げつけられてもおかしくないくらいだ。
特に忌避感の強そうだった、敬虔な信徒であるカレンは落ち着いた様子で話した。
「メメちゃんがそのことを真剣に考えていて、負い目に思ってたことはよくわかったよ。だから私はそれを否定したりしない」
カレンの言葉には、ただ盲目的に女神の言葉に従う信徒というだけではない、彼女自身の意思が籠っていた。
「だって、メメちゃんはあんなに頑張っていたんだもん。きっと、昔だって同じくらい頑張っていたんでしょ? だから、メメちゃんが否定される理由なんて、どこにもない」
ああ、良かった。
強い意志の籠った瞳で話す彼女は、やっぱり俺が幼い頃に焦がれたカレンだった。
突然、俺の体は優しい温かさに包まれた。優しい顔をしたカレンが、俺の体に抱き着いてきていた。
「よく、今まで一人で戦っていきたね」
涙声で、カレンは俺の耳元で囁いた。その温もりに、俺は呆然とした。どうして、君が泣くんだ。
カレンは、俺の受けた苦しみを自分も味わったような顔で、涙を流した。
ああ、本当に、優しい女の子だ。つられて俺の目頭も僅かに熱くなってしまったではないか。
そっと彼女の背に手を伸ばし、恐る恐る抱きしめる。
黙ってその様子を眺めていたオスカーが、口を開いた。
「僕は、メメの言ったことは、正直実感はあまり湧かない。君が元々僕で、百年生きたなんて、言葉の意味は分かっても、それがどういうことなのか完全に理解するには、もう少し時間が掛かると思う」
オスカーの言葉に、俺は黙って頷いた。当然の反応だろう。すぐに理解されるとは、俺も思っていない。
「でも、少し納得はできたよ。ああ、僕が君に感じていた不思議な親近感は、こういうことだったんだって」
「同族嫌悪に陥らなかったか?」
「君じゃないんだから、そんなこと思わないよ」
オスカーは苦笑しながら言った。俺の彼に対する自己嫌悪に似た同族嫌悪なんて、お見通しだったらしい。
それっきり、オスカーは黙り込んでしまった。きっと彼なりに今聞いた話を整理しているのだろう。もう一人の自分が目の前にいるなんて事実、簡単に理解できるとは思わない。
「メメさん」
「……なんだ?」
静かに呼びかけてきたオリヴィアの表情は硬かった。
「あなたの恋人だった私に、あなたは救われた気がしたとおっしゃいましたね」
「ああ」
「その人のことが、私ではない私のことが、今でも忘れられませんか?」
「ああ。きっと、忘れることはない。それだけ、俺は彼女に救われたんだ」
彼女が生きていた頃も、彼女が死んでからも、俺は彼女に救われた。
「それは、あなたがまだ過去に囚われている証拠ではないのですか? あなたは未だに自らの過去に、そして罪に囚われているのではないですか?」
オリヴィアの真剣な表情は、俺のことを真摯に案じているようだった。ああ、いつ会っても、どの時間のオリヴィアも、鋭くて、優しいな。
「そうかもしれない。そもそも、俺が過去を完全に忘れるなんて、不可能だ」
多分俺は、死ぬまでこの記憶を忘れることはできない。仲間を殺したことを。無辜の民を死なせてしまったことを。心ある魔族を倒したことを。
「でも、もう囚われない。必要以上に、気にしない」
「そう、ですか」
オリヴィアの目を見て断言してみせると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
「そして、俺が本当の意味で過去に囚われずに未来に生きるために、みんなに頼みたいことがある」
「何?」
「魔王を、俺の百年の因縁の相手を、倒して欲しい」
「任せてよ」
俺の身勝手な願いにも、オスカーは笑って応えてくれた。
「でも、どうやって?」
「ああ。──もうすぐ、最大の好機が訪れる」
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