第40話 ASUKA vs NARUMI②
一ヶ月前の松江のゲームセンター。
ぽかーんと口を開けて、鳴海は画面の前に立っていた。一列に並んだたくさんのプッシュノーツが上から下へ降りていく。
そのまま、クリア失敗の画面に移り変わった。
NARUMI 71268
連打のノーツを見送った鳴海は、絶望的にスコアの低いリザルトを見て、ため息をついた。唄江が、心配そうに聴いてくる。
「鳴海この曲嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
鳴海は慌てて両手を振り否定する。
「LayLaの曲だし、意外性があるし。嫌いじゃない」
明日花にも、この曲は好きになれそう、と言ったのだ。でも、唄江は容赦なかった。
「リトフラは大好きって言うよね」
「うっ……」
じっと覗き込んでくる大きな丸い目に、鳴海は観念した。唄江に、嘘はつけなさそうだ。
「連打は苦手なんだよね」
目をそらしながらぽつりと言う。
「譜面は、連打は、あんまりLayLaにあってないと思う。LayLaはもっとパラパラした感じの譜面だと思って、あと、なんか曲もLayLaっぽくなくてっ」
「うんっ」
一生懸命に話す鳴海に、唄江はにこにこしている。
「どうしたの?」
「鳴海は、この曲と仲良くなれる気がする」
「そうかなあ」
「だって、またやろうとしてるもん」
鳴海は、そう言われて、また選曲のカーソルがパピヨン・ウイングスに乗っていることに気づいた。
「苦手なんだけど、すごく気になるんだ。なんでだろ」
好きなアーティストの、イメージに合わない曲で、厄介な癖の強い譜面だった。わくわくして解禁したのに、苦手意識を持った。
だけど、もう一回プレイしてみたい。そう思ってしまう。
克服しなければ、そういうふうに感じているのだろうか。
唄江が、鳴海の手に手を重ねて、決定ボタンを押した。
「やろ!」
「あっ」
「プレイするのが一番いいよ、鳴海の納得いくまで!」
考えているうちに、曲が始まる。
鳴海は構えた。
「……うたちゃん。ありがと」
鳴海は前に向いた。ふたたび、六十四個のノーツが縦に並んで降ってくる。やはり追いつけなかったけど、もう手は止めなかった。
何かを変えたい。それは確かだ。
ぴったりはまるところまで、続けよう。やはり鳴海はそう思った。
難所が来た。ノーツが、縦一列に何十個も連なっている。それに加えて、左右のスワイプモニタに蛾を模した線が交互に現れる。
まともに押したのでは、途中でリズムが早まったり、遅れたりするだろう。だから連打の途中で、鳴海は手を入れ替える。十六個、つまり、一小節ごとに、左と右の手を入れ替える。それを機に、リズムを取り直す。
同じことを続けるのは難しい。なら、自分なりに変化をつけていくだけだ。
明日花の連打は、途中で少しタイミングが遅れた。
鳴海はリズムを崩さないまま、最後まで何とか押し切った。
ASUKA 23549
NARUMI 24036
イントロが終わり、 LayLaの透明な声が郷愁のメロディを歌い始めた。
「やった。鳴海、奇襲成功!」
客席の唄江はガッツポーズをする。響姫は、自分の手柄とばかりに涼しい顔で扇ぐ。
「あの子、こっそり練習していたかいがあったわね」
この曲には、リトルバタフライと同様、イントロとアウトロの終わりに難所がある。今の連打と同じものが、最後にまたやってくるのだ。現時点で五百点の差がついているから、もう一度同じ差を作れれば、一千点のビハインドを覆して出雲の勝利となる。
解禁した時、鳴海はこれを苦手としていた。テクニカルなプレイを得意とする鳴海にとって、連打は完全に専門外だったからだ。しかし、彼女は何度もこの曲を練習していた。
鳴海はパピヨン・ウイングスに執心する理由を二人には話さなかった。決勝で明日花にぶつけるため――もあるかもしれないが。
「鳴海がLayLaの曲を苦手のままにしておくはずがないもん」
唄江は両手を腰に当てて、えへんと鼻を鳴らした。
「なんであなたが誇らしげなのよ」
「うたは」
「鳴海の保護者だもの」
「あ、言わないでよ」
「ふふふ、あなたの発言は大体読めるようになったわよ」
響姫はふわりと扇をあおぎながらも、しかし、神妙な表情をしている。
「でも、明日花がこのままで終わるとは思えないわ」
「響姫、フラグ立てるのはやめてよ」
唄江は口をとがらせる。
「わかるでしょ。奇襲だけで倒せる相手じゃないことくらい」
「うん……」
唄江も観念して、不服そうにうなずいた。
明日花はイントロの連打でこそ鳴海に出遅れたが、呉工としては依然五百点のリードだ。ボーカルパートに入ってからは簡単な譜面が続き、二人ともほとんど最高のS判定を取っているため、差が縮まることはない。膠着状態だ。
動きがあるとすればサビ前のプッシュとスワイプが混じった難所だろう。プッシュノーツが多い部分にスワイプが少しだけ混じり、すべてに対処するのは非常に難しい。明日花はスワイプノーツをスルーして、プッシュに専念してスコアを稼ぐのはないか。彼女は準決勝の『オリエンタルブリッジ』でも、コンボよりも点数を優先するプレーをしていた。
勝負は、やはりアウトロで再び訪れる連打……ここで残り五百点差を詰められるかが勝負だ。響姫はそのように考えていた。
明日花は足元の三色のステップマットを正確に踏み、五百点の点差をキープしていく。しかし、パピヨン・ウイングスはサビ前に、プッシュノーツに一部スワイプノーツが混ざる難所がある。全て取ろうとすると崩れてしまいがちだから、スワイプは見送るのが賢い選択だ。
明日花は考えた。
呉工は二年連続でインターハイに出場しながら、全国では一勝もあげていない。全国の悔しい思いを晴らすために。このゲームに誘ってくれた由依と鈴々に、恩返しをするために。
絶対に勝ちたい。
そしてそのためには、サビ前の難所は、確実性を重視すべきだ。
だが、そのとき、由依の言葉が頭の中で響いた。
――明日花は本当にオールラウンダーになりたいの?
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