第51話 帰ってきたしもべ

「……朱雀女子の選手の方は受付をお急ぎください」


「じゃあ、行ってくるね」


「うん! がんばって!」


 さくらは手を振り、なにやら怒っている玲子のもとに戻っていく。


 試合が近い。急いで、待っている唄江と響姫のもとに追いついた。


「ごめん、遅くなって」


 唄江は、やる気満々で腕を上げながらいった。


「ううん。打倒ハラマヒルを目指して、まずは一回戦、がんばろう!」


「おー!」


 鳴海と唄江の声がそろう。しかし、響姫は黙ったままだった。


「響姫、さっきから元気ないね」


 そういえば、発言がいつもより少ない気がする。見つめると、顔色も悪そうだ。


「もしかして、体調悪い?」


 しかし、響姫は首を横に振った。


「そうではないのよ。ただ、一回戦の相手が……」


 対戦表をまた指さす。デジタルサイネージには、第一回戦の出場選手が表示されていた。


出雲大社南(中国四国・島根)

 天野鳴海(あまのなるみ・二年)

 長谷川唄江(はせがわうたえ・一年)

 柳楽響姫(やぎらひびき・三年)

 

朱雀女子(九州・沖縄)

 仲嶋ミチル(なかしまみちる・三年)

 金城くるみ(きんじょうくるみ・一年)

 喜屋武奈々子(きゃんななこ・二年)


「あ」


「そっか」


 喜屋武奈々子。


 第一回戦の対戦相手、朱雀女子高は去年全国四位の天神商業を倒した新鋭だ。その立役者となったのが、配信でも見た通り、響姫が以前ゲーセンで幅をきかせていたときの子分・奈々子だった。


 響姫は、彼女との再会を、不安に思っていたのだった。


「うーん、なんでいやなのかよくわからないけど、そんなにいやなら、担当がかぶらないようにするとか……」


「でも、向こうの担当なんてわかんないよ?」


 鳴海と唄江は考えたが、そのとき、ばたんという音が会場の入り口からなった。


 一斉に目線が集中する。


 開いた扉から、息を切らした少女三人が飛び込んできた。


 みな黒髪で、白いタイとカラーのついた燃えるような赤いセーラー服を着ていた。一人は浅黒い肌をして短髪、一人は長いウェーブした髪をもち、もう一人は色白で、細い三つ編みを二つ垂らしていた。


 おそらく道にでも迷い、遅刻しそうなところだったのだろう。


「はあ、はあ。ミチルお姉様、大変です。急がないと、急がないと、し、試合が」


 浅黒い肌の小柄な子が、長髪の子に、慌てて話す。


 一方で、ミチルお姉様と呼ばれた長髪の子は、優しく朗らかな笑顔をうかべ、のんびりと返した。


「大丈夫ですわ、くるみさん」


 ここで一呼吸。


「まだ試合開始まで、五分もありますよ」


 ミチルはさらに、もう呼吸おいた。


「何も、急ぐことはありませんわ」


 彼女はとにかくのんびりとしているようだ。


「それをぎりぎりというんです、ミチルお姉様~!」


 くるみは裏声で叫びながら、その背中を無理矢理押して移動させていった。しかし、ミチルは一歩一歩をゆっくり、ゆっくりと踏みしめて歩くため、なかなか前に進まないみたいだった。


「響姫さん……」


 その二人をよそに、三つ編みの子はきょろきょろとあたりを見回していた。試合前だというのに会場全体を注意深く見まわし、ほかの学校の選手一人ひとりを確認しているようだ。


「響姫さん、どちらにいらっしゃるのですか?」


 彼女の様子を見て、響姫は、顔を隠した。見つかるとまずいと思ったのだろう。


「響姫ちゃん、隠せてないよ……」


 しかし、ゴシックな服装と灰色のウィッグは目立つ。顔を隠したところで逃れられない。


 三つ編みの子は、すぐに、響姫を見つけた。


 ぱあっと顔を輝かせた。


「響姫さん……!」


 まっすぐにこちらに向かってくる。


「ひっ」


「響姫さん! 響姫さん!」


 興奮した表情で、駆け寄ってくる。


 彼女は、逃げられない響姫に、いきなり強く抱き着いた。三つ編みが二つ、ふわりと揺れる。


「奈々子」


「響姫さん、ああ、響姫さん。お久しぶりです。奈々子がここに会いに来ました。奈々子が、全国大会に、響姫さんに、会いに来ました!」


 目からぼろぼろ涙を流しながら、響姫に顔をすりつける。響姫は奈々子の頭を親しげに撫でながらも、彼女の興奮ぶりに慌てていた。


「な、奈々子。奈々子、私も会えてうれしいわ、だから少し落ち着いて……」


「響姫さん、お願いします! 私を、私をまた……」


 しかし、奈々子は聞いていないようだった。


 相当思い詰めていたのだろう。


 真剣そのものの少し上ずった声を上げながら、頭を勢いよく大きく下げる。


「響姫さんのしもべにしてください!」

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