第50話 優勝までの道
eインターハイ本選 対戦表
Aブロック
1.出雲大社南(中国四国・島根)VS 朱雀女子(九州・沖縄)
2.登別農業(北海道)VSなんば自由学園(近畿・大阪)
Bブロック
1.海桜(南関東・東京)VS 中京(中部・愛知)
2.青葉杜(東北・宮城)VS 大宮(北関東甲信越・埼玉)
鳴海は対戦表を見つめる。試合は最大で三回ある。紗夜のいるなんば自由学園とは同じAブロックだが、当たるには、一回戦を勝って二回戦に上がらなければならない。そして、海桜と当たるとすれば、三戦目の決勝戦になる。優勝には、険しく高い山脈のような道のりが続く。
紗夜が、鳴海に吐き捨てる。
「まあ、鳴海ちゃんが一回戦勝てるように祈ってますわ。明日花はんが勝てなかった一回戦をね」
「どあほ!」
突然、紗夜の頭がはたかれて、いい音がした。
「あ、ハラマヒル!」
唄江が笑った。唄江と意気投合していた原まひるが、紗夜の後ろで不機嫌そうな顔をしている。
紗夜は、痛そうに頭を両手で押さえていた。
「いたあ。何するんや。こないなかよわい女の子つかまえて」
「どこがかよわいねん」
もう一度軽くひっぱたいた。
「失言したのは自分やろ。ほんで逆切れするやつがあるか! 黙ってみてれば、おまえはほんま性格最悪やな!」
彼女もなんば自由学園のチームなのだ。
両手を合わせて、鳴海に頭を下げる。
「鳴海ちゃんほんまかんにんな。こいつは性格が根っから悪くて、救いようがないんや。もうどうしようもないんや!」
紗夜を羽交い絞めにする。
「でもこんなんでもチームメイトや。ゆかぴーがきつく言っとくから、今回だけはかんにんしてや」
「ええ、わたしがですかあ!?」
ゆかぴーが長身をぶるぶると震わせる。紗夜がじろりと見つめる。
「ゆかぴー、私にそんなひどいこと言わんよなあ」
「ひいいい!」
「どあほ、少しは反省せや!」
「何回ひっぱたくんやあ。顔は商売道具屋やで」
「ひいいい、けんかはやめてくださいー!」
まひる、紗夜、ゆかぴーは何やら言い合っている。
「は、はあ」
ここまで盛り上がられたら、鳴海が言うことは何もない。そもそも、不毛な言い争いに来たのではない。音ゲーをしに来たのだ。
口論を横切るように、事務局からの声が響いた。
「第一回戦、Aブロック1の試合を十五分後に開始します。出雲大社南と朱雀女子の選手の方は、受付までいらしてください」
鳴海たちは息をのむ。さっそく、試合が始まるのだ。
「いよいよやな……」
まひるは、唄江に話しかけてきた。
「唄江ちゃん。あんたの姉ちゃん、ええ度胸やな。気に入ったわ」
「妹じゃないもん。うたは鳴海のホゴシャだもん」
「あはは、そうかー!」
まひるは笑った。
「でも勝負は別や。全力で勝ちに行くで! 二回戦、上がってこい!」
「うん! ハラマヒルこそ、一回戦で負けないでね!」
言葉を交わすと、まひるは紗夜とがみがみ言いあいながら去っていった。その上、頭一つ高いところでゆかぴーが慌てている。
三人を見送ると、今度はよく通る声が聞こえた。
「鳴海!」
「さくらさん」
『音ゲー命!』 Tシャツが笑顔で駆け寄ってくる。
「なんかごめん、さくらさんをやり玉にあげるみたいになって」
「あはは、べつにいいんだよ。明日花のこと言ってくれて、私も嬉しかった」
「うん。私、紗夜ちゃんが許せなくて……」
「確かにあれはひどいなあ」
さくらはうなずく。感性がとてもゆるやかな彼女が、ここまで言うのは珍しい。
「鳴海は友達のために怒れる、優しい子だね」
「そんなことは……」
鳴海は、気恥ずかしくなってうつむいた。顔が赤くなっていないだろうか。
「思えば初めて松江のゲーセンで会ったときも、唄江のために怒っていた。大切な人のためなら本気で怒れる子だ。そこに、明日花たち中国・四国ブロックの仲間も加わったんだね」
初対面のときのことを思い出した。唄江が響姫とやりあって、泣きそうになっていたから、鳴海は初めて立ち上がったのだ。夢中だった。今も同じだ。
「うん。明日花さんたちみたいな素敵な人に、なりたいって思ったから」
「紗夜みたいには?」
「絶対なりたくない」
鳴海は首を横に大きく振った。さくらは肩をすくめる。彼女は、チームメイトから救いようがないと言われるほどの人間だ。
彼女は、対戦表を見た。出雲はAブロック、海桜はBブロックだ。
「鳴海たちと当たるには、決勝戦まで上がらないとね」
「紗夜ちゃんたちに勝たなくちゃ」
「……私は、鳴海たちに上がってきてほしい」
さくらは言った。
「正直言って、あまり紗夜たちには興味がなくて。決勝をやるなら、鳴海たちと当たりたいんだ」
「興味がない?」
鳴海はどきりとした。
前回準優勝のなんば自由学園は、打倒海桜高校を目標としていた。だが、とうの海桜からは歯牙にもかけられていないということか。
「うん。彼女たちの目標は、この大会に勝つことだからね。多分それ以上のものはない」
さくらは、当たり前のことのように言った。
さっき怒った身だが、紗夜が少し哀れにさえ感じられた。
「さくらさんの目標は違う?」
「うん。そうじゃない」
鳴海は不思議に思った。大会に出て、大会に勝つこと以上の目標とはなんだろう。
「……じゃあなに?」
でもさくらは首を横に振る。
「ごめん、それはうまく言葉で言えないんだ」
そして、鳴海に微笑みかける。
「でも鳴海たちはそれがわかるんじゃないかと思うんだ。もし、決勝まで来たらね」
「決勝まで行ったら……」
鳴海は手を握り締めた。勝つ以上の目標? 想像もつかない。勝つとか負けるとかは確かに大切で、捕まえるのは大変なことだ。でも、さらにその先に何かがある。なんとなく、先ほど紗夜と繰り広げた舌戦が、子供の遊びのように思えてくるのだった。
「それにはやっぱり紗夜ちゃんに勝たないとね」
「まずは、一回戦だよ。私たちも、一回戦も、二回戦も勝たないといけない」
「そっか。遠いなあ」
呉工は、二年連続で一回戦敗退だった。ここからは簡単なセッションなど一つもない。
今は一回戦、朱雀女子高との試合に専念しなければ。
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