第3話 私たちの番

 HIBIKI 94206

 EMI 74832

 

 HIBIKI Win!

 

 響姫はうまかった。ステップは人並みだが、プッシュは正確で丁寧だし、スワイプが鳴海や唄江とは比べ物にならないほど上手だった。彼女の指の動きは優雅で、ゴシックな服装で髪が綺麗なのもあって鳴海はプレイに見惚れてしまいそうになった。


 しかし――。


「次、よろしくお願いします!」


「いいわよ。よろしくね」


 同行者のうちの一人が、また響姫の横に立つ。これでもう四人めだ。


「ねえ、鳴海。あの人たちどかないね」


「うん」


 唄江はほおを膨らませている。鳴海も落ち着かず、何度も手を組み替えた。


 響姫のグループは筐体を占領していた。二台あるうちの一台は響姫が居座り、もう一台は連れが入れ替わり立ち替わり使っている。何回プレイしても、鳴海たちに交代する気配がなかった。四人いるので、一通りプレイするのに二周かかるというならまだわかる。でも、三周以上やるのは筋が通らないと鳴海は思った。


 また、響姫の横のプレイヤーが入れ替わった。やっぱり筐体を譲る気はないようだ。このままでは、いつまで経っても新曲の解禁に入れない。


 そう考えていると、ちょうど、響姫の解禁すごろくが完了した。新曲が解放されたようだ。


「パピヨン・ウイングス……」


 唄江から手が離れ、声が漏れ出た。


 今頃、私が解禁しているはずだったのにな。


 少ない小遣いで交通費を払って、一時間半かけてここまできたのに。そして、この最高にいいメンテナンスの台で、誰よりも早くリトル・バタフライの続編の新曲を解放して、プレイしたかったのにな。


「あの!」


 そのとき、唄江が立ち上がっていた。


「つ、次は私たちの番だと思うんですけど!」


 唄江は、震えた声で呼びかけた。響姫たちが振り返る。


「うたちゃん、ちょっと」


「パピヨン・ウイングス、鳴海と一緒に解禁したいんですけど! 今すぐかわってください!」


 唄江が言い放った後、色々なゲームの音がごちゃごちゃと鳴り響いた。


 唄江は、パピヨン・ウイングスにそこまで興味はなかったはずだ。彼女は、鳴海のために怒ってくれているのだ。一時間半もかけてここに来るくらい、鳴海とゲームするのを楽しみにしていてくれたのだ。


 だが、響姫はくすりと微笑むばかりだった。


「あら、可愛い子。こんな小さな子も音ゲーをするのね」


 彼女がゆったりと扇を仰ぐと、長い豊かな髪がふわりと小さく舞う。


「あの、聞いて……」


 スタスタと近づいて、唄江を見下ろした。唄江はたじろいでいる。


「でもごめんなさい。これは、氷の女王・響姫のお茶会なの。私はここを外せないのよ」


「氷の女王……?」


 唄江は困惑してるようだった。鳴海もわからない。だが、あまりに響姫が自信満々に言うのと、周りの連れがうんうんと頷くので、雰囲気に飲まれていた。どうやら常識が通用する連中ではないらしい。


 気圧される唄江に、響姫はクスクスと笑って扇をつきつけた。


「それに、ゲーセンは、小学生には早いわよ。子供は元気に公園で遊びなさい?」


 唄江は顔を真っ赤にした。


「う、うた、高校生だもん!」


 これはひどい挑発だ。唄江は確かに年齢より幼いが、小学生でないことくらいは立ち振る舞いでわかるはずだ。


「これは失礼したわ。あまりにあなたが可愛いものだから、勘違いしてしまって」


 響姫は反省の色も見せず、扇を畳んでトントンと空いた右手を叩いた。


「でも、そんなに言うなら、あなたと遊んであげてもいいわよ? 小さい子と遊ぶの、私、好きなのよね」


「うう……」


「ほら、こっちにきなさい?」


 にっこり笑いながら扇で台のほうをさした。しかし、唄江は俯いている。泣きそうにも見える。


「うたちゃん、だめ!」


 鳴海は自分でも驚くような大声を出して立ち上がった。


「鳴海?」


 響姫も、唄江も、周りの親衛隊も、あっけに取られて固まっている。そのすきに鳴海は全速力で筐体の前まで歩いて、響姫と唄江の間に入った。


「だめです」


 鳴海は、我を忘れて叫んでいた。


「うたちゃんは、私と遊ぶんです。私と新曲解禁するんです。そのために来たんです。ここは家から遠くて一時間半もかかって、お金もかかって、土曜日来るの、楽しみにしててっ」


 そこまで言った時、鳴海は周りからじっと見られていることに気づいた。途端に汗が吹き出してくる。


「へえ。それで?」


 響姫が猫撫で声で聞いてきて、たじろいだ。でも、引き返すことはできない。


「私があなたと遊びます」


 鳴海は、百円玉を高く掲げた。そして、投入口に押し込む。コインは台の中にすいこまれ、ピコンという音がし、マシンが光る。


「セッションしてください。好きな曲を選んでください。あなたが勝ったら今日は諦めます。でも、私が勝ったら、私たちに台を譲ってください」


 彼女は扇で口を隠していたが、目は笑ってはいなかった。


「なるほど、あなたも可愛いわね?」

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