第4話 NARUMI vs HIBIKI

  NARUMI vs HIBIKI

 HIBIKI‘s SONG:Empress on Ice(マエストロ)

 アーティスト:KLEINEBACH

 BPM:130

 レベル:10

  プッシュ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  ステップ☆☆☆☆☆☆

  スワイプ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あなた、後悔しないわよね」


 鳴海は響姫の挑発を相手にせず画面に見入った。響姫の選んだ『Empress on Ice』は、スワイプが多く出てくる、鳴海の苦手譜面だ。心してかからなければならない。


 曲が始まった。


 バロック調の典雅な音楽が流れて、プッシュのレーンにたくさんの音符が落ちてくる。プッシュの得意な鳴海はボタンを正確に押すことができた。


 NARUMI 10438

 HIBIKI 9245


 少しだけステップノーツが入り曲が落ち着くと、ピアノとバイオリンの静かな音楽が始まる。マイナーコードの、切なげなメロディが流れる。


 左と右のモニタに、同時に白い線が現れた。左がピアノ、右がバイオリンの絵となっていて、別々のタイミングで赤くなっていく。左手と右手で、全く違う動きが必要になる。鳴海はこれがうまくできない。しかし、譜面製作者もできないこと前提で作っているのか、この部分に割り当てられた得点自体は小さい。スワイプ譜面が終わった後でも、致命的な差はついていなかった。


 NARUMI 12159

 HIBIKI 13241


 だが、問題はここからだ。


 静かなパートが終わると、またオーケストラの合奏となる。プッシュボタンの演奏を中心に曲が盛り上がってくる。黒いレーンに、白い音符が降りてくる。


 だがその中に、いきなり赤い音符が混じってきた。しかも、一気に十個くらいの塊で落ちてくる。


「あっ」


 あまりに難しい配置に驚き、鳴海は小さく声をあげてしまった。すべての音符を押すことはできない。赤い音符は画面上の判定ラインで破裂し、スコアも赤く点滅し、表示が変わった。


 NARUMI 30002→29802


「ふふふ……」


 隣からかすかな笑い声が聞こえてきた。してやったり、というところだろう。

 これがスワイプ譜面最大の特徴の『お邪魔ノーツ』だ。難しいスワイプを成功させると、相手の譜面に赤い音符が追加される。相手はこれが押せないと、スコアが減少してしまう。『お邪魔ノーツ』はスワイプが正確なほど、多くなり、かつ押しにくい配置になる。


 オーケストラが華麗に盛り上がる中、次から次へと、赤い音符が落ちてくる。すべてに対応することは難しく、そのたびにスコアが減ってしまう。唄江とプレイしたときは、こんなに多くのお邪魔ノーツは落ちてこなかった。響姫はよほどうまくスワイプをさばいたのだ。


 オーケストラのパートが終わり、またピアノとヴァイオリンのパートに入ったときには、スコアに差がついていた。


 NARUMI 59724

 HIBIKI 61842


 再びスワイプ譜面で、ピアノとバイオリンの線が左右のモニターに映し出された。両手で違う動きが要求される。鳴海はどう動けばいいかわからず、そうそうに脱落した。どうやればいいのだろう……思わず隣の筐体を覗き見た。


 鳴海は驚いた。響姫は、この複雑な動作を完全にものにしていたのだ。


 細く長い指先には、きれいに整えられ、赤と黒に塗られた爪がある。その指先がしなり、優しくゆったりと画面を伝う。白い線は赤くなるぴったりのタイミングでなぞられていく。正確というよりも、丁寧に、愛情をこめ、軌跡を描いている気がした。


 響姫は微笑んでいる。


 彼女はこのスワイプという操作を、いかに美しくやりとげるかに熱中しているように見えた。暗記しているのか、観察力が高いのかわからないが、まるで未来が見えているかのように線をなぞっていく。


 鳴海はそのプレイをきれいだと思った。自分が義務のように思っていたスワイプを、響姫は最高の楽しみとしてこなしている。唄江を挑発したのは許せないが、プレイヤーとしての響姫に興味を持ったのは間違いではなかった。


 スワイプの部分が終わった。結局自分の譜面はどうにもならなかった。しかし、鳴海は不思議と楽しい気持ちになって前を向く。


 出だしと同じメロディをオーケストラが奏で、鳴海の得意なプッシュノーツ中心の譜面に戻る。違いは、大量の赤いお邪魔ノーツが降ってくることだ。先ほどのスワイプを響姫が見事に成功させたおかげで、ひどく難しい配置になっている。


 でもそれは、鳴海には妨害というよりは贈り物のように見えた。スワイプが響姫のお楽しみであるように、プッシュは自分の得意分野だ。難しい譜面は大変だが、押せればとても気持ちがいい。こんなたくさんのノーツが降ってくるのは初めてだ。その機会を響姫がくれたと思うと、感謝さえわいてきた。


 鳴海はオーケストラの幾何学的なメロディに合わせ、たくさんの白と赤のプッシュノーツを、夢中になって押していった。スコアは減らない。どんどん伸びていく。曲が荘厳に盛り上がり、バロック音楽らしくビシッと和音で終わった。


 NARUMI 94162

 HIBIKI 93416


 NARUMI Win!

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