第14話 練習試合
「違うわ、もっと優しくなぞるのよ。力を抜いて、指を柔らかくして。美しく、丁寧にね」
響姫は、鳴海の背中に立ち、両手をとっている。そして、鳴海の左手と右手をそれぞれ左右のスワイプモニタまで持っていき、表示された線をなぞらせる。
Empress on Iceの、ピアノとヴァイオリンの甘美なメロディに合わせて、鳴海の両手は響姫の操り人形のようにスワイプをした。
「指先に愛情をこめるのよ。正確さとは、愛でもあるの」
耳元で低く小さくささやく声を聴いて、鳴海はどきどきした。
「体の動きは思ったより遅いのよ。だから、いつも早めに動かすの。早すぎるくらいにね。ところどころにポイントを定めて、そこでタイミングをリセットして。あの角のところがいいわね。そうしないと、あっという間において行かれてしまうわ」
鳴海は言われるがまま、線を最後までなぞりきった。
「やった」
響姫の二人羽織とはいえ、今まで一度もできたことのないこの曲のスワイプを、ほとんど完ぺきに成功させることができた。
唄江は二人を、じろじろ見てくる。
「響姫の教え方、怪しい」
「怪しい?」
「鳴海を洗脳しようとしてる!」
噛みつかんばかりの勢いで抗議してきたが、鳴海は首をかしげる。
「そうかなあ」
「人聞きが悪いわね、洗脳なんてしてないわよ。私なりに優しく、丁寧に教えているだけ」
響姫は扇をあおぐばかりだった。
「こうやって、お茶会の人にも教えていたの?」
「まあね。女王たるもの、人々を導く義務があるわ」
「響姫ちゃんに教わるとうまくなる気がする」
響姫の教え方はところどころ感覚的だったが、改善すべき点がわかりやすく、自分でやるときも参考にできそうだった。響姫はほかの人にも、こういう指導をしていたのだろうか。
「私、スワイプが苦手だから、克服したいんだ。でも、自分だとどうやればいいかわからなくて。だからもっと教えてほしい」
「……特別に、うたにも、教えさせてあげてもいいよ」
唄江が、横から割り込んでくる。
「なぜ上から目線なのよ。後、怪しいとか言ってたでしょ」
「響姫が鳴海を洗脳しないか見張るため!」
指をさされた響姫は、息をついていたが、少し嬉しそうでもあった。
「いいわ。あなたたち、順番に並びなさい」
髪を整えると、鳴海と響姫を筐体の前に立つように指で促した。
鳴海は、なぜ響姫が慕われていたのかわかった気がした。お茶会に参加していた人たちは、何の理由もなく、彼女を持ち上げていたわけではなかったはずだ。多分彼らも、今の鳴海と同じ気持ちだったのではないか。
響姫と一緒に音ゲーをやりたい。
そのとき、鳴海の鞄からリトル・バタフライのアレンジしたメロディが鳴った。スマートフォンの着信音だ。
「あ、ごめん。そろそろ時間だ。いったん中断にしていい?」
「時間?」
「うん。ちょっと今日、やりたいことがあるんだ」
鳴海は鞄からスマホを取り出し、着信画面を眺めた。
「やりたいことって何?」
「練習試合」
響姫と唄江に見せた画面には、『さくらさん』という文字が出ていた。スマホから、よく通る快活な声が響いてくる。
『あ、鳴海? こっちは準備できたよ。よろしく!』
それだけ言って、電話が切れた。
響姫の顔は、一気にひきつった。
「ちょっと待ちなさい。練習試合って、もしかして」
「うん」
鳴海は、目の前の筐体に、百円玉を差し込んで、笑顔で言った。
「海桜高校と、オンラインセッションしようかなって」
海桜高校に一番近いファンオケは、霞が関から少し離れた、秋葉原のゲームセンターにある。五階建てのビルにある、音ゲー専用のフロアだ。ファンオケも四台あり、同時に二か所で対戦ができる。
「ミリアは、川崎から出るって」
さくらは、にこにこしながら玲子に話しかけた。様々な音が騒がしく鳴り響く中でもよく通る声だ。
「なんで川崎?」
「さあ。用事でもあるんじゃない? ミリアの考えは、私にはわからないよ」
さくらは筐体にスマホをタッチし、『オンラインセッション』モードに入る。そして『チームセッション』を選択する。
「チームセッション?」
「もちろん。出雲大社南と、海桜の団体戦だからね」
「こっちはいいけど、向こうは団体戦ができるのかしら」
玲子は口に手を当てて考えている。
チームセッションは、公式戦と全く同じ対戦方式だ。三人のチームで、三曲の合計得点を競う。つまり、三人が必要になる。
「あなたの話では、天野さんと長谷川さんという二人の子しかいなくて、参加届にはもう一人適当な名前を書いて出したということだけれど」
「三人来るよ」
画面には、別の店舗からログインした『NARUMI』『MILLIA』が映し出されていた。オンラインセッションでは、どこの店舗からプレイしても対戦が可能だ。ネット上でランダムにマッチングすることもできるが、決まったプレイヤーと接続して対戦することもできる。
「出雲からは、必ず三人来る」
さくらは思い出していた。書かれた、柳楽響姫の名前。そして、松江のゲーセンにいたプレイヤー。彼女はあの場で、確かに鳴海に負けて逃げ出した。
「何を根拠に?」
「音ゲーマーとしての勘だよ」
でも、スワイプをする彼女の姿は、とても楽しそうだった。だから必ず来る。さくらはそう確信していた。
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