第13話 お茶会

 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。


 鳴海と響姫は、土曜の早朝、出雲大社の拝殿はいでんのしめ縄に、手を合わせていた。鳴海は深く祈った。


 ――この間は、たくさん音ゲーができました。ありがとうございます。今日も、いっぱい音ゲーがしたいです。


 響姫が何を願っているのかは知らない。


 参道を引き返し、三つの鳥居をくぐりながら、響姫は不思議そうな顔をしていた。


「なんでゲーセンに行く前にお参りをするのよ」


「こうすると、ハイスコアが更新できたりするから」


 鳴海はあたり前のことのように答える。


「響姫ちゃんこそ、気合入ってるね」


 彼女の服装は、最初にゲーセンで会った時と同じ、ゴシックなドレスだった。髪も灰色で、長いウェーブがかかっている。


「全然髪型も違うし」


「これはウィッグなのよ。髪を染めたら目立つからね」


「すごい、本当の髪みたい」


 さわりながら言った。


「でもその恰好、かわいいけど、動きにくくない?」


 響姫は首を横に振る。


「これは音ゲーをするさいの正装よ。変えられないわ」


「変えられないって。今回で終わりじゃなかったの?」


「だからこそ、有終の美を飾る必要があるでしょう」


 鳴海は、話せば話すほど、響姫が音ゲーをやめたいようには思えなくなった。自分たちはどこか似ている。響姫も、長い時間をかけてゲーセンに行くくらい音ゲーが好きなのだ。


 一畑線の大社前駅に着くと、唄江が先週とは違うショートパンツとパーカー姿で待っていた。鳴海が手をあげると、笑って振り返してきた。


「うたちゃん、おはよ」


「おはよー」


 響姫は首を傾げた。


「行かないって言ってたのに、なんで来てるのよ」


 唄江が、響姫をびしっと指さした。


「響姫が鳴海をいじめないように監視するため!」


 鳴海は苦笑いした。あまりにも予想通りだったからだ。


「いや、どちらかといえば、私があなたにいじめられているのだけれど……」


 響姫は鳴海に助けを求めるように視線を送ってくる。鳴海は唄江の頭に手を置く。


「まあまあ」


「ふん」


 唄江は、やはり響姫を目の敵にしているようだった。


 でも鳴海はほっとした。唄江と、響姫が両方とも来ないと、今日仕掛けたひそかな目論見は成功しないからだ。


 鳴海は一畑線の長い電車の旅で、左の唄江と右の響姫に挟まれ、肩身の狭い思いをした。唄江はたまに響姫をけん制するように見て声をかける。


「その恰好、一緒にいるの恥ずかしいんだけど」


「そうかしら。むしろ光栄に思っていいわよ」


「絶対みじんも反省してない!」


「悪事の反省はしているわ。でも恰好とは関係ないでしょう?」


 鳴海はすべてを相手にはしきれないので、ほどほどに聞き流しながら宍道湖の水面を眺めていた。向かいの席の乗客が、こちらを見てくる。道中で響姫の姿は目立つので、しょうがない。


 三人でeインターハイに出るのは、前途多難だと思った。響姫がやめようとしているのはもちろん、唄江は響姫を目の敵にしている。彼女の懐っこさは人を選ぶのだ。すぐに仲良くなれないだろう。でも、鳴海は二人がそんなに相性が悪いとも思えなかった。


 いつも通り、一時間半かけて松江の古びたゲームプレイスまでたどり着いた。ファンオケの筐体の前に、三人で立つ。


「喉が渇いたわね」


 響姫は体力がないらしい。長旅で疲れたのか、待ち客用のいすに座りこむ。


「お茶を買ってきてちょうだい」


 彼女は小銭まで出して、固まった。唄江が、鬼の首を取ったように響姫をにらみつけていたからだ。


「いきなり本性が出た」


「こ、これは癖で……」


「自分以外全部パシリだと思ってるでしょ!」


 どうやら、子分にドリンクを買わせるというのが、お茶会のときのセオリーだったらしい。


 慌てる響姫に、鳴海が手を出す。


「いいよ、買ってくるよ。エイリアンエナジーだよね」


「わ、悪いわね」


 響姫はほっとした様子でお金を渡した。鳴海はそれを見て首をかしげる。


「五百円? 多くない?」


「三人分よ」


「うたちゃんと私の分も?」


「買ってきてもらうんだから、当たり前でしょう」


 響姫は、諭すように言う。鳴海と唄江は顔を見合わせた。


 響姫はお茶会のたびに、お金を渡して買ってきてもらっていたのだろうか。メンバーの分も。でもそのメンバーは今はいない。自ら響姫が縁を切ってしまったからだ。


 鳴海は五百円玉を見て、どこか寂しい気持ちになった。唄江もコインを見てしばらく考えていたようだったが、こう言った。


「うたが買ってくるよ。三人分」


 五百円玉を受け取ってきびきびと自販機に向かった。響姫は彼女の姿を目で追う。


「あの子は私を嫌っているんじゃないの?」


「うたちゃんは優しい子だよ」


「そうなの」


「うん、そうだよ。次来るときは、一緒に買いに行こうね」


 響姫は首を横に振った。


「次があるかはわからないでしょ」


「あると思う」


 唄江が飲み物を抱えてくるのを眺めながら、鳴海は言った。


「絶対あるよ」


「はい、響姫」


 唄江は、戻るなり響姫にエイリアンエナジーを投げ渡した。


「わっ、わっ」


 響姫は慌てながらも、なんとか取り落さずに、受け取った。


「やめなさいよ」


「だってこれは、お茶会じゃないもん」


「だからって、乱暴すぎるわ」


 響姫がぶつぶつ言いながら缶を開けると泡が飛び出る。


「ほら、振るから」


 口をつけると、そのままごくごくと一気飲みした。


 鳴海は感心し、唄江はあきれている。それをよそにゴミ箱まで歩いて丁寧に缶を入れた。


「お茶会じゃなくても、やはりこれね」


 響姫はどこか満足そうだった。

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