第7話 どっちが本当?
鳴海も、唄江も、さくらも明日花もしんとした。
さくらが、慌てて手を動かしながらしゃべる。
「いきなり色々言って困らせちゃったね。無理に出なくてもいいからね。大会に出なくても音ゲーはできるし、あんまり深刻に悩まなくてもいいよ」
でも、鳴海は答えられなかった。
そのとき、明日花が言う。
「……鳴海、あたしとセッションしようぜ」
「え?」
「とりあえず一クレやる。それからまた考えればいい」
「それはいいかも」
さくらが手を叩く。
「中国四国ブロックを抜けるには明日花のいる呉工に勝たないといけない。ブロック最強エースともいわれる明日花とセッションしてみるのは力試しにいいと思うよ」
「でも、そういう問題じゃ」
鳴海は言った。迷っているのは、勝てるかどうかじゃないのだ。
「まあ、出る出ないは別にしてさ、セッションするのは別に悪かないだろ」
「そうですけど」
明日花は、半ば強引に鳴海を筐体の前に引っ張り出した。鳴海は明日花の横顔を見る。額を出した中分けの髪も、すっと通った目元も、大人びていて、一才差には思えない。
それに、やっぱり――鳴海は、明日花を見たときからずっと言おうか言うまいか迷っていたことを口にした。
「あの、聞きたいことがあるんですけど」
「ん? どした?」
鳴海はコインを筐体に入れながら聞く。
「明日花さんって、今日のテレビ出てましたか?」
きょとんとされた。予想外の質問に驚いたのだろう。
朝のニュース番組で、呉工業大学付属高校の高橋さんがインタビューを受けていた。彼女の顔を見た時から少し気になっていたが、高校名を聞き、鳴海は確信を持っていた。
明日花は、合点がいったという風に聞き返してくる。
「あ、もしかして呉工のインタビュー?」
「そうそう。朝のニュース番組でやってました」
「なるほど。前学校で話を聞かれたやつだな。いつか流すって言われてたけど、今日
だったのか」
「やっぱり、明日花さんだったんですね」
――あの子みたいになんなさい。
母は言っていた。その相手が、目の前に現れるとは思わなかった。しかも、同じゲームのプレイヤーとして、だ。
「鳴海、その話さ」
明日花は、恥ずかしそうに頭に手をあてた。
「さくらには内緒にしといてくれ。恥ずかしいから」
「言わないし、恥ずかしくもないと思いますけど」
明日花は、人差し指を立ててにかっと笑う。
「いや無理だろ。ほんと頼むな」
小さな女の子が笑ってるみたいだ。
大人っぽい見かけから想像もできない、無邪気な笑みだった。
笑うと、かわいい人なんだなと思った。
「はい」
鳴海は微笑みを返した。
NARUMI 99582,95384
ASUKA 99131,97427
ASUKA Win!
「よっしゃあ」
明日花は嬉しそうにガッツポーズをする。
ブロック最強というだけあって、明日花はうまかった。プッシュ、スワイプ、ステップのどれにも苦手がなく、どんな配置が来ても的確に対応した。鳴海選曲のリトル・バタフライでは勝てたが、二曲目でひっくり返されてしまった。
「うん、総合では負けたけど、持ち曲では明日花を上回ってる。ここまで競えるなら全国も視野に入るよ」
さくらが腕を組んで論評する。でも鳴海は、それを聞かず、胸に手をあてていた。どくん、どくんと鳴っている。
「どうだった?」
明日花が、白い歯を見せながら聞いてくる。
「楽しかった」
今までは唄江としかプレーしたことがなかったが、今日だけで響姫、さくら、明日花とのセッションを行った。勝てるか負けるかわからない対戦の連続で、どれもどきどきした。一つ一つのノーツに緊張感が満ちており、どの曲も集中してプレーすることができた。
「あたしもめちゃくちゃ楽しかったよ。ありがとう」
明日花はまた笑った。とても無邪気な顔になる。
鳴海は目をつぶって、改めて考えた。大会に出るか、出ないか。
胸の鼓動に嘘はない。
でも、さっき、迷っていたのも事実だ。様々な迷いが、鳴海の心の中を駆け巡っていた。たぶん、今何らかの決意をしても、また後でそれらは立ちはだかるだろう。
「明日花さん、聞いてもいいですか?」
「何でも聞けよ」
「インタビューのときと、今、どっちが本当の明日花さんですか?」
明日花はテレビでは真面目に将来について語っていた。でも今は、ゲーセンで二分ぽっちの音楽に熱中し、一個のノーツをさばくのに必死になり、スコアのわずかな違いに一喜一憂している。とても、楽しそうに。
到底同じ人には思えなかった。
でも明日花は、あっけらかんという。
「そんなの、どっちも本当に決まってるだろ」
「どっちも……」
「誰にだっていろんな面があって当たり前だよ。真面目なとこもバカなとこも、前向きなとこも後ろ向きなとこも、みんな一緒に持ってんだ。音ゲーに、いろんな曲があるみたいにな。どの曲をやったっていいんだ。だったら、自分のいちばん好きな曲を選べばいい」
明日花は笑って画面を指さす。
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