第31話 NARUMI vs AYU
NARUMI vs AYU
MATSUYAMA's SONG:レモネード・ラプソディ(マエストロ)
アーティスト:Lucky Band
BPM:200
レベル:9
プッシュ☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ステップ☆☆☆☆☆☆☆
スワイプ☆☆☆☆☆☆☆
「出た。山田あゆといえばこれだよね」
「曲と譜面のギャップがすごいんだよね」
ざわざわと、観客の興奮した声が聞こえてくる。
鳴海は筐体の前に立っていた。背景は緑色の草原の風景が広がる。
「なるちゃん、呉工に勝つって言ったねー」
「あゆちゃん」
「音ゲーで、一番難しいことはなんだか知ってるー?」
いきなりの問いかけに鳴海は面食らったが、考えた。
あゆに話した、パピヨン・ウイングス。他の曲にはないような連打の難所があって、鳴海は初見では完全に手が止まってしまったのを覚えている。
「見たこともない、すごい配置がくることかなあ」
「ぶっぶー」
あゆは、首をわざとらしく横に振る。
「難しいのは、同じことを続けることだよ」
「同じこと?」
『レモネード・ラプソディ』が始まった。
ハイハットの規則的なリズムに、跳ねるようなピアノが軽やかに響く。
軽妙洒脱なスウィングジャズに、囁くような女の子の歌声が乗る。でもその譜面は、お洒落、とは程遠い。
跳ねるようなスウィングのリズムに合わせて、規則的なプッシュノーツが延々と流れてくる。ほとんど同じリズム、同じ配置が続く。そこに、スワイプやステップが混じってくる。
たたん、たたん、たたん。鳴海の手が、ボタンの上で踊る。使うボタンは左側だったり、中央だったり、押し方は連打だったり、違うボタンだったりする。でも、たたん、たたんというリズムは同じだ。似たような動きを繰り返す。
鳴海はプッシュが一番の得意分野であるものの、手が疲れてくる。同時に、休みなく似た配置を続ける譜面を見る目も疲れてくるのを感じた。
「まずいわね。鳴海のリズムが崩れてきている」
セッションを見ている響姫が、腕を組んで言った。
スコアはあゆがリードしていた。曲が佳境になっても、あゆは問題のプッシュノーツをほとんど最高のS判定で押している。繰り返すリズムを正確に刻んでいる証拠だ。しかし鳴海は曲が進むにつれてA判定が混じってきており、スコアがじわじわ開いてきていた。
「二千点も差があれば、絶対逃げ切れるよね……?」
唄江が聞く。しかし響姫は首を横に振る。
セッション中のスコア情報は、筐体とは別に壁に設置された大きなモニタに映し出されている。響姫はそのスコアを指さす。
NARUMI 38993
AYU 40141
「半分まで行かないのに、千点返されてる。このままいけば逆転よ」
歌が盛り上がり、サビ部分に入った。リズムが崩れたままでは、勝てないだろう。
「そんな」
唄江は少し不安そうな顔になる。
「まあ」
しかし、響姫は初めて会ったときの、『Empress on Ice』でのセッションを思い出した。
「あの子はここからが怖いんだけどね」
ぽつりと言う。
あのときも、途中までは響姫がリードしていた。しかし、鳴海は底力を見せた。響姫のスワイプに触発されたのか、曲後半、プッシュがより正確になったのだ。最終結果は、記憶の通りだ。
それを聞いた唄江は、にっと笑った。
「響姫も、少しは鳴海のことわかってきたね?」
「なぜ上から目線なのよ」
「鳴海については、響姫よりセンパイだもん」
得意げに言う唄江の小さな頭を響姫は撫でたいと思ったが、怒られそうなのでやめた。
NARUMI 52093
AYU 53447
たたん、たたん。スイングのリズムを刻みながら、鳴海は、あゆの言葉の意味を身をもって感じていた。
『難しいのは、同じことを続けることだよ』
単純なリズム、単純なノーツ配置が繰り返す譜面では、少しでも遅れたり早くなったりするとその後もずっと引きずってしまう。途切れめも、休憩もないから、持ち直すのは至難の業だ。
それこそが、レモネード・ラプソディの難しさなのだ。一見軽やかなジャズにしか聞こえないが、リズムを保つには白鳥が水面下で足をばたつかせるような努力が必要になる。
でも――鳴海は思った。あゆも人間だし、全てのノーツをS判定でとれるわけではない。遅れたり、早くなることも部分的にはあるはずだ。
そういうとき、彼女はどうやってリズムを持ち直しているのだろう。おそらくプレイしながら、どこかのタイミングで修正しているのだ。だがその修正は、レモネード・ラプソディをやりこんだあゆでこそできることだ。鳴海には真似できない。
鳴海は、音ゲーを始めたときのことを思い出した。
初めのうちは、ゲームに慣れるとともにどんどん上達していった。しかしあるところでその伸びは止まる。
押してるつもりなのに押せてない。リズムどおりなはずなのに合っていない。やればやるほどうまくいかなくなってきて、できたこともできなくなる。
そんなことは今まで、何回も、何十回もあった。
でも、今も鳴海はファンオケを続けている。
なぜなら――。
MISS!MISS!
鳴海の判定ラインを、ノーツが通過していった。
「判定がずれるどころか、ミスした」
「もう出雲、おしまいかな」
ファンオケでは、ノーツの見逃しは、減点につながる。ただでさえスコアが開いてきているのに、これ以上は取り返しがつかなくなる。
やはり、山田あゆは強い。呉工の明日花につぐ、本ブロックのエースなのだ。多くの観客が、松商の勝利を確信した。
「ううん」
しかし唄江は目を輝かせる。
「鳴海はこれからだよ!」
それにこたえるかのように、鳴海はリズムを取り戻した。
S判定が続いた。
A判定以下を一切出さず、正確なリズムでプッシュノーツを押していく。
「……なるほど」
響姫がうなずいた。
スコアの差が、少しずつ縮まっていく。鳴海はさっきまでのずれがなくなり、見違えたように良いプレイをしている。
「わざとノーツを見送ることで、ずれたリズムをリセットしたのね」
同じ配置が続く中でリズムを持ち直すのは容易ではない。だから鳴海はあえて一瞬演奏を止め、ノーツを捨てた。そして、わずかな合間を利用して、正確なリズムを取り直したのだ。それは、じわじわとずれていくリズムへの焦りをなくし、プレイ全体のクオリティを上げた。今、焦りを感じるとすれば、勝つにはもっと差が必要なのに、逆にじわじわとスコアを詰められているあゆのほうだろう。
「唄江、鳴海の狙いがよくわかったわね」
「だって鳴海、いつもスランプになって、もうやだーって言ってるもん」
唄江は笑った。
「でも、すぐに戻ってくるんだ。やっぱりファンオケやりたいって」
鳴海はもう止まらなかった。得意のプッシュノーツをうまく押し、スコアを詰めに詰めて、同じリズムを刻み続ける2分間が終わった。
NARUMI 98697
AYU 98541
NARUMI Win!
あゆの自由曲を跳ね返し、個人セッションは鳴海の勝利。始まる時点で二千点の差をつけていたから、チームセッションでも、当然、出雲南高校の勝利となる。
IZUMO 288245
MATSUSHO 286235
IZUMO Win!
「すご! 出雲、ブロック二位の松商にいきなり勝っちゃった」
「ダークホースだね。このまま呉も倒しちゃうかな?」
ざわめきがしばらく止まらなかった。第一回戦から、大番狂わせだ。中国・四国地方ブロックでは、一位が呉工、二位が松商という順位が二年間固定されていた。出雲は、そこに風穴を開けたのだ。
しかしあゆは、なんでもないことのように筐体の前で伸びをしていた。
「いけると思ったんだけどなー。後半、逆に私のリズムがずれちゃった」
気軽な声音で、鳴海に声をかけてくる。
「よくあそこでノーツを捨てる決心ができたね。ただでさえ負けてるとこなのに」
曲の後半、鳴海が一瞬手を止めたことで流れは変わった。いくつかのノーツを犠牲にして鳴海は崩れたリズムを持ち直し、一気にプレイがよくなった。
「このまま同じようにやってたら、ここで終わりになっちゃうって思ったから」
鳴海ははっきりと言った。
「ここにはファンオケ好きな人がいっぱいいる。もっとたくさんの人とセッションして、呉工ともセッションして、それで全国行きたかったから。いちかばちかやるしかないって思ったんだ」
あゆは、その言葉を聞き、ふうとため息をつき、微笑んだ。
「私、二位でいいやって思っちゃってた」
「え?」
「呉工に勝てなくてもブロック二位だからいいやって。レモラプで、スウィングを繰り返してればいいやって思っちゃってた。そんな気持ちでプレイしてたからだね。リズムが崩れて、なるちゃんに負けちゃった」
微笑みながらも、小さく眉を落とした。
「同じことを繰り返すって、本当に難しいねー」
「……私も、あゆちゃんとセッションしてそう思ったよ」
この戦いは一回戦に過ぎない。呉工は勝ち上がってくるだろう。当たるとしたら決勝。練習試合でのリベンジマッチには、後二回勝つ必要がある。ここからが本番だ。
「呉工を、倒してきてねー」
あゆは、手を差し出した。
「うん!」
鳴海は、その手を強く握り返した。
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