第54話 朱雀女子高の作戦タイム

 燃えるような赤いセーラー服を着た朱雀女子校の三人は、そろってスクリーンを見ていた。そこには『作戦タイム 十五分』の文字があった。各校の選手名と、残り時間も同時に映し出されている。


 対戦する二つの学校はそれぞれの控え室で、どのようにチームセッションを進めるのか決めるのだ。自チーム自由曲、相手チーム自由曲、課題曲の担当をそれぞれ誰にするか、そして自由曲を何にするか。このオーダーが勝敗を大きく左右する。実力が高いレベルで拮抗する全校大会においては、わずかな判断ミスが不利な状況を生み、致命的な差となってしまう。


 しかし、朱雀女子高の三人は、オーダーどころではなかった。


「ミチル様! くるみさん! 申し訳ありません!」


 奈々子が、涙ながらに頭を下げた。何度も何度も深くお辞儀する。


「私が一人先走ってしまい、皆さんに迷惑をかけてしまいました。大勢の方の前で、あのような恥ずかしい真似を……自分が情けないです」


 響姫への想いが溢れ出すあまり、奈々子は暴走してしまった。公衆の面前の前で他校の生徒に詰め寄り、大会を私物化し、チームの戦略をさらした。


「大切な大切なeインターハイのセッション前に、個人的な感情ばかりを口にして、自分勝手なことばかりして。本当に私は最悪です」


「奈々子様」


 くるみが、両手を組み、大きな目で心配そうに奈々子を見つめる。


「お辛そうです。大丈夫でしょうか? くるみにできることがあったら何でも言ってください」


 その言葉に、かえって奈々子の胸が痛んだ。


「くるみさん、なんと優しい方。私にはもったいない方です」


「そんなことありません」


 奈々子は三つ編みを振り乱し、首を横にふる。


「私は響姫さんが好きです。好きで、好きで好きでたまらないのです。でも気持ちばかりが先走って、うまくいかないのです。もっと静かに自分の心を見つめられたら、どんなにいいでしょう? もっときれいに自分の言葉を伝えられたら、どんなにいいでしょう? でもそれは私にはできません。不器用で、ひどくささくれ立った形でしか表現できません」


 涙を目に浮かべながら、二人に語る。


「その結果、勝負などということになってしまいました。ひどいことを言って、お慕い申し上げているはずの響姫さんを困らせてしまいました。さらには大切な仲間の皆さんにまで迷惑をかけてしまうなんて。うう、私は、全国大会に出て、響姫さんと、会うために……けんかするつもりなんかじゃなかったのに」


 うつむいて、顔を手で覆った。


 こんなはずではなかったのだ。松江のゲーセンで別れたきりとなった響姫と感動の再会をして、美しき氷の女王としもべの関係を取り戻すはずだったのだ。


 でも、響姫は奈々子を拒んだ。しもべにするつもりはないと言った。


 一体なんのためにここまで来たのだろう。なぜ努力して、全国大会までたどり着いたのだろう。


 奈々子は、涙を流した。


「辛いです。苦しいです。私が好きな響姫さんは、響姫さんがなりたい響姫さんじゃありません。響姫さんが嫌いな、過去の響姫さんです。そして今の響姫さんは、素敵な仲間をお持ちです」


 奈々子は、響姫のチームメイトのことを思い出した。二人は、響姫に従うだけのしもべではなかった。響姫のためを思って、言いにくいことも言っていた。あれが、真の友人なのだろう。


「私なんかより、あの人たちといた方が、響姫さんは、幸せになれます。私は、私はどうしたらいいんでしょう」


 絶望的な気分のところに、暖かな声が響く。


「いいんですよ、奈々子さん」


 朱雀女子のリーダー、三年生の仲嶋ミチルだ。


 頭をそっと撫でる温かく柔らかい手を感じた。


 ミチルは、時間をかけ、じっくり、ゆっくりと言った。


「言葉でうまく表せなくても、大丈夫です。相手のためになるかも、後で考えればいい。あなたが響姫さんをどれだけ想っているかが大事ですわ。あなたのそのままの心を、響姫さんにぶつければ良いのです」


「でも、話した結果、響姫さんを困らせてしまいました。気持ちを言葉にするのは、余計なことなのでしょうか」


「人に気持ちを伝える方法は、言葉以外にもたくさんあります。例えば、仕草とか、目線とか、手紙とか、贈り物とか」


 ミチルは、微笑んでいた。


「音楽とか、ゲームとか。ね?」


「ミチル様……」


「あなたが響姫さんを素敵だと思ったのはいつですか? 響姫さんを好きだと感じるのは、どんなときですか?」


 奈々子はゲーセンで過ごした、響姫との時間を思い出した。響姫のなめらかなスワイプと、優しい囁き。二人を繋いだのは、間違いなくファンオケだった。氷の女王とセッションができるのはなによりも嬉しく、できないことは何よりも悲しかった。


 奈々子は顔を上げる。


「私、響姫さんとセッションしたいです。響姫さんに教えてもらって、頑張って覚えたスワイプを見せたいです。エンプレスオンアイスで、響姫さんと本気のセッションをしたいんです」


 ミチルはうなずく。


「あなたは間違ったことをしていません。私たちは、言葉よりも素晴らしい、気持ちを伝えるための方法を知っていますわ。奈々子さん、それを、全力でぶつけにいきましょう。結果がどうなるかわかりません。でも信じましょう、あなたの大切な方を」


「はい!」


「奈々子様!」


 くるみが、奈々子に抱きついてきた。


「なぜ泣いているんですか、くるみさん」


「奈々子様が、元気になって、嬉しいからです」


 くるみは顔をびしょびしょにしていた。ミチルが、それをハンカチで拭きながら言った。


「では行きましょう。気高き乙女の力を見せに!」

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