第69話 準決勝開始
翌日、eインターハイ二日目。
プレイアイランドの二十階の会場の画面には、プログラムが映し出されていた。
eインターハイ本選・ファンタジックオーケストラ女子の部 二日目
13:00 準決勝Aブロック(なんば自由学園 VS 出雲大社南)
14:00 準決勝Bブロック(海桜 VS 青葉杜)
15:00 休憩
16:00 三位決定戦(準決勝敗者二校)
17:00 決勝戦(準決勝勝者二校)
18:00 表彰式、閉会式
その下には「準決勝Aブロック 作戦タイム 残り三分」と出ていた。
準決勝の第一試合、なんば自由学園と出雲大社南のセッションが始まろうとしていたのだ。
なんば自由学園のまひるは、紗夜、夕果とともに、控室スペースにいた。ステージの左側で、三人でセッション前の作戦会議中だ。ステージの反対側では、対戦相手の出雲大社南高校が、同じくオーダーについて話し合っていることだろう。
セッションでは、お互いに選出した曲とプレイヤーの相性がスコアに直結する。これを決めるのは、ある意味、最も緊迫する時間かもしれない。
「こっちのオーダーはいつも通りや」
紗夜が、カナリアの鳴くような美しい声で言った。
彼女は作戦参謀として、いつもこういったときは仕切る。オーダーを考えるのも彼女の役目だ。
「出雲は十中八九、小学生を自由曲から外してくる」
「小学生やのうて、唄江ちゃんな」
あきれてまひるが言うと、夕果がおどおどとあたりを見回している。それをよそに、紗夜は薄手の紫のストールをいじりながら説明する。鈴の鳴るような京都なまりだ。
「小学生は、一回戦の様子からすると、明らかに本調子やない。あの、ええこええこな鳴海ちゃんは、大切な妹分を気遣って、無理はさせないはずや」
紗夜は天使のような整った顔でくすりくすりと笑った。
確かに、とまひるは思った。
昨日の廊下での唄江は、どこか雰囲気が違った。まひるの冗談につきあいながら、目は笑っていなかった。あの空気を引きずっていたら、いいプレーはできないだろう。
「出雲は小学生を引っ込めて、自由曲にはゴスロリを出してくる。ステッププレイヤーには、エンプレスオンアイスが刺さる思うてな。でもこっちは自分の弱点くらい対策済みや。そうやろ?」
紗夜が見つめてくる。まひるはうなずいた。ゴスロリ――柳楽響姫の得意曲であるエンプレスオンアイスは、スワイププレイヤーの主砲として全国大会でもよく使われる。だからこそ、スワイプに弱いステッププレイヤーのまひるは、特別に厚く対策しているのだ。
「向こうの自由曲では思ったより差がつかない。そこに、私がロンナイで鳴海ちゃんをぼこぼこにするいう算段や。鳴海ちゃんが泣いてはるとこが見えてくるわあ」
紗夜は、上機嫌そうに笑っている。昨日、お手洗いにいたときとは大違いだ。
「というわけで、昨日言った通りや。エンプレスオンアイス、きっちり復習してきたな?」
昨日、唄江と別れた後、まひるはお手洗いに向かった。そこには顔色の悪い紗夜と、その背中をさすっている夕果がいた。紗夜はまひるに言ってきた。『明日はゴスロリが相手になる。エンプレスオンアイス、きっちり復習しとき』と、気持ち悪そうに口を押さえながら。
彼女が試合後に嘔吐する癖は、去年から変わらなかった。でも、まひるがいくら心配しても気丈にふるまうばかりだった。気の優しい夕果は毎回心配しているが、二年目の付き合いとなるまひるはいちいち口出しするのをやめていた。
プレッシャーを全身に受けて、傷つきながらも、勝利に向かって突き進む。これが、一条紗夜なのだ。
彼女は、自分とは違う。
全てを理解したうえで、まひるは答えた。
「してへん」
紗夜の顔から笑みが消えた。
「は?」
表情の消えた目でまひるを見る。まひるもそれを見返す。
「エンプレなんて一ミリも復習してへん」
紗夜の声が少しだけ低くなった。
「私の話聞いてたん?」
「聞いとった」
まひるはあっけらかんと返す。
「じゃあ、何しとったんや」
「あ、あ、あ~」
夕果は、か細い声を上げて、手をばたばたと振っている。
まひるが紗夜とにらみ合いをしていると、効果音が鳴り、画面に対戦表が映し出された。
NAMBA vs IZUMO
1st assignment song:ナツサマサマ(マエストロ)
YUKA vs HIBIKI
2nd NAMBA's song:ロンリエストナイト(マエストロ)
SAYA vs NARUMI
3rd IZUMO's song:TOP☆SPEED!(マエストロ)
MAHIRU vs UTAE
「トプスピや」
まひるは、唖然とする紗夜に告げる。
「昨日、めっちゃトプスピやっとったわ」
「なんでや……」
出雲は、唄江を引っ込めなかった。昨日大失敗したTOP☆SPEED!を、自由曲でぶちこんできた。格上のなんば自由学園とギリギリの試合をしなければならない、この大一番に。
紗夜は青ざめた顔で、出雲チームの鳴海のほうをにらんだ。
鳴海は、紗夜に見られたのを理解したのか、ぷいっと別の方向を向いた。
うつむいた紗夜は、カナリアのような美しい声で、小さくつぶやいた。
「むかつくわ。鳴海ちゃん、ほんまむかつくわ……」
「ひいい。さやや、穏やかに、穏やかにいい!」
夕果は縮こまる。紗夜は、思い通りにならない鳴海がよほど気に入らないらしい。
それをよそに、まひるは、唄江のほうを見て、大きくピースした。
「唄江ちゃん、来たな!」
唄江もこちらに気づいたのか、にかっと笑ってピースしてくる。
まひるは、唄江は必ず自由曲で来ると思っていた。
確かにあのとき、唄江は迷っていた。自信を失っていたようだった。
そして紗夜の言う通り、鳴海は仲間のことを第一に考えているように思えた。
でも、だからこそ、唄江を簡単に外してくるようには思えなかった。
一回戦で敗北を喫した唄江は、試合後こそ落ち込んでいるように見えたが、ステップをしているとき、とても楽しそうに見えたからだ。
そして、その予感は当たった。
「かまへん。相手がどういうオーダーで来ようと、こっちは力を尽くすだけや」
手の甲をさし出した。そこに、夕果と紗夜は手を重ねてくる。不安そうな夕果と、白く美しい顔をひきつらせた紗夜。まひるは、彼女たちが打算でここにいることを知っている。二人は自分たちの進退をかけているのだ。だからこそ、彼女たちは勝利に向かって全力を尽くすだろう。まひるは、勢いよく掛け声を叫んだ。
「なんば、魅せたるで!」
「おおー!」
夕果が目を回しながら、紗夜が呪いの表情を浮かべながら声を返した。
反対側からも声がする。唄江の元気な声だ。
「イズミナが行くよー!」
「おー!」
「さて、準決勝スタートです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます