第44話 合同強化合宿

「と、というわけでっ」


 一か月前、松江の旅館の大部屋で、鳴海はホワイトボードの前に立っていた。畳に座る五人の前で、小さい声を懸命に張り上げる。


「出雲大社南高校と呉工業大学附属高校の、合同合宿を、か、開始します」


「おー」


 声と手がばらばらと上がった。唄江は両手を上げているし、響姫は涼しい顔をして扇を上にかざしている。明日花は楽しそうにガッツポーズをしているし、由依は帽子をもって、鈴々はタブレットのペンを振り上げて何か書いている。


「じゃあ早速鈴々、説明してくれ」


 明日花に言われると、ツインテールをたらした鈴々は立ち上がり、得意げに眼鏡を押し上げる。


「ふふ、どうやらみんな、説明して欲しそうな顔をしているわね。そんなに聞きたいなら教えてあげるわ」


 出雲と呉が激戦を繰り広げた地方予選も終わり、ダークホースの出雲がeインターハイの本選へと駒を進めた。その次の週、呉工の明日花が合同練習をしたいと申し込んできた。来年残る由依と鈴々のレベルアップのため。そして、二年連続全国大会出場の経験を生かして、全国大会初出場の出雲を『徹底的に鍛える』ためとのことだった。


 鳴海は全くの未知の世界である全国大会に向けて、またとないチャンスと思った。例によって響姫の力で部費を獲得し、松江近くのしんじ湖温泉に宿を取り、合宿をすることにしたのだ。


 鈴々がタブレットに小さな機械をつなげると、ホワイトボードに大きな日本地図が映し出された。


「eインターハイファンオケ部門は、北海道、東北、北関東甲信越、南関東、中部、近畿、中国・四国、九州の八つの地方ブロック優勝者が集まって最強のチームを決める、ファンオケの甲子園よ!」


 地図は八色に色分けされている。鳴海はごくりと息をのむ。ブロック覇者……つまり、全員が呉工と同等か、それ以上の実力者ということだ。


「試合は地方大会と同じくチームセッションによるトーナメント戦で行われるわ。三回勝てば優勝ね。地方大会より試合数は少ないけど、実力者しかいないからどこも激戦になるわ」


「質問!」


「何かしら長谷川唄江」


 まっすぐ手を上げた唄江を鈴々は指さす。


「呉工が一回戦で負けたのはどこ?」


「傷をえぐってくるわね! でもいい質問よ」


 呉工は、二年連続で全国大会に出場しながら、二年とも第一回戦で敗北している。鳴海たちは呉工の強さを知っているだけに、それを上回る高校がたくさんあるというのは信じられなかった。


 鈴々がタブレットの画面をタップすると、ボードにうつる地図の中で大阪と東京が点滅した。


「去年は近畿のなんば自由学園、一昨年は南関東の海桜高校よ。なんば自由学園は去年の準優勝、海桜は二年連続優勝校。超強豪ね!」


「海桜高校……さくらさんのとこだ」


「そうだ。今まさに試合をしてる」


 明日花が言うと、鈴々がタブレットをいじって画面を切り替えた。


 そこには、筐体に向かう山本さくらの集中した表情が映し出されていた。『音ゲーさせろ。』と書いた白いTシャツを着ている。


 本日行われている、南関東ブロック地方予選の決勝戦だ。


 eインターハイ・南関東ブロック予選決勝

 海桜(東京) 対 舞浜(千葉)

 

 映ったトーナメント表には、中国・四国地方ブロックの倍近い、三十もの参加校がいる。南関東は東京、神奈川、千葉の三都県だけが対象だが、ゲーセンも多い地域だけに、倍近い参加者がいて、平均レベルも高い。そのため、『事実上の全国大会』と言われるほどだ。


 そんなハイレベルな地区の決勝戦で、実質全国クラスともいわれる舞浜高校を、海桜高校は圧倒していた。

 

 KAIO 197439

 MAIHAMA 191560


 二曲終わった時点で六千点差がついており、しかもエースのさくらのプレイが控えている。


 MAIHAMA's SONG:パピヨン・ウイングス(マエストロ)


「あ、パピヨン・ウイングスだ!」


 鳴海が思わず叫んだ。中国・四国地方ブロック予選決勝で、鳴海が選んだのと同じ自由曲だ。舞浜高校のプレイヤーは、新しめの曲であること、連打に癖があることを見て選んだのだろう。


 曲が始まった。そのプレイを見て、鳴海は驚いた。


 舞浜は、イントロにある長い連打を、ほとんど完璧に押し切っていたのだ。


「対戦相手の人、うまいね……」


「鳴海のほうがうまいけどね」


 唄江は言ったが、曲の中盤に来ても舞浜高校のプレイヤーはコンボが途切れていない。それにサビの前にある取りにくいスワイプもコンボを途切れさせずになぞり、さくらにお邪魔ノーツを送っていた。


 舞浜はかなりハイレベルなプレイをしている。しかし……。

 

 SAKURA 70452

 MIKU 67293


「こんなに差がついてる!」


 唄江は目を丸くした。


 さくらは連打も、スワイプも、お邪魔ノーツも、相手よりさらに完璧にさばいていた。サビで曲が盛り上がる中、さくらのほうからお邪魔ノーツを送り返すと、対戦相手はミスして崩れ始めた。そのまま、アウトロの連打がきて、さくらは一切ミスせずセッションを終了した。


 SAKURA 99150(FULL COMBO)

 MIKU 94824


「山本さくら強し! 海桜が一万点差で勝利!」


 ナレーターの声が興奮した様子で告げた。


「南関東優勝は今年も海桜高校! 三年連続で全国大会への進出を決めました! 前人未踏のeインターハイ三連覇はなるのか、目が離せません!」


 さくらは仲間のもとに駆け寄って抱き着いていた。


 鳴海は開いた口がふさがらない。


「きゅ、きゅうまんきゅうせん……」


 響姫も目をしかめ、口を扇で隠していた。


「鳴海のスコアよりも、三千点近く高いわね。しかもフルコン」


 対戦相手も、けしてレベルが低いわけではなかった。だがその上の上を、さくらは超えて行った。


「私たちの練習試合のときは、本気じゃなかった……?」


 前海桜高校とオンラインセッションで練習試合をして、こっぴどく負けたが、

今の実力はそのときをはるかに上回るように見えた。


 画面をじっと見ていた明日花が腕を組んでいった。


「さくらはどんなときも手を抜かねえよ。オフラインセッションのほうがいい記録を出すんだ。それにこの一か月であいつも伸びてるし、これからの一か月でもっとうまくなる。それは他の二人にもいえる」


 三人は唖然とした。鳴海が苦心したパピヨン・ウイングスも、海桜には通用しない。しかも相手も成長中だというのだ。


「どうすれば全国で戦えるかな?」


「別に難しいことはない。まずは、全国レベルの自由曲と課題曲を、しっかり身につけるんだ」


 配信の画面は消えて、ボードに映し出されるのは日本地図に戻った。


 東京の海桜高校と、大阪のなんば自由学園が点滅している。


「あたしも一昨年、海桜に一万以上のスコア差で負けた。次の年、由依と鈴々が入って、リベンジしようとしたけど、今度はなんば自由学園が出してきた自由曲のロンナイにやられた」


「ロンナイなんて出してくるんだ」


 鳴海は呆然とした。


 『ロンリヱストナヰト』は有名アーティストの『夜行性電子音楽倶楽部やこうせいでんしおんがくくらぶ』が提供した人気楽曲だ。キャッチ―な楽曲だが、マエストロ譜面は激しい速度変化と極端な難所があることで知られている。積極的に自由曲としては選択したくはない、と鳴海は思っている。


「ああ。自由曲は地方大会ではレベル9までが多かったけど、全国ではレベル10の最難関がばんばん飛んでくる。対策しなけりゃやられるだけだ。そこで、鈴々が要対策曲を三十曲まとめてくれた」


「これよ!」


 情報収集と分析が趣味の鈴々には、この手のまとめはお手の物なのだろう。得意げにタブレットをいじると、画面の表示が変わった。


 レベル10の難曲の名前がずらりと並んでいる。


「あ、トプスピが入ってる!」


「『Empress on Ice』もあるわね」


 唄江と響姫はリストに得意曲の名前を見て、嬉しそうにしていた。よく出る楽曲を十八番にしているということは、二人の活躍の機会は多そうだ。


 鳴海もリストを見回す。しかし、地方大会の決勝で争った『パピヨン・ウイングス』も『Pirates of Submarine』も入っていなかった。全国ではメジャーではないのだろう。


「その大きな文字は何……?」


 真っ赤な太字で書かれた三つの曲名を指さした。


 『ETERNAL DREAMER』、『Stille』、『ロンリヱストナヰト』。さっき話したロンナイも入っている。レベル10の中でも、トップクラスに難しい曲たちだ。


「『三強』ともいわれる、特にスコアが取りにくい曲よ。全体難のエタドリ、局所難のスティーレ、ギミックのロンナイ。しっかり練習しておかないと、出されたときボロボロになるわ」


「ひゃー、トプスピのほかにも難しい曲がこんなたくさんなんて!」


 唄江がムンクの叫びのようなポーズをとる。


「どうやって対策しよう……」


 鳴海は、かばんからファンオケ攻略ノートを取り出した。大好きなLayLaの曲、リトル・バタフライやパピヨン・ウイングスは事細かに研究している。でも、全ての曲に対してではない。これら三十もの難曲を詰めていくとなると、一か月で時間は足りないように思えた。


「あたしから鳴海に、この三十曲のポイントを伝える」

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