第45話 全国への特訓
「え、私?」
自分を指さす鳴海だったが、明日花はノートを見て言う。
「お前は研究が得意だ。しかもそれをプレイに生かすだけの地力もある。苦手なはずだったパピヨン・ウイングスをしっかり仕上げてきたのがその証拠だよ。お前なら、全国レベルの自由曲も対応できる」
「私が……」
明日花が笑い、鳴海は胸が熱くなった。明日花に褒められると嬉しい。
「これから三十曲を二回ずつノックだ。今日中に全部やるぞ!」
「うん!」
二人はハイタッチした。
盛り上がるリーダーたちをよそに、響姫が扇を開く。
「ところで、全国では課題曲も違うの?」
「あなたにしてはいい質問ね、柳楽響姫」
鈴々が眼鏡を上げながら答える。
「全国大会では課題曲もレベル9以上になる。プッシュ、ステップ、スワイプすべてに高いスキルが必要だから、生半可な地力じゃ通用しないわ。こっちがよく出る課題曲のリストね。これらの完ぺきな分析を、柳楽響姫、私からあなたに伝えてあげる」
「げっ。私に?」
響姫は鈴々に苦手意識を持っているのか、あからさまに嫌がっている。
「プッシュ、ステップ、スワイプのバランスがいいからよ。課題曲担当はね、あなたみたいな無難なプレイヤーが一番向いているんだわ」
「無難とかいうのはやめなさい」
扇で指すが、鈴々は首を横に振る。
「そんなこと言いながら、今、課題曲のことを気にしてた。自分がその役割だって気づいているでしょ」
地区予選の決勝で、響姫は課題曲への対応力を見せた。負けはしたものの、プッシュ重視の曲で、プッシュプレイヤーの鈴々に迫るスコアを叩き出したのだ。スワイプ以外も高いポテンシャルを持っていることを意味している。
「……仕方ない、教えさせてあげてもいいでしょう」
響姫は観念して扇をたたむ。またしても鈴々との言い合いが始まっているが、内容は聞かずに鳴海は微笑んだ。彼女は、人に教わることにすっかり抵抗がなくなったようだ。
一方その隣では、幼馴染がずっとそわそわしていた。鳴海の袖を引っ張る。
「ねえ、うたは? うたは?」
早く自分にも役割を与えてくれと言わんばかりだった。
鳴海が相手チームの自由曲、響姫が課題曲の担当となれば、残るは一つだ。
しばらく話を聞いているだけだった由依が静かに口を開いた。
「唄江は自チームの自由曲担当。切り込み隊長になるね」
「隊長! やったー」
両手を上げて喜ぶ。
「唄江は、一曲目から『TOP☆SPEED!』を選べる度胸と瞬発力がある。トプスピは全国でも刺さる曲だよ。徹底的に極める価値がある」
「てことは、トプスピやりまくっていいの?」
目を輝かせる唄江に、由依は口元を少しだけあげた。
「いいよ。唄江は、僕とトプスピの集中練習だ」
「わーい、由依とだ! よろしくー」
唄江は腕に抱き着いた。二人は地方大会決勝で激闘を繰り広げたステッププレイヤー同士だ。通じ合うものがあるのだろう。
響姫は鈴々と、唄江は由依とじゃれついている。
仲が良いのはいいが、これではいつまでも練習が始まらない。
鳴海はしばらく立ちつくしていたが、明日花に背中を叩かれて、また小さな声を張り上げた。
「じゃあみんな……練習開始っ」
六人は三組に分かれ、近隣のゲーセンに散った。
それからは、ひたすらプレイのし通しだった。鳴海は明日花と自由曲、響姫は鈴々と課題曲、唄江は由依と『TOP☆SPEED!』の練習を集中して行った。
鳴海は明日花と一緒に三十の自由曲をプレイした。どれも難曲ばかりだったが、難所のうまい押し方などを明日花が丁寧に教えてくれた。鳴海はそのすべてを事細かに攻略ノートに手書きでメモした。スマホやタブレット入力だと、鳴海はよく覚えられないのだ。記録するのはプレイ時間と同じくらいかかったが、明日花は根気強く待っていてくれた。
多くの曲をプレイして、鳴海は速度変化が苦手だということが改めてわかった。ファンオケでは曲の速度が半分になると、画面上のノーツとノーツの間も半分の距離に詰まって見える。そのうえ、視界を制限したりして見えやすくするオプションもない。これにどう対応するかは、鳴海にとって大きな宿題となった。
「いただきまーす!」
たっぷりファンオケをプレイしたあと、夕食になった。
窓の外から、宍道湖の広い広い水面と、そこに沈む夕日がよく見える。食堂の広い畳の上に膳が置かれ、高校生向けにボリュームたっぷりの定食が並んでいた。魚をメインに、小鉢がたくさんある。
「この味噌汁、うまいな」
「うん。しじみがいっぱいとれるからねえ」
味噌汁を飲む明日花に、鳴海は微笑んだ。味噌汁には大量のしじみが入っている。宍道湖はしじみの産地なのだ。
響姫も、しじみを一つ一つ丁寧にちまちま食べている。料理を全て食べ終わるころには明日になっていそうだ。唄江がそれを見て聞いた。
「響姫、肉食べないの?」
「うるさいわね。後で食べるから、取るんじゃないわよ」
もめていると、由依が肉じゃがの皿を出してきた。
「これあげるよ」
いらないらしい。彼女もなかなかに小食のようだ。
「ありがとー」
唄江は満面の笑顔でぱくぱく食べ始めた。
「ステップいっぱいやったら、おなかすいちゃって」
由依は食べ物を運ぶ横顔を見ながら落ち着いた声で言った。
「トプスピ、今日でかなりつかんでいたね。全国でも得意にしてるプレイヤーはいるけども、唄江なら十分対抗できるはずだよ」
「本当?」
唄江はごくりと飲み込むと振り向く。
「トプスピ好きな人、全国にもいるの?」
嬉しそうだ。由依はうなずく。
「なんばの、まひるはそうだよ」
話していると、鈴々が突然割って入ってきた。
「なんば自由学園二年生、原まひる。スキルレベル93で得意曲は『TOP☆SPEED!』、西日本一のステッププレイヤーと呼ばれているわね」
早口でそれだけ言うと、満足そうに自分の料理に戻った。情報を披露したかっただけのようだ。
唄江は由依に聞く。
「西日本一!? そのハラマヒルってステップうまいの?」
「うん。僕は去年彼女に勝てなかった」
「由依よりうまいなんて、ハラマヒルおそるべし」
由依は、しじみ汁を飲み干した。
「明日花がいるときにリベンジしたかったけど……できても、来年になりそうだね」
彼女はお椀を持ったまま、湖畔に沈む夕日をじっと見つめていた。
「由依……」
唄江は箸とお椀を置いた。
由依も去年、なんば自由学園に当たり、悔しい思いをした一人なのだ。彼女は今年その雪辱を晴らすべく、難しい自由曲を二つも仕込んでいた。しかし、出雲大社南に敗北し、eインターハイでのリベンジのチャンスはなくなった。
唄江は、あごに手を当てて考え込んだ。
「じゃあ、うたが勝ったら……」
そして、ぽんと手を叩く。
「うたがハラマヒルに勝ったら、由依はうたに勝ったから……由依がハラマヒルに勝ったことになるね!」
由依はそれを、じっと唄江を見ながら聞いていた。
彼女がしばらく黙っていると、我慢しきれなくなったのか、響姫が横から口を出してくる。
「あなた、それおかしいでしょう。第一、曲が違うし」
しかし、由依は首を横に振った。彼女は口に手を当て小さく笑っていた。
「いいや……それはいい考えだね」
唄江は彼女が笑うのを初めて見た気がした。
「よーし、じゃあ、うたはハラマヒルに勝つよー!」
唄江はまた勢いよくぱくぱくと料理を食べ始めた。
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