第33話 母からの電話
まずいかもしれない。なぜなら、この遠征は家族には内緒だからだ。
ゲームばかりしているとろくな大人にならない。いつもの話をされるだけだと思い、学校の行事で泊まりがあると誤魔化していた。その嘘がバレたら困る。
鳴海は寝る唄江、布団の中でアプリに熱中する響姫をよそに、部屋を出てロビーまで行き、電話に出た。
「お母さん、どうしたの?」
「うたちゃんママに聞いたわよ」
いきなり、電話口から厳しい声がした。
「泊まりがけでゲームってどういうことなの」
「あっ」
鳴海は声を漏らしてしまった。なんのことはない。
唄江が嘘をつけるはずもないし、つく必要もない。彼女は無邪気に母へ今日のことを話していたのだろう。そして、家族ぐるみの付き合いである唄江ママから鳴海の母親に伝言がいき、嘘がばれたのだ。
「あっ、じゃないわよ。夜中のゲーセンなんて危ない場所行ってるんじゃないでしょうね」
「別に危なくないから。ゲーセンじゃないし、ゲームするのは昼だよ。うたちゃんも、響姫ちゃんもいる」
「ヒビキって誰よ。まさか男の子じゃないでしょうね」
「女の子だよ、少し怪しいけどいい人だよ」
「怪しいですって」
家ではゲームの話をしていない。当然そこで出会った響姫の話もしていない。鳴海は、喋れば喋るほど墓穴を掘ってしまう気がした。
「とにかく、嘘ついて泊まりなんてそんな子に育てた覚えはないからね」
「話さなかったのはごめん、でも明日の夜には帰るから」
「だめ。明日の朝から、お父さんと一緒に迎えに行きます。昼には広島着くから」
問答無用だった。
「昼!?」
鳴海は叫んでしまった。フロントのおばさんに振り向かれ口を塞ぐ。
「当たり前でしょ、何があるかわからないんだから。絶対今日は危ないことするんじゃないわよ」
「そんな。せめてセッションが終わるまでは待ってよ」
大会の準決勝は、明日の昼に始まる。試合が始まる頃には、連れて帰られてしまうだろう。
「何がセッションよ。一日くらいゲームができなくても困らないでしょ。あなたに必要なのは反省! せめていい子に待ってなさいよ」
一方的に言いながら、母親は電話を切った。
「そんなあ」
鳴海は途方に暮れた。かけ直そうにも、話が通じる様子ではない。
せっかくここまできたのに。出会いがあり、仲間を集め、困難を乗り越えて、大会に参加できたのに。
明日どうなるのだろう。無事セッションはできるのだろうか。
鳴海は部屋に戻った。電気はついたままだった。唄江は毛布を行儀良くかぶり、仰向けですやすやと規則正しい寝息を立てていた。響姫はうつ伏せでスマホの画面を流したまま寝ていた。アプリをやっている最中に寝落ちしたのだ。
夜は長いんじゃなかったんだろうか。
鳴海の口からくすりと笑いが漏れた。響姫にスマホごと毛布をかけて、電気を消した。そして布団に入った。
鳴海の不安は、少し和らいだ。二人の寝顔を見たら、根拠もなしに、なんとかなりそうな気がしたのだ。
ここは、自分にとっていちばん居心地の良い寝室だ。
鳴海は、目を閉じた。もっと二人と音ゲーをしたいとそう思った。
地方ブロック予選の、二日目が始まった。
本日のプログラムは、A、Bブロックの準決勝と、その勝者同士による決勝戦だ。決勝の勝者のみが、全国大会に駒を進めることができる。
Aブロックの準決勝は、呉工の圧勝だった。北由依は自由曲、『Mechanical Pirates』の複雑なリズムを見事に乗りこなし、五千点の差をつけた。対する鳴門高校も自由曲『オリエンタルブリッジ』でフルコンボを達成するという大健闘をしたが、スコアでは明日花が上回った。
「美咲、ありがとう。めちゃくちゃ上手くなったな。すごいよ」
明日花は対戦相手の美咲に手を伸ばす。
「いいや、私はまだまだです。明日花さんに比べれば」
「コンボでは美咲の勝ちだ。上手くなったのは確かなんだから、謙遜することねえよ。お前とやれて嬉しかった」
「明日花さん。ありがとう」
美咲は泣きそうになりながら力強く手を握った。
それを見ながら、観客席の鳴海はつぶやく。
「やっぱり、明日花さんすごいなあ」
「取りにくいノーツを捨ててたわね。相手の自由曲を研究済み……周鈴々の入れ知恵かしら」
響姫が扇をたたみながら、明日花のプレイを分析した。
「プレイもそうだけど、やっぱりすごく慕われてるんだなあって思って」
「鳴海?」
唄江が首をかしげる。
そのとき、聞きなれた母の声がした。
「鳴海!」
後ろを向くと、父が入り口近くに直立不動でおり、母は手招きをしている。それは地獄へのいざないに思えた。
「……お母さん、お父さん」
「鳴海、お母さんたち来てるの? 応援?」
「ちょっと待ってて」
昨夜かかってきた電話のことは、まだ話せていない。
電話の後、鳴海は眠れないどころか熟睡し、唄江と響姫ともども昼前にやっと目を覚ましたからだ。昨日同様、大騒ぎしながら急いで準備を済ませて会場に駆け込んだ。
だが、早く起きていたとしても、話に出さなかっただろう。二人を不安にさせるだけと鳴海は思っていたからだ。
「いいけど、すぐ試合よ? 挨拶なら早くすることね」
響姫ものんきなことを言っている。だめもとでなんとか説得するしかない。
不思議そうな顔の二人をよそに、悲壮な覚悟で鳴海は立ち上がった。
重い足取りで、両親のもとにまで歩く。
「……お母さん、言ってたより遅いね」
「いろいろ聞いてたからね、係の人に」
父が補足する。粗探しでもしていたのだろうか。
「そうなんだ」
「聞いて分かったけど、この大会」
母は、鳴海を見て言った。
「けっこうちゃんとしてるわね」
「え?」
母はむしろ楽しそうでさえあった。
「ちゃんとした会社がやってるみたいだし、危ないところもなさそうね。あんたのゲーム、やってる子いっぱいいるのねー。オタク系ばっかりかと思ってたけど、普通っぽい子もいるじゃない。ここで友達作りなさいよ」
鳴海は、話についていけず、ぽかんと口を開けていた。
「どういうこと? 連れ戻しに来たんじゃないの?」
父が、頬をぽりぽりかいてばつが悪そうに言った。
「大会の様子を見て、それはやめになった。鳴海は試合に出ていいよ」
鳴海は頭の中を整理した。
つまり現場を見た結果、健全な大会であることがわかり、連れ戻すつもりがなくなったのだ。無事に試合に出られるのなら、鳴海としては願ったりかなったりである。
鳴海はふうと息をついた。どう説得しようと悩んでいたところにこれは拍子抜けだ。心配は無用だったのだ。
でも、どういうわけか、あまり嬉しいという気分にはならなかった。
普段あまり出かけることのない母は興奮した様子で、ざわざわした会場を見まわしながら言う。
「特に明日花ちゃんって子。いい子で、応援したくなっちゃう」
「う、うん」
「ゲームやってる子にも、ちゃんとした子もいるのね。見直しちゃった」
明日花は確かによい子だ。面倒見がよくて誰にでも気さくで優しい。鳴海も大会に出ようかどうか迷っているとき、明日花に背中を押してもらった。今ここにいるのは彼女のおかげだ。好きだし、尊敬も感謝もしているし、彼女のおかげで母のゲームへの偏見がなくなるのは良いことでもある。
それでも鳴海は、あまり嬉しいとは思わなかった。
鳴海も、大会に出ているのだ。
そして明日花は、大会で倒すべき対戦相手なのだ。
「あんたも、あの子みたいになんなさい」
母は、人生で千回は繰り返している言葉を言った。
「お母さん」
鳴海はうつむいた。
「私も出てるんだよ。これから準決勝」
「そうだったわね。まああんたも、それなりにがんばりなさいよ」
母は、あっさりと告げた。
たぶん他の参加者は、鳴海か明日花で言ったら、間違いなく明日花を応援するだろう。二年連続で大会を優勝していて、全国でも活躍して中国・四国ブロックの名をあげてほしいホープだ。全国大会で勝つことを悲願に、信頼できる仲間とともにたゆまぬ努力を続けている人格者だ。
ぽっと出の出雲大社南高校とは違うのだ。
あの子みたいになりなさい。
「鳴海」
父が、肩にそっと手を置いた。
「父さんは鳴海を応援してるからな」
「……ありがとう」
鳴海は力なく返した。
わかっている。母は子供っぽいところがあり、周りも自身も彼女をコントロールすることはできない。そのうえで父は鳴海を気にかけていて、フォローしてくれている。気遣いは嬉しい。
鳴海は、しかし、思った。自分は、本当は……。
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