第2話 リトル・バタフライ
NARUMI vs UTAE
NARUMI's SONG:リトル・バタフライ(マエストロ)
アーティスト:Yuki Nakano feats.LayLa
BPM:150
レベル:6
プッシュ☆☆☆☆☆☆
ステップ☆☆☆
スワイプ☆☆
「よーし、うたが行くよー!」
唄江は腕を回し、やる気は十分だ。
鳴海はボタンに手を添えると、深く息を吐いてプレイ画面を見つめた。
真ん中には上から下に『プッシュ』ノーツが降りてくる五つのレーンがあり、下側には奥から手前に向かって『ステップ』ノーツが近づいてくる三つのレーンがある。さらにメイン画面の左上と右側には『スワイプ』のための二つのモニターがある。『プッシュ』、『スワイプ』、『ステップ』の三種類の動きで音楽を楽しむのが、『ファンタジック・オーケストラ』だ。
『リトル・バタフライ』のイントロが始まった。浮遊感のあるエレクトロポップのサウンドに合わせて、五つのレーンから音符マークが降りてくる。それが画面下側のラインに触れると同時に、鳴海は手元のボタンを押す。押されたボタンに合わせて音がなるのと、ボタンの跳ねっ返りが気持ちいい。この操作が『プッシュ』だ。
音が細かくなるのに合わせて、音符が増える。複数を同時に押したり、同じボタンを連打したりする。
「うひゃー、やっぱりここ、うまく押せないよー」
隣で唄江がうめいている。彼女は『プッシュ』が苦手なのだが、いつも楽しそうにプレイする。
イントロが終わると、ボーカルLayLaのアンニュイだけど透明感のある歌声が静かに紡がれていく。それに合わせ、左上の『スワイプ』モニターに円形の白い光の線が現れた。その線は上から時計回りにゆっくりと赤く染まっていく。鳴海はモニターに指を伸ばし、線の色が変わるのに合わせてなぞっていった。
この線をなぞる操作は『スワイプ』と言って、うまくはまると、指揮をしているみたいで、気持ちいい。でも繊細な動きが必要で、白い線が赤く変わるの合わせないとなかなかスコアが出ない。これができるのはすごく手先が器用な人なんだろうと鳴海は思う。
Bメロに入るとのびやかな曲調になり、画面の下側の奥から赤、青、緑の靴マークが現れ、手前に近づいてきた。
「きたきたー」
急に唄江が水を得た魚のように跳ねた。彼女の得意な『ステップ』が始まったのだ。
靴マークが手前のラインに重なるのに合わせて、足元に描かれた円を踏む。四つ打ちの規則正しいリズムに合わせて、赤、青、緑と順番に踏んでいく。音楽の盛り上がりと一緒に動きは少しずつ細かくなる。運動が苦手な鳴海だが、音楽に合わせてステップを踏むのは、踊っているようで気持ちよかった。
サビに入ってからは伸びやかなメロディ、リズミカルな伴奏に合わせてプッシュノーツがレーンを落ちてくる。ボタンの感触と演奏感が楽しい。きれいな歌だが、詞は力強い。鳴海がこの曲を好きなポイントだった。
アウトロが進み、最初と同じ蝶の羽のような配置の音符が落ちてきて、曲が終わる。
スコアと勝敗が表示された。
NARUMI 99143
UTAE 95736
NARUMI Win!
「また負けたー! 鳴海、ほぼパーフェクトだ」
「うん、私のいちばん好きな曲だから」
「リトフラで鳴海に勝てる人はいないね!」
唄江は負けたのに、にこにこ笑っている。鳴海は手放しで褒められて恥ずかしくなった。
そのまま唄江の自由曲『TOP☆SPEED!』もプレイして、ゲームが終わった。
「あ、解禁だよ、鳴海!」
画面が変わり、キャラクターがすごろくのようなマス目を進んでいる。新曲の解放イベントだ。
「後二回くらいでゴールかな?」
「鳴海、『パピヨン・ウイングス』、楽しみだね!」
今回解放される『パピヨン・ウイングス』は、アーティストがYuki Nakano feats.LayLaと発表されている。『リトル・バタフライ』と同じだ。曲名も似ているし、続編にあたる曲なのではないか。そう思って、今日は楽しみにしてきた。
「よし、もう一回やろう!」
「うん!」
唄江は頷いた。
これから新曲、それもLayLaの曲を出して、思う存分プレイするんだ。そう思うと、鳴海の胸は高鳴った。
しかし、次の瞬間、後ろから声がした。
「これより
拍手の音がする。振り向くと、黒を基調としたゴシックなドレスをまとう女の人がいた。優雅なロングスカートを歩くたびふわりと揺らしている。グレーの髪の毛は長くてウェーブがかかり、目鼻立ちは西洋人のようにはっきりしている。鳴海より背が高く、年上に見えた。
彼女は、紫色の羽がついた扇を持ち、ゆっくりと仰いでいた。横には小柄な女の子がピッタリとくっついており、ほかにも数人の女性を連れている。
「響姫さん、エイリアンです」
ボタンを拭いた女の子が、エナジードリンク、『エイリアン』の缶を渡した。
「やはりお茶会といえば、まずはこれよね」
響姫は女の子に小銭を渡すと、エイリアンを受け取って頭を撫でた。
「さすが
「響姫さん……ありがとうございます」
奈々子がうやうやしく頭を下げる。響姫はタブを開けた。
そして、缶の底を上に向け飲み始めた。響姫は一息でエイリアンロング缶を飲み切り、奈々子に空き缶を渡した。
「さすが響姫さん、素敵です」
奈々子がうっとりした顔で褒める。何がさすがなのか鳴海にはわからなかったが、盛り上がっている。
「鳴海、あれ何?」
「なんかのイベントかなあ。それより次やろ」
鳴海はコインを取りだした。不思議な集団で気にはなるが、あまり関わらない方がいいだろう。今はファンオケの続きをしたい。
しかし、次のクレジットを入れようとしたところ、後ろから声がかかった。
「あなたたち、何をぼうっとしているの」
振り向くと、女性が畳んだ扇で二人をさしていた。
「私たちですか?」
「そうよ、あなたたちに言ってるの。次は私たちの番。早く退きなさい?」
物分かりの悪い子供に優しく言い聞かせるような声だった。扇で左をさす。後ろには、何人か女の子が控えている。
「すみません」
鳴海は、唄江の手を取って筐体の前からどいた。唄江は少しムッとしている。鳴海も高圧的な態度が気になったが、トラブルは起こしたくないし、ファンオケをやるならプレイは交代すべきだ。
「ちょっと、むかつかない? あの偉そうな人」
プレイ待ち用の椅子にすわりながら、唄江は耳打ちしてきた。
「順番だから仕方ないよ」
「えー、鳴海は人が良すぎるよ」
「まあ、見てみよう? あの人がどんなプレイをするのか気になるし」
「ふうん」
唄江は納得行かなそうに筐体前の女性を眺めていた。彼女の押すボタンを、連れの
女の子が布で拭いている。どうやら彼女は、同行者たちにかなり特別扱いされているようだった。
一連の動きを見ていた唄江は、皮肉たっぷりに言った。
「確かに、どんなプレイをするのか、気にはなるね」
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