第56話 一回戦開始

 プレイアイランド本社二十階の会場には一段高い場所にステージが設けられ、二つの筐体一セットが置いてあった。その両横には各校の待機場所が用意され、ステージの下に、観客席が用意されている。観客席の一角には関係者席があり、参加者は目前でライバルのセッションを見ることができる。

 なんば自由学園の三人も例に漏れず、観客席最前列からステージを見ていた。朱雀女子と出雲大社南、勝った方が二回戦の対戦相手になるのだから、よく見ておく必要がある。

「出雲と朱雀の人たち、さっきもめていたみたいだけど、大丈夫でしょうか?」

 ゆかぴーこと、向井夕果(むかいゆか)はステージを心配そうに見つめる。パイプ椅子は彼女には小さいようで、長い足を斜めにたたんでいる。

「痴話喧嘩なんてどうでもええ」

 紗夜はつまらなそうな顔で冷たく言い放った。

「勝負の舞台に、個人的な因縁を持ち込むなんて。舐めるんもええかげんにしてほしいわ」

 ため息をつく。

「ひいいい、すみません」

 夕果は、自分が怒られたわけでもないのに、縮こまる。

「うちはおもろい子やなー思うたけどな。しもべの話は知らんけど」

 まひるはのんきに両腕を頭の上で組んで、椅子を揺らしている。

「で、この試合はどうみとるん? 紗夜は」

「勝率は朱雀と出雲で、五分五分」

 彼女は悪態をつきながらも、戦況を冷静に分析していたらしい。

「朱雀は、全国四位を倒しとるが、全員がスワイププレイヤーや。ステップ重視の天神には相性がよかった。一方で出雲が倒したのは一回戦負けの呉やけど、どっちもプッシュ、スワイプ、ステッププレイヤーが一人ずつだから相性は関係ない。地力で言えばトントンで、相性も有利不利なし。出雲の勝つ確率は十分あるで」

「なんや、めっちゃ出雲応援しとるやん。ファンか?」

「鳴海ちゃんには、しゃんと二回戦にあがってもらわんと。叩き潰せないやろ。まあ一回戦で負けはったところを、笑うてやってもええけど」

 紗夜は整った顔で天使のように微笑みを見せた。

「ほんま鳴海ちゃんのこと、目の敵にしとんな」

「当たり前や。顔を見ただけで腹立つわ。わたし人畜無害ですみたいな顔しはって、あないな恥かかしてきて」

「それは紗夜が返り討ちにあっただけやろ」

「うるさいわ」

「は、は、は、始まりますよ。けんかはやめてください」

 夕果が恐る恐る言うと、女性の実況の声がする。

「さてさて、始まりましたeインターハイ。毎年全国の各ブロックの王者が集まり、ハイレベルなセッションが繰り広げられます。さて、ファンタジックオーケストラ女子の部、今年はどんな熱い戦いが繰り広げられるのでしょうか? 解説は私、原マーサがお送りします!」

「あんたの姉さん、ほんまやかましいなあ。品がないわ」

 紗夜が悪態をつくが、まひるは言い返す。

「その通りやけど、お前もやかましいわ」

 原マーサは、まひるの姉で、同じくなんば自由学園の出身なのだ。

 両袖にスポットライトがあたり、三人ずつのプレイヤーが映し出された。

「第一回戦は初出場高校同士の対決です! 両校とも各地の強豪に勝利し、本戦には初めて参加します。新進気鋭のニューカマーの対決、どうなるのでしょう? まずは中国・四国地方代表、島根県の出雲大社南高校!」

 スポットライトが強まった。

「島根県の学校がeインターハイ本戦に出るのは、ファンオケのみならず全部門で初です! 快挙ですね! 出雲大社のすぐそばにある、創立百年の歴史ある学校です。さて、リーダーの天野鳴海さん、なんと懇親会で優勝宣言をしました! 天野さん、意気込みをどうぞ」

 鳴海がマイクを持ち、俯きながら言った。

「あの、えーと、がんばります……」

「もう少し! もう少し何かお願いします!」

 マーサが促すも、鳴海はえっ、えっ、と返すばかりだった。後ろから、二人の仲間がコソコソ言う。

「鳴海、言いなよ」

「大丈夫、あなたならできるわ」

 鳴海は、やっと話し始めた。

「わ、私の家からゲーセンまでは、電車で一時間半もかかります。でもファンオケが好きで、バイトでお金を貯めて毎週行ってます。うたちゃんはこんな私といつも一緒にいてくれて、それで響姫ちゃんとも会えて。チームメイトのために、あのっ、頑張りますっ!」

 パチパチと拍手が響いた。

「仲の良さが伝わって来ますねー、頑張って欲しいです。出雲大社南高校でした。それでは、次は朱雀女子高! こちらは沖縄県、首里城の近くにある学校です。朱雀女子も伝統ある学校で、誇り高き乙女の育成を目指してるそうですね。擬似姉妹制度、というものがあるとか。これはどう言うものなんでしょう、代表の仲嶋ミチルさん?」

「うふふ、そうですわね」

 ミチルは長い黒髪をいじりながら、マイクを持って微笑む。

「そうですわねー」

「あの、どうなんでしょうか?」

「うふふ」

 なかなか話始めない。ほおに手を当ててミチルがにこにこしていると、浅黒い肌のくるみが慌てて駆け寄ってマイクを奪った。

「ミチルお姉様、はやく話してくださいっ。すみません、みなさん。これがミチルお姉様のテンポなんですー!」

「あらあら」

 そのくるみの肩にミチルはぽんと手を置き、やっと話し始めた。

「私と、こちらの金城くるみさんは、ウナイです」

「ウナイ?」

「琉球の言葉で、姉妹という意味ですわ。上級生が、入学したばかりの下級生の姉がわり、シージャとなって、文通したり、学校のことや、生活のこと、いろいろ教えて差し上げるのです。日頃、文通をしたり、食事をご一緒したり、ね?」

「はい」

 くるみがにこにこしながら答える。

「生涯の関係となることも多いですわ。もちろん、姉妹を取らないこともありますが、皆大切なご学友です」

 奈々子にも微笑みかける。

「素敵なつながりですねー。以上、朱雀女子高校でした。それでは、チームセッションの対戦カードの発表です!」

 デジタルサイネージに、対戦表が映し出された。


 IZUMO vs SUZAKU

 1st IZUMO's song:TOP☆SPEED!(マエストロ)

  UTAE vs MICHIRU

 2nd assignment song:ETERNAL DREAMER(プロフェッショナル)

  NARUMI vs KURUMI

 3rd SUZAKU's song:Empress on Ice(マエストロ)

  HIBIKI vs NANAKO


 HIBIKI vs NANAKO。その文字を奈々子は確かにみた。奈々子の鼓動は、一気に速まった。朱雀女子高の自由曲、エンプレスオンアイスには、出雲からは響姫が出る。

 彼女は、奈々子の勝負を受けたのだ。

 ステージの反対側にいる響姫を見た。彼女はこちらを振り向くと、一度だけ頷いた。涼しげな目で、口元は小さく笑っている。奈々子の悩みを、なんでも解決できそうな目だ。

「響姫さん……」

「奈々子様、よかったですね。よかったですね!」

 感激屋のくるみは、すでに涙を流している。ミチルはその様子を見て微笑んでいる。

「うふふ、奈々子さん、それでは掛け声をお願いします」

「はいっ」

 三人は、それぞれの手を重ね合わせた。

 奈々子はミチルとくるみと目を合わせ、頷き合うと、大きく息を吸った。

「てぃーだかんかん照る限り! 朱き未来は消えません!」

 あまりの大声に、客席中の目線が集中する。

「朱雀女子高、なんくるないさー!」

 奈々子の大声に合わせ、三人は手を挙げて高らかに叫んだ。

「なんくるないさー!」

 声が響きわたる。

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