第36話 明日花とさくら
「三時より、出雲大社南高校と、呉工業大学附属高校による決勝戦を行います。選手の皆さんは、事務局までお越しください」
会場にアナウンスが流れた。鳴海は、息を呑む。
「いよいよだね」
呉工は強敵だ。練習試合では、響姫は鈴々の分析術に翻弄され、唄江は由依の自由曲に歯が立たず、鳴海は得意曲で明日花に負けた。おそらく本番も同じマッチングになるだろう。練習の成果を見せる時だ。
「鳴海なら大丈夫だよ!」
唄江が背中を叩く。
「言っておくけれど、あなたも出るのよ」
「もー、そんなのわかってるよー。響姫うるさい」
唄江は文句を言う。二人の様子を見ていたら、少し緊張が和らいだ。
「鳴海。決勝、来たな」
背が高く、大人びた少女が歩いてきた。金髪に、革の黒いジャケットを羽織っている。
「明日花さん」
手が差し出された。その様子を見て、響姫と唄江は目を見合わせた。
「先、受付行ってるわね」
気を遣ったのだろう、二人は事務局に向かい、鳴海と明日花が残された。
「お前なら決勝まで来ると思ってたよ」
「来られたのは、明日花さんのおかげでもあるよ」
彼女はライバルでもあるが、恩人でもある。明日花とのセッションで、鳴海は大会への出場を決意したのだ。
「いや、お前たち自身の力だよ。ここから先は、通さないけどな」
鳴海は、明日花の手を強く握る。
「よろしくね」
その時、よく通る大きな声がした。
「明日花―! 鳴海ー!」
振り向くと、二人ともあっけにとられた。白いTシャツに『音ゲーしたい。』という文字。全国ナンバーワン、東京は海桜高校の山本さくらだ。
「さくら? どうしたんだよ」
「来ちゃった」
頭に手を当てるさくらに対し、明日花はあきれ顔だ。
「いや、来ちゃったじゃねえよ。明日関東大会だろ?」
eインターハイの予選は、各地で順次行われていて、すでに関西、北海道、東北、中部は終わっている。関東大会は出場校も多いので、二週間に分けて行われる。開始は翌日なのだ。広島に来ている場合なのだろうか。
さくらは両手を腰に当てて自慢げに言う。
「行きは夜行バスだったけど、帰りは新幹線だから大丈夫。バイト代はまたなくなっちゃったけどね!」
「そういう問題じゃねえだろ。練習とか、体調管理とか」
「曲は昨日までに仕上げたよ。ここでエネルギーをもらったほうが、いいプレーができる。何より、私が最初に鳴海を誘ったんだ。それで出てくれたのに、見に来ないわけには行かないよ」
さくらは、鳴海を見つめた。
「それで、わざわざ広島まで?」
「もちろん! 鳴海が出てくれて、本当に嬉しい。決勝まで来るなんてすごいね。でも明日花は強いよ。鳴海がどうプレイするのか、楽しみだ!」
それを聞いて、明日花はため息をついた。
柄にもなく、小さく肩を落としている。
「お前にはかなわねえな……」
「そうかなあ。一昨年の全国大会では私が勝ったけど、今はわからないよ。明日花がスコアの高い曲もあるしね。今年当たったらどうなるかな」
無邪気に話すさくらに、明日花は言い放った。
「いや、そういうことじゃねえよ」
鳴海は、なんとなく不安に思った。明日花の声に元気がない。冗談には聞こえなかったからだ。
「え、どういうとこ?」
「全国まで行くのが、当然って思ってるとこだよ」
鳴海は、かなわないというのは、呉を評した痛烈な皮肉だということがわかった。
呉工は、全国大会に二年連続で出ているが、一勝もできていないと言っていた。二年前、一回戦で呉工は海桜にあたったのだ。
そして負けた。
おととしも去年も、一回戦で負けたのだ。
勝つのは彼女たちの悲願で、そして全国に上がるのも簡単ではない。
「地方でも勝つのは大変だ。鳴海はもちろん、あゆも美咲も、みんなどんどんレベルが上がってる。工夫してぎりぎりいけるかってとこだ。もう中国・四国ブロックは呉工の天下じゃない」
「明日花」
彼女は、決勝まで来たトーナメント表を見上げて言った。
「それでもあたしは、由依と鈴々を全国に連れていきたいんだ。全国で、勝たせてやりたい、なんとしてもな」
「明日花ならできるよ!」
さくらは元気よく言ったが、明日花にそれは通じていないようだった。
「だから、それが……」
声を一瞬荒げたが、ふうと息をついて言い直した。
「いや、なんでもない。悪いな、変なこと言って。忘れてくれよ」
さくらも目を見開いている。さすがの彼女も、しゅんと肩を落とした。
「明日花、なんか、ごめん……」
「気にすんなよ。じゃあ鳴海、決勝ではよろしくな」
明日花は、手をさっと上げて背を向けた。
変な空気になってしまった。
明日花は全国での勝利を目指すあまり、思い詰めている。このまま彼女を行かせてはいけないと鳴海は思った。決勝ではプレイに集中したい。
「あの、明日花さん」
頭の中がまとまらないまま、震える声を背中にかける。
「私、さくらさんと明日花さんに大会に誘ってもらって、参加してすごくよかった。こんな音ゲー好きな子がいっぱいいて、一緒にファンオケできるなんて、思わなかった。明日花さんみたいなすごいプレイヤーで、素敵な人とも、出会えるなんて」
しどろもどろになりながら言う鳴海に、明日花は顔を赤くして振り返る。
「おいおい、なんだよいきなり。褒めても手加減しないぞ」
「わたし、明日花さんみたいな人になりたくて。かっこよくてかわいくて、気立が良くてみんなから尊敬されて。みんなのことを考えて、一生懸命努力しててっ」
鳴海はなんとか言葉を紡いでいった。
「やめろ、照れるだろ」
「……だから、明日花さんが音ゲーを一番楽しんで欲しい」
「楽しんで?」
「うん。楽しんで、やってほしい。勝つか、負けるかはわからないけど」
それを聞いて、明日花はやっと小さく笑った。
「……そっか。ありがとな」
拳を出してきた。
「でも負けないよ。お前らに勝って、全国を目指す」
「私も負けないっ」
鳴海はそれにつきかえす。
鈴々が、甲高い声で話しながら手を振ってきた。
「明日花、遅いわよー。試合まで後二十分しかない。ミーティングに十分、精神統一に五分の予定でしょ。早く受付をすませて、作戦を練るわよ」
明日花は仲間たちのもとに向かった。
「おう」
残されたさくらは、Tシャツの『音ゲーしたい。』の文字とともに、すっかり小さくなっていた。
「鳴海も、ごめん。気を遣わせてしまって」
「ううん。私も、言いたいこと言っただけ……」
「私、空気が読めなくて、たまにこんなふうになっちゃうんだ」
しょんぼりするさくらに、自覚があるんだ、と言うのはやめた。
「明日花さん、決勝前だから、緊張してるんだよ。私もばくばくいってる」
鳴海は胸に手を当てた。緊張で鼓動は速い。
「……私、鳴海に声かけてよかったって思うよ」
「え?」
「だって鳴海は優しい子で、音ゲーが大好きだ。しかも空気も読める!」
拳をぐっと握った。
「あはは」
鳴海は笑ったが、胸が暖かくなるのを感じた。さくらはどうも察しが悪いが、心根は純粋だ。
「私も鳴海と同じことを思う。明日花には誰よりも音ゲーを楽しんでほしいって」
「うんっ」
「それはもちろん、鳴海もだからね」
ウインクした。さくらは、さっそうとかけていった。
「頑張ってね! 決勝戦!」
「ありがとう、さくらさん」
決勝前に、明日花とさくらとこんな話をするとは思わなかった。明日花に初対面のときは仲良く音ゲーをやっているように見えたが、うちでは色々と思うところがあるのだろう。
でも、鳴海は、少し安心した。
明日花は、完ぺきでもなんでもないのだ。思い詰めたり怒ったりすることもある。さくらも音ゲーのことばかりを考えている……のは確かだが、友人との話し方に悩んだり、殊勝に反省することもあるようだ。
だからこそ、あんなふうになりたいと思った。
決勝、全力でプレイしよう。
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