第58話 UTAE vs MICHIRU②

 唄江とミチルの二人は、順調にステップノーツを踏んでいく。今のところ唄江がリードだ。


 響姫は、ミチルのプレイ画面が映し出されたスクリーンを見て、鈴々と話していたことを思い出した。合宿で、課題曲の対策をしながら、全国のランカーのデータも得ていたのだ。


『朱雀女子高は初出場だから、全国のデータはない。でも、九州地方予選の過去の決勝戦から、仲嶋ミチルの戦績はわかったわ』


 鈴々は、去年と一昨年の九州予選決勝のスコアを見せてくれた。


 MICHIRU 97415 vs AMI 95132

MICHIRU 98421 vs NODOKA 96154


 どちらも、大差で勝っている。


『二年連続で朱雀女子高は天神商業に大差で負けてる。でも、仲嶋ミチルのセッションだけは勝利しているのよ。相手チーム自由曲で、ステッププレイヤーのステップ楽曲相手にね』


 響姫は息を呑んだ。もし朱雀にあたれば、自由曲の唄江が相手することになるだろう。ステップキラーのミチルは、唄江の天敵ともいえる。


『仲嶋ミチル。スキルレベル91、朱雀女子高の不作の時代を陰で支え続けたプレイヤー。間違いなく実力は全国クラス、明日花と同等と思っていいわ』


 響姫はスクリーンを見た。二人ともステップの難所をさばいている。


「鳴海、不自然だと思わない?」


「……うん」


 鳴海はうなずいた。


「うたちゃんもミチルさんも、ステップの難所を残さず繋いでいる。それなのに、スコアはうたちゃんがリードしてる」


 曲がサビ前で盛り上がり、再び難所が来る。


 響姫はミチルの画面を集中してみた。ステップノーツが二つのレーンに交互に連な

って迫ってくる。ミチルはそれを押す。B判定、B判定、B判定。スコアの低い判定だ。だが、ミスせず、画面は光った。スコアボーナスを獲得したのだ。


「間違いないわ」


 今のをみてわかった。


「ミチルは難所でリズムをずらしている。押し初めを早く、終わりを遅くしたり、必要に応じて押す順番を入れ替えたり……正確さを捨てて、コンボを繋げることに専念しているんだわ」


 唄江を見た。大きな動きで、得意のステップを踏み続けている。


「そうして、唄江のミスを待っているのよ」






 UTAE 43686

 MICHIRU 42469


 曲はサビ部分に入りますます激しいギターが鳴る。


「さすがです、ミチル様。全国レベルの曲でも、完璧に対応なさるなんて」


 奈々子は目を丸くした。彼女は地方大会でもステッププレイヤーを跳ね除けていたが、最も難しいステップ曲さえフルコンペースで押せるとは。普段のゆっくりした話し方からは想像もできないプレイだ。同じチームなのに、彼女のことは底知れない。


 くるみが、誇らしげに言った。


「ミチルお姉様は、速いテンポが苦手です。でもそのかわりに、どんな曲だって、自分の押し方を見出し、自分のペースに持っていけるのです」


「どんな曲も、自分のやり方で……」


「はい、だからこそミチルお姉様は、くるみの憧れのシージャなんです」


 くるみは日焼けした肌に白い歯を見せて、にこにこと笑った。


 トップスピードは後半に入り、スワイプノーツも増えてくる。画面上部に小刻みに現れるラインを、ミチルは落ち着いた手つきでなぞっていた。彼女は奈々子やくるみと同じ、スワイププレイヤーだ。どんなスワイプでも対応できる。


 一方唄江はスワイプにうまく対応できていない。ノーツの数は多くないとはいえ、激しくステップを踏みながら、本業ではないスワイプをするのは難しいのだろう。


「そろそろです。ミチルお姉様の反撃は」


 くるみは目を輝かせて言った。


 サビが終わり、間奏に入ったところで、この曲の最大の難所がやってくる。長く情熱的なエレキギターソロに合わせて、ステップの細かく、複雑なフレーズが続くのだ。濁流のような靴マークが画面奥から三つのレーンを埋め尽くし、迫ってくる。


 押し方は対照的だった。


 唄江は一個一個、真剣に踏んでいく。


 ミチルは複数のノーツをまとめて一度に処理したり、順番を入れ替えたりと工夫している。


 ここで、さらなるノーツが唄江の画面にだけ現れた。真っ赤ないくつかのノーツが、プッシュレーンに落ちてくる。ミチルのスワイプの完璧な処理によって現れたものだ。ステップの難所に加え、プッシュまで対応するのは難しい。


 赤いノーツは押されずに、画面下のラインに当たって破裂した。減点となり、何より、唄江のコンボは、途切れた。


 UTAE 68243

 MICHIRU 68691(BONUS)






「あっ、うたちゃん……」


 ステージの反対側、鳴海は口を両手で覆った。響姫も扇で口を隠す。


「逆転されたわね」


 間奏の難所で、唄江はミチルの送ったお邪魔ノーツによって、コンボが途切れてしまった。ここは最も長く難しい部分だから、コンボボーナスも大きい。その大量のスコアは、ミスなく突破したミチルのみに加算された。これにより、今までの判定のずれによる得点差が、一気にひっくりかえされてしまったのだ。


「でも、ラストを繋げば」


 鳴海は言った。確かに、ラストにもう一度難所がある。そこのボーナスが取れれば勝てる可能性はある。


 しかし、響姫は肩に手をおき首を振った。ラストに控えるのはBPM222の、三十二分音符からなる、高速の交互連打だ。まともな押し方では対応できず、唄江もほとんど成功させたことがない。


 それに、最後のサビで、唄江はミスが目立った。先ほどの難所より楽な配置なのに、時折コンボが途切れている。ステップの動きも小さくなってきている。たぶん、無意識のうちに、さっきのミスを引きずってしまっているのだろう。速く精密な動きが必要な曲ほど、わずかなメンタルの揺れが大きな差につながる。


 唄江の逆転が難しいのは誰の目にも明らかだった。そのままアウトロに入り、交互連打ノーツがとどめとばかりに大量に迫ってくる。ここはやはりまともに押すのは難しく、唄江はコンボが途切れた。一方ミチルは交互連打さえも自分のテンポに持っていき、正確さを犠牲にコンボを保った。


 ミチルの画面のみが、コンボボーナスを表す光に満ち、リザルトが発表された。

 

 UTAE 90356

 MICHIRU 93521(FULL COMBO!)

 

 MICHIRU Win!(+3165)






 ナレーションが緊迫し、興奮した声で状況を告げる。


「朱雀女子高強い! 仲嶋選手が確実なプレーで自由曲をひっくり返しました! 長谷川選手のステップも見事でしたが、やはり全国には魔物がいた! 出雲大社南、三千点ビハインドで厳しい展開です!」


 唄江は呆然と筐体の前に立っていた。


「唄江さん」


 横から声がして、振り向くと、ミチルがスカートを摘み、礼をしてきた。


「あなたはいつか必ず、素敵な淑女になれますわ。必ずです」


 顔を上げて、柔らかに微笑む。


「にふぇーでーびる」


 そして振り返り、なかまのもとに戻っていく。その言葉は知らなかったけれど、お礼の意味を持つということはわかった。


「ありがとうございます……」


 ミチルを見送りながら、唄江も頭を下げた。


 唄江は理解した。ミチルは最初から唄江がどこかでミスすると予想していた。そして、正確さを捨てたコンボ重視のプレイングをし、思惑通りにセッションを運んだ。大胆な戦術と精密な技術を両立させている。これが全国レベルのプレイヤー、eインターハイ本選なのだ。


 唄江は真っ先に鳴海のもとに走った。


「鳴海……うた、うた」


 駆け寄った唄江が言う前に、鳴海は抱きしめてきた。暖かい腕の中で穏やかな声を聞いた。


「うたちゃん、がんばったね。最後まで、しっかりステップ踏んでたね」


「鳴海」


 肩を持って響姫に回す。


「うたちゃんをよろしくね。私は、行ってくる」


 響姫は頷いて、唄江の頭に手を置いてくる。


 全国大会の開幕を告げる初セッションで、唄江はものの見事に敗北した。三千点もの差をつけられてしまった。いきなり、絶体絶命だ。


「うた、ひどいミスしちゃった」


 唄江は、筐体の前に歩く鳴海を見ながら、響姫に言う。


「ステップにリスクがあるなんて、最初からわかっていたことよ。ミスの可能性を含めて、自由曲にトプスピをぶつけてるの。あなたはプレイをやりきったのだから、後は私たちに委ねなさい」


 響姫はその耳に囁きかける。


「それに、無難にコンボを繋いだミチルより、しっかり押しに行ったあなたのプレーのほうが、よほど見応えあったわよ」


「響姫、うたは」


 唄江はぽつりと言った。


「うたはシュクジョになれるかな」


「なれるわよ」


 響姫は唄江の頭を撫でた。少し嫌そうにしていたが、拒もうとはしなかった。


「さて、見なさい。あなたの好きな鳴海のプレイよ」

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