第59話 NARUMI vs KURUMI①

「ちゅーうがなびらー」


 ステージの真ん中で、日に焼けた肌のくるみは、やはりスカートの端をつかんで礼儀正しく頭を下げた。ミチルとは違って、きびきびとすぐに頭を上げる。


「ちゅ、ちゅーう……」


 鳴海はよくわからないまま挨拶を返そうとしたが、くるみは矢継ぎ早に聴いてきた。


「あの、鳴海さんは、唄江さんとウナイなのですか?」


「え?」


 彼女は目を輝かせている。


「だって、唄江さんを、こう優しく抱きしめて。ミチルお姉様のように、鳴海さんは唄江さんのシージャなのですか?」


「し、しーじゃ、うない」


 とにかく姉妹の話がしたいらしい。夢中で話すくるみに、鳴海は愛想笑いを返した。


「あはは……うたちゃんは、私のホゴシャって言ってるけどね。幼稚園のころから一緒だから、姉妹みたいなものかも」


「幼稚園から! 素敵です」


 頬に手を当ててうっとりしていたが、すぐに我に返って鳴海を指さした。


「でも、絆は過ごした時間の長さだけが決めるものではありません。私とミチルお姉様の絆を見せてあげます」


「はあ……」


 何の勝負なのだろう。いまいち話が通じている感じがしない。でも、深く考えている余裕はない。相手のペースに巻き込まれたら負けだ。


「ミチルさんのことが大好きなんだね」


「はい! 自慢のシージャです! ミチルお姉様ー、くるみを見ていてくださいー!」


 くるみはミチルに大きく手を振った。ミチルはステージの端で、くすりと微笑みながら優雅に手を振りかえしてきた。


 鳴海は、唄江のことを考えた。


 確かに、妹みたいなものだ。でも、鳴海はいつも、忘れ物を届けてもらったり、転んだけがを手当てしてもらったりと、唄江に助けられてばかりだ。なにより、こんな全国大会まで一緒にファンオケを遊んでくれて、鳴海を支えてきてくれた。


 今唄江は、三千点をリードされたのは自分の責任だと思っている。このまま負けたら、彼女はもっと後悔するだろう。全国大会という大切な場で、自分のミスで負けた……そう思わせてはならない。


 音ゲーのときくらいは、自分が支えるんだ。


 そう思うと鳴海は、いつもより深く集中することができた。

 

  NARUMI vs KURUMI

 Assignment SONG:ETERNAL DREAMER(プロフェッショナル)

 アーティスト:ファンタジックオーケストラ

 BPM:68~210

 レベル:10

  プッシュ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  ステップ☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  スワイプ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 輝かしいファンファーレとともに、冒頭からいきなり、プッシュ、スワイプ、ステップが複雑に入り混じったラッシュが訪れた。


 『ETERNAL DREAMER』は、ファンオケのメインテーマをモチーフに作られた、最初のシリーズの大ボスに位置する曲だ。そのマエストロ譜面は、『三強』ともいわれる最難関譜面。今回課題曲となったプロフェッショナル譜面はその一段下の難易度だが、それでさえレベルは10だ。三要素がバランスよく混じり、最初から最後までハイレベルな配置が続く。


 しかし、鳴海にはそのノーツがひどくゆっくりに見えた。冷静に一個一個のノーツを押し、踏み、なぞる。


 この感覚は、あのときの感覚と似ていた。






 NARUMI 10244

 KURUMI 9951


「鳴海、すごい集中してる!」


 唄江が叫んだ。響姫にも、他の誰にも、それはよくわかった。鳴海は背筋を伸ばし、すさまじい勢い、かつ無駄ない動きで、ボタンと画面に手を走らせている。いつもの頼りない雰囲気とは、別人にさえ見える。


 エターナルドリーマーは進む。ファンオケを象徴するような、さまざまなジャンルを掛け合わせた複合音楽だ。バスドラムが激しく鳴ったり、ピアノの静かな旋律が響いたり、電子音が複雑なリズムを構築したりしながら、何度も盛り上がりを作る。それにあわせて、スワイプの大きな図形や、プッシュの複雑な同時押し、ステップの不規則なリズムと様々な配置が顔を出す。しかし鳴海は難所を全て冷静に押していった。自由曲でマエストロ譜面を攻略していたのもあるだろうが、それだけとは思えない。


「あのときと似ているわね」


「うん」


 唄江はうなずく。


「パピヨン・ウイングスと同じだ」


 響姫も唄江と同じことを考えていた。そう、地方予選決勝戦、呉工・明日花とのセッション。パピヨン・ウイングスのラスト、難しいプッシュの連打とスワイプの配置にお邪魔ノーツまで混じった難所を、鳴海はかつてない集中力でミスすることなく押し切った。そのときの雰囲気と、今の鳴海はそっくりだった。


 鳴海は合宿中に、明日花と自由曲の特訓をしていた。そのときに、何か集中のコツをつかんだのかもしれない。


「鳴海は、今……」






「たぶん、フロー状態になっとるわ」


 観客席の最前列でセッションを見ていた、原まひるが腕を頭の上で組みながら言った。隣の向井夕果も驚いて口を手で覆う。


「ひいい、すごいです。フローなんて、私には使いこなせません」


 雑念がなくなり、目の前の物事にのみ集中している状態を、フローと呼ぶ。一流のスポーツ選手や芸術家は試合中や創作中に意図的にこの状態となり、高いパフォーマンスを発揮できる。もちろん、それはゲームにおいても同じだ。特に、リアルタイムで素早くノーツに対応し続けなければならない音ゲーには、フローの効果は高いといえるだろう。


 しかしこれは誰でも使いこなせるというわけではない。


「腹立つわ、天野鳴海。私弱いですみたいな顔して。ほんま腹立つわ」


 隣では、紗夜があからさまにいらだっている。


「自分が使えないからって、嫉妬は見苦しいでー、紗夜」


 フローに入ると、実力をフル以上の効率で発揮できるようになる。鳴海が使いこなせるとすると、なんばにとってかなりやっかいな敵になるだろう。


「ふん。なら、どんなに集中しても押せない自由曲を押し付けるだけや。見とれ」


 紗夜は、スマホになにやら書いている。出雲が二回戦に上がった時の作戦を考えているのだろう。悪態をつきながらも、彼女は勝利に対して熱心なのだった。


「ちなみに海桜高校のプレイヤーは、全員がフローを使いこなせるで」


「そんなあ、勝てる気がしません~」


「お、このままだと、三千点ひっくり返るな」


 NARUMI 51573

 KURUMI 49182

 

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