最後の晩酌

 父と母と扉越しに話し終えると、少しの間沈黙が続く。


「…アリシア…」


「…さて、話したいことも終わりましたし、私を縛って、この部屋に入れてもらえますか?希望を言えば、違う部屋が良いのですけれど…」


 わがままを言っているのは分かっているが、あんなことを言ったんだもの。できれば今は両親と顔を合わせたくはない。


「どうしてお嬢はいつも「ジャン」なんですか、お嬢様?俺はもう少し言いたいことがあるんですが?」


「ええ、私もアリシアには言いたいことがいっぱいあるわ。だけど、本人が希望しているみたいだし、両手を縛ってあげましょ。それに、もう夕刻だもの。食事も必要よね?」


「わかりました。お嬢様。お嬢様が以前言っていたお粥というやつですね」


「さすがジャンね。用意してもらえる?」


「ええ、今すぐ用意させていただきます。持っていくのはお嬢様のお部屋で?」


「ええ、そうしてもらえるかしら」


 二人がとても怖い。顔は笑っているのに、目が完全に笑っていない。それに、お粥って言葉は初めて聞いた。罪人に出すような食事なのかな?それにしては二人の態度が…


「アリシア様も懲りませんね。帰って来たことを喜んでいる二人にあんなことを言えば、こうなることは分かっているのに」


 お姉様の部屋に入り、椅子に座らされたあと、縄で私の両手を軽く縛るアンの小言に疑問を覚える。


「だって、父と母を捕らえているのだから、娘の私も捕らえるのは当たり前なんじゃ…」


「アリシア様はもう少し、自分がお嬢様になさって来たことを考えた方がいいですよ」


 私がお姉様にやって来たこと…


「私がしたのは、お姉様の部屋を奪って、自分のものにしたこと。お姉様を人形と呼んだこと。お姉様の婚約者を奪おうとしたこと。あとは…あっ、お姉様を押したこともあったっけ」


「はぁ、もういいです。諦めて、お嬢様の気の済むまで我慢してください」


「えっ、ちょっと待って、アン。お姉様が何をしようとしてるか分かっているの!?」


 それ以降、アンは黙って椅子と私を縄で括り付ける。お姉様も後ろでずっとニコニコしてるし、一体何をされるの!?


「お嬢様、お持ちしました」


 ジャンがニコニコしながら部屋に入ってくる。手に持っている料理は湯気がたくさん出ており、すごく熱そう。


「ジャン、ありがとう。さて、アリシア。覚悟はいいわね」


 そう言って、お姉様は一口分をスプーンで救い、息を吹きかける。まさか…


「これぐらいかしら?まあ大丈夫よね。はい、アリシア。あーん」


「お姉様!?そんなことをせずとも食べることができます!?」


「そんなに縛られてたら食べられないでしょう?だから、私が手伝ってあげるわ」


「それなら、手だけでも外してもらえれば…」


「あら、だめよ。アリシアが縛って欲しいって望んだのでしょう?大人しく、あーんされなさい」


 違う。そうだけど、そうじゃない。私は罪人として、捕らえられることを想像してたのに、こんなことをされると思っていったわけでは…


「はい、あーん」


「……」


「はい、あーん」


「…あーん」


 抵抗しても無駄なことはもう知っているし、大人しく食べさせられる。美味しいとは思う。けれど、恥ずかしさでほとんど味がわからない。


「お姉様、これで終わりに「はい、あーん」…あーん」


 結局、持ってきたお鍋がなくなるまでお姉様に食べさせ続けられました。こんなつもりじゃなかったのに…


 結局、食事が終わったら縄を外され、お姉様と同じベッドで横になる。もう諦めました。それに、これも最後だと思うと少し寂しいのもあり、みんなの優しさに甘えてしまう。


「お姉様は今も自分のことを悪役だと思いますか?」


「えっ、小説の話?…そうね。今は思っていないわ。どちらかといえば、あの男の方が大悪党よね。でもそれがどうしたの?」


「……いいえ、少し気になっただけです。おやすみなさい」


 これを言うのは別れの日にしよう。今はただ、この時間を大切にしたい。


 お姉様をぎゅっと抱きしめる。恥ずかしくて、自分からはしたことはなかったけど、今日で最後なのかもしれなから、この温かさを忘れないように…


「アリシアから抱きしめてくれるなんて珍しい。何かあったの?」


「…いいえ、たまには私からもしたいな…と。だめですか」


「ううん。そんなことないわ。いつでも大歓迎よ。おやすみなさい」


 いつもはしませんよ。だって恥ずかしいのですから。今日が特別なだけです。けれど、そうですね、私が捕まるのが明日でないのであれば、明日も私からするのもいいかもしれませんね…

 おやすみなさい。お姉様。もう少しで、お姉様の前から悪役はいなくなり、ハッピーエンドになるはずです。ですから…今はもう少しだけ…お時間をください。


 私はさっきよりも強くお姉様を抱きしめ、眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る