リオン視点 甘えるな

 アリシアが驚いているのを見て、目的が達成出来たことを嬉しく思う。彼女にはもっといろんな感情を外に出して欲しい。

 感情を外に出さないことは貴族にとっては確かに必要なことだが、彼女はそれが顕著過ぎる。だからあの笑顔を見れた時はとても嬉しく思った。


 まぁ、彼女は未だ言われたことが理解できず、私とシェリア嬢を交互に見てくるのだが…

 私は最初から彼女を養子に望んでいる人物が来ると言っていたのだから、シェリア嬢に養子の提案をしたのが私だとしても、何も言われる筋合いはない。


 昨日、アリシアにテストを受けてもらっている間、私はシェリア嬢に会う為にアースベルト領に行っていた。

 彼女はアリシアがいなくなってすぐに部屋に引きこもってしまった、という話をレオスから聞いたからだ。

 その行動は私の予想外だった。予想では彼女は私にアリシアに会わせろと押しかけてくると思ったいたのだが…


 思っていた以上に依存していた?


 いや、依存というよりも、前アースベルト侯爵とアリシアを重ねた…か。自分や、使用人を守るために一人、毒を食し続けた母親、片や自分を守るために悪意を一身に受け続けたアリシア。確かに二人の行動は似ていると言える。特に、その中心にいる彼女は何か感じることがあったのだろう。

 だが、そんなアリシアも自分の前からいなくなったことに耐えきれなくなったか…


「リオン、もう少し早く行けないのかよ!」


「レオス、落ち着け。焦ったところで、何もよくならない。それに、もうすぐ着く」


「それは! …そうだけどよ…」


 婚約者が引きこもっている状態が気になるのはわかるが、今回、私はシェリア嬢に対して怒りの方が強い。アリシアをあの屋敷で守れる唯一の人物は彼女だったはずなのに、それを怠ったのだ。それなら私が引き離して保護してもいいだろう。

 当主であると思われていた人物が捕まった時、味方を判断するために父親と同様に使用人たちを煽っていたアリシアに対して、使用人たちがどのような行動をとるかなど、少し考えればわかるし、そんなことがわからない彼女ではないはずだ。だが、彼女はそれをしなかった。


 そんなことを考えている間にアースベルト家の屋敷に到着し、シェリア嬢の部屋へと案内される。


「「「どうか、お嬢様をよろしくお願いします」」」


 使用人たちは私たちを案内した後、そう言って離れていく。ここまで統率されているのに、どうして…いや、もう過ぎたことか。


「シェリー、開けてくれ! 俺だ! レオスだ!」


「……」


 レオスがドンドンと扉を叩くが、中から物音一つ聞こえない。


「はぁ、いつまで甘えているつもりだ」


「おい! リオン!」


「レオスは黙っていてくれないか? 私は別に彼女がここに篭っていても構わない。だけど、アリシアがずっと君のために頑張ってきた事に甘え続けた結果がこれか? 酷い姉だな」


「……」


 返事はない…か。それならそれでいい。この部屋に引きこもり、アリシアとの再会の機会も全て潰すといい。


「とんだ時間の無駄だったようだ。私は失礼させてもらう。アリシアに関する報告も聞かないといけないしな」


「……アリシアは…元気……なわけ…ないですよね」


「…さあな、だが昨日はベッドで気持ちよさそうに眠っていたと報告を聞いている」


 さて、これでどんな反応をするかな? これで何も言わないならばもう彼女とは関わることはしない。


「…ベッド……アリシアは捕まったんじゃ!?」


「捕まる? 彼女が? どうして」


「どうしてって、私……アースベルト当主に手を出したりした事実はどうあっても変わらないからって……」


「その場に大勢、それも貴族がいたのであれば問題になったかもしれないが、今回は違う。完全に身内の問題であり、それで九歳の少女を捕らえることはできないよ」


「じゃあ! どうしてアリシアは連れて行かれたのですか!?」


「彼女を保護するためだよ。少し考えればわかるだろう。君が、いやこの家が彼女にとって負担になるからだよ。それだけじゃない。この家にずっといれば、いつかは必ず彼女を傷つけるからだ」


「…私が…ここがアリシアを傷つける…」


 ドーラから報告を受けたときは思ったよりも早かったという印象だった。それほどこの家の使用人たちにとって、シェリア嬢が虐げられているという状況は不満だったのだろう。

 だが、問題はそれをアリシアが受け入れようとしていたことだ。彼女は暴力や言葉、悪意を全て受け入れようとしている。いや、それが当然だと思い込んでいる。そんなバカなことがあっていいはずがない。


「君はアリシアに甘えてばかりだ。彼女が君のために努力してきた。だが、君はどうだい? 君は彼女のために何かしたのかい?」


「…私は…」


「何もしていない。部屋から出れなかったなんて言い訳は聞かない。君にはマリアやアンといった手足があったはずだ。彼女たちに話をして、アリシアの手伝いだってできていた。だが、それを君はしなかった」


「それは! …ですが…」


「アリシアが考えていることの邪魔をすると思ったか? それが甘えだと言っている。突然この家に連れてこられて、彼女にとっての味方がいない中、父親の手の者か、君に使えている者なのかの判断が難しいのはわかるはずだ」


 そのため彼女は自分を囮に使うことで、それを判断した。その結果、父親と同様に怨まれるようになってしまった。


「それは…」


「彼女にとって、一番難しかったことは父親に秘密をバラさない味方を作ることだ。そして、それは君が一番彼女のためにできることだった。違うかい?」


「……私は…ずっとアリシアに甘えていたんですね。アリシアが頑張っているのを横目に…私は何もしてこなかった…」


「ああ、これでわかった「それでも!」………」


 扉が開けられ、シェリア嬢が姿を表す。目を赤く泣き腫らしていたけれども、その顔は決意に満ち溢れていた。


「それでも、私はもう一度アリシアに会いたい。会って謝りたい。そして、一緒にこの家に帰ってきたい」


「それを彼女が望んでいなかったとしてもか?」


「それでも…です。このまま離れ離れになるのは嫌なんです。だから…だから……」


「わかった。君に知恵を与えよう。けれど、その代わり「ありがとうございます!」聞かなくていいのかい?」


「はい! リオン様のことは信じてますから!」


 はぁ、それは嬉しいが、貴族令嬢として、これから当主となる人物として、それはどうなんだ?


 まあいい。私も人のことを言えた義理ではないしな。表向きは彼女もしっかりと対処するだろう。


「彼女をこの家に帰ってこさせる方法は簡単だよ。君が彼女を養子にすればいい」


「でも、それじゃあ、アリシアの意思が…」


「ああ、彼女にも断る権利はあるよ。彼女の賢さは君も知っているだろう。彼女が君を断れば、おそらくエヴァンス公爵家の養子になるだろう。だが、君は彼女と話をしたいのだろう?」


「…! はい! ありがとうございます、リオン様!」


 彼女は君のために自分の人生を賭けたんだ。それほどまでに君は彼女に好かれている。だから心配することはないさ。ちゃんと二人で話し合うといい。

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