料理長

 ソファーを待っている間、私の部屋…じゃなかった、お姉様の部屋では沈黙が続いている。それに、アンはずっと私とマリアを睨んでいる。

 だけど、いつ父が入ってくるかわからない今、迂闊に話すことはできないし…早く、ソファーが来ないかな。


 コンコン


「お嬢様、ソファーをお持ちになりました。入ってもよろしいでしょうか?」


「ええ、お願い」


 やっと来たと思って、扉が開けられるのを待っていると、入ってきたのは見た目ですぐに騎士だとわかる屈強な男の人一人だけだった。


「あなた、一人でこれを運んできたの?」


「ええ、これぐらいなら一人で運べます。それで、これをどこに?」


「そうね…、目に入らないように、部屋の隅っこにでもおいておいて」


「…わかりました」


 少しためらったということは、今回のことを聞かされており、お姉様のことを知っている人なのだろう。それでいい、そうであるなら、父にお姉様が不利になるようなことは話はしないだろう。


「さて、これで命じられたことは終えた。では、改めて、お嬢とは初めましてだな。ここの料理長をさせてもらっている、ジャンという。あの時、助けてもらったことには礼を言う。お嬢様は料理人のことには一切触れていなかったからな。あの男が料理人まで辞めさせるとは思わなかった」


 料理長!?この見た目で?騎士団長と言われた方が一番しっくりくる見た目をしているのに!?確認のためにマリアを見ると、笑いを耐えながらうなずいている。本当みたい。


「…お嬢?」


 それに、どうして私のことをお嬢と呼ぶのだろう。私とは初対面よね?


「ふふっ、アリシア様もジャンの見た目に驚いていますね。お嬢様も初めて会った時には驚いていましたものね」


「だって、明らかに屈強な戦士があんな繊細な料理を出していたなんて思わないじゃない!」


「まあ、料理に見た目は関係ねぇさ。それよりも、今回のことはどういうことだ?あんたはお嬢様の味方じゃなかったのか?」


「そうです!あんな…お嬢様のことをお人形などと…それに、マリアさんまで同意して。どういうことですか!」


「そうね…ところでジャン。今、お父様は何をしているかわかる?」


「それを答えたら、俺の質問に答えてくれるのか?」


「ええ、答える前にあなたが教えてくれたらね」


 父が近くにいるのであれば言えるはずがない。聞かれてしまえば、あそこで演技していたこと全てが無駄になってしまう。あんな悪魔に大好きなどと言ったというのに…


「……近くにはいませんよ。さっき奥方と自室に入っていくのは見えました。お嬢がやっとわかってくれたと喜んでいましたよ。…これでいいですか?」


「ええ、ありがとう。あんな気持ち悪い演技をした甲斐があったわ」


「演技…ですか?」


「ええ、あそこに父が来た時点で問題になっていたわ。それこそ、お姉様を部屋に閉じ込めておくとか言い出しそうだもの。だから、私が父が満足するような別の提案をする必要があった。それだけよ。お姉様にはご迷惑をかけるかもしれませんが、閉じ込められるよりマシだと思って我慢してください」


 お姉様を見ると、ずっと俯いている。何か小声で言っているようなので近づいてみると、扉の前と同じように抱きつかれてしまった。


「ごめんなさい!」


 あれ?なんで私がお姉様に謝られているの?

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