両成敗

 私はそっとレオス様に近づき、右手を握る。私やお姉様とは違う硬い手。その手を私の胸の位置まで持ち上げ、見上げる。そして、アーシャ先生直伝の言葉を言うだけ。


「まだ大人にもなっていないのに…民を守るために、こんな努力をされているなんて!…私、尊敬します!」


「うっ」


「お姉様、見てください!照れましたよ。私に一瞬でもドキッてしたという証明ですね。やはりこの方は信頼できませんわ!」


「違っ」


「何が違うのですか?まさか、ずるいとは言いませんよね。何がずるいかは全くわかりませんが…」


 あれ、私何をやってるんだろう。この人がお姉様のことを思ってくださるのであれば、それでいいはずだったのに…


「…アリシア」


「はい!」


 いつもより低いお姉様の声に、いつもよりも大きい声が出てしまった。


「こっちに来てちょうだい」


「はい、今すぐに!」


 お姉様、怒ってる?もしかしてやり過ぎた?でも、お姉様を見るとさっきと同じように膝をポンポンしている。もしかして、戻れってこと!?


「…アリシア?」


「…はい」


 私はお姉さまの前で身をうつ伏せにし、膝に顔をうずめる。上は見ない。絶対に!誰になんと言われようとも、上は見ない。


 そんな私に何も言わず、お姉様は頭を撫で続ける。

「落ち着いた?」


「…はい…」


「レオ様も落ち着きましたか?」


「あ、ああ、すまなかった」


「それで、アリシアはどうしたの?今は何か変だったよ?」


「ハハッ、そこまでにしてあげてくれないか、シェリア嬢」


「リオン様…」


「彼女は一人で私たちやエヴァンス公爵、それに父親も相手をしなければいけなかったんだ。それに、ここに来るまでに散々レオスが騒いでいたからね。そのせいでストレスが思っていた以上に溜まっていたんじゃないかな?」


「そうなの?」


 そう…なのだろうか?私にもわからない。でも…


「そう…ですね。お姉様に言われるのであれば、私も納得できたと思う…のですが…今日会った人に、今までのことを知らないで、裏切ると言い切られた…からでしょうか。それで…」


「いや、今回は全部俺が悪かった!すまない!」


「いいえ、私の方こそ申し訳ありませんでした」


「君は謝らなくていいよ。悪いのは全部レオスなんだし。君の言葉の含みにも理解しない。だからこそ廊下ではしゃぎ続けたんだ。君に落ち度は何もないよ」


「ありがとうございます」


「それで、リオン様はどうしてこちらに?」


「ああ、今日のことはレオスに聞いていてね。君の家の悪い噂も聞いていたし、彼女の存在も気になっていたから公爵に無理を言って来てしまった」


 公爵に無理を言った?普通は父に頼んで公爵にお願いした。という表現が正しいんじゃ…いいえ、それよりも…


「この家の悪い噂って」


「この家はアリーシャ侯爵夫人が亡くなってからはひどい噂ばかりさ。侯爵が愛人を連れ込んだとか、その娘を跡取りにしようとしている…とかね。貴族社会ではあの男よりも彼女の方が人望があってね。あの男の血を継いでいる人間よりも、彼女の血を継いでいるシェリアの方がいいという話さ」


 この話はとても嬉しい。だって、世間では父よりもお姉様を望んでいるということなんですから。


「それはよかったです」


「…よかった?君には残念な話だと思うが?」


「そうですか?私はあんな父よりもお姉様を望んでいる方が貴族には多いことが知れて、よかったのですが?」


「あの男だけじゃないさ。貴族が軽蔑しているのは君も入っているんだよ?」


「そうですね。ですが、それに何か問題が?何も間違っていないではありませんか?」


「……」


「ロック様が気にしているのは、それを聞いて私がどう思うかですか?それなら簡単です。何も思わない。私はそもそも貴族ではないのです。貴族の評価なんてどうでもいいです。ただ、お姉様がその場所に戻った時に、何も問題がないのか。気になるのはそれぐらいですかね?」


「あははは、君は本当に面白いね」


「そうでしょうか?」


「ああ、…」


 ロック様が何か言おうとした時に部屋がノックされる。


「お嬢様、旦那様とエヴァンス公爵様の会談が終えられました」


「もう時間みたいだね。今日は迷惑を掛けた。このお詫びはいずれ。また君に会えることを楽しみにしているよ、アリシア嬢」


 『それじゃあね』と言って彼は部屋から出て行った。


 私は彼から目が離すことはできなかった。

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